第1章:奈落の底へ、光が消える刻

魔王ヴァルバトスとの死闘を終えたその瞬間、王宮の尖塔を震わせる勝利の鐘が、世界に平和 of 訪れを告げるはずだった。
だが、ユーリ・エインズワースの視界を染めたのは、黄金のまばゆい光などではなかった。
胸元を冷酷に、そして深く貫いたのは、神聖にして純白なる光の楔(くさび)だ。
くすんだ銀色の長髪が激しい衝撃でほどけ、宙に舞う。
無数に刻まれた全身の生傷から、赤黒い血が、せきを切ったように止めどなく溢(あふ)れ出していく。
[A:ユーリ・エインズワース:絶望]「……がはっ……、ア、リシア……?」[/A]
喉の奥からせり上がる、焼けるような鮮血を激しく吐き散らしながら、ユーリは左の赤い瞳を大きく見開いた。
その視線の先。
純白と黄金を基調とした、汚れなき最高位の聖女の法衣を風にたなびかせ、プラチナブロンドの髪を神聖に輝かせたアリシア・フォン・ローゼンバーグがたたずんでいた。
彼女の碧(みどり)の眼(まなこ)には、いつも民衆に向けていた慈愛の色など微塵(みじん)もない。
そこにあるのは、底の知れない冷たい平穏。
命の灯火(ともしび)が消えゆく戦友を、ただ見下ろす冷徹な眼差しだった。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:冷静]「お疲れ様、ユーリ。あなたの役目はこれで終わりよ」[/A]
鈴を転がすような、どこまでも優しく、そこでまでも残酷な声。
彼女がそっと右手を虚空に掲げると、大聖堂の深い影から、重厚な鉄の甲冑(かっちゅう)に身を包んだ聖騎士たちが、無数の魔術の鎖を構えて現れた。
[A:ユーリ・エインズワース:絶望]「なぜ……だ……。俺たちは、世界を……」[/A]
[Impact]「魔王と通じた大罪人ユーリを捕らえよ!」[/Impact]
大司教の、乾いた、一切の慈悲を排した宣告が冷酷に響き渡る。
四方八方から蛇のように放たれた魔術の鎖が、満身創痍(まんしんそうい)のユーリの四肢を無慈悲に締め上げた。
そのまま、冷たい大理石の床へと叩きつけられる。
全身の骨がきしむ鈍い音が、厳かなる聖堂の静寂に響いた。
聖騎士たちは冷徹に、ユーリの身体を引きずっていく。
目指す先は、生きて戻った者は誰一人としていないとされる、最悪の流刑地――「深淵(しんえん)の奈落」の淵(ふち)だ。
大聖堂の重厚な扉の外からは、地上の民たちが聖女を称える、狂信的な地鳴りのような歓声が響き渡っていた。
自分を悪魔と罵倒し、鋭い石を投げつけてくる、かつて守り抜いたはずの人々の歪んだ顔、顔、顔。
命を、魂のすべてを捧げて守り抜いたはずの世界が、一瞬にして牙を剥き、彼を喰らい尽くそうとしている。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:狂気]「世界を救うのが英雄の役目なら、あなたはもう十分にそのお役目を果たしました。これからは、私のものとして眠るのです」[/A]
[Shout]「うあああああああああああっ!」[/Shout]
奈落の、底知れぬ暗黒へと突き落とされる中、ユーリの絶叫が闇に吸い込まれていく。
耳を劈(つんざ)く民衆の歓声。
胸の楔から放たれる、肉体を内側から焼くような激痛。
信じていたすべてに背中から刺された、あの皮膚の冷たさが、彼の泥のように濁っていく意識の底に、消えない黒い消し炭を焼き付けた。
真っ暗闇の、奈落の底。
落下による凄まじい衝撃で全身 of 骨が砕け、内臓が潰れ、呼吸すらままならない。
それでもユーリは、千切れかけた右腕を、冷たい土の上で這(は)わせた。
生きたい。
その一念だけで動く指先が、不気味に赤黒く発光する、地に突き刺さった「一本の錆(さ)びた剣」に触れた。
第2章:深淵を喰らい、怪物と化す

奈落の泥は氷のように冷たく、そして鼻を突く鉄の錆びた臭いと、魔獣の腐りかけた死臭が充満していた。
ピクリとも動かない満身創痍の身体。
血の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
闇の奥から、蠢(うごめ)く異形の魔獣たちが、無数の赤い眼光を妖しく光らせて近づいてくる。
湿った不快な呼吸音が首筋にまで近づき、鋭い牙が、ユーリの生傷だらけの肉を情け容赦なく抉(えぐ)り取った。
[A:ユーリ・エインズワース:怒り]「……消えろ……、俺は、こんなところで……!」[/A]
生存への、狂おしいまでの執念。
それが、動くはずのない右腕を無理やり突き動かした。
泥の中に深く突き刺さっていた錆びた大剣の柄を、自らの血で濡れた指先で、力強く掴み取る。
[Flash]その瞬間、錆びついた大剣が、ユーリの傷口から溢れ出る呪われた赤黒い血を、飢えた獣のように狂ったように吸い上げ始めた。[/Flash]
[System]《因果喰術(いんがしょくじゅつ):起動。宿主の肉体変革を開始します》[/System]
[Think]生きたい。
なぜだ。なぜ俺を裏切った、アリシア。
あの温もりは、交わしたあの言葉は、すべて嘘だったのか。
俺をここで見殺しにするというのなら、この奈落の闇ごと、すべてを喰らい尽くしてやる。[/Think]
錆びた剣は、おぞましい「飢餓の魔剣」へとその姿を変え、ユーリの体内に直接、悍(おぞ)ましい魔力を逆流させていく。
悲鳴を上げる暇すらなかった。
身体の細胞が一度完全に破壊され、貪(むさぼ)り食ってきた魔獣の肉片と混ざり合いながら、強制的に再構築されていく。
骨が折れ、肉が沸き立つ激痛にのたうち回りながら、ユーリは手近にいた魔獣の首を魔剣で叩き斬り、その剥(む)き出しの生肉を貪り喰らった。
[A:ユーリ・エインズワース:狂気]「はは、あはははは! 旨い、旨いぞ……!」[/A]
口内を満たすのは、泥と獣の脂、そして強烈な腐臭。
だが、肉が喉を通るたびに、失われた右目の代わりに、闇を見通す異様な感覚が研ぎ澄まされていく。
かつてくすんでいた銀髪は、生気を完全に失った白銀の長髪へと変わり果て、潰れた右目には漆黒の革製眼帯をあてがうしかなかった。
むき出しの左の深紅の瞳には、奈落のすべての闇を凝縮したような、冷徹な光が妖しく宿る。
それから、何年が過ぎたのだろうか。
奈落の魔獣を狩り、その肉を喰らい、その異能を一時的に肉体へと定着させる。
傷ついては再生し、また引き裂かれては魔獣の硬質な鱗を皮膚に宿す。
かつての「光の勇者」としての高潔な面影は、奈落のヘドロの中に、完全に消え失せた。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静]「世界を救うのが英雄の役目なら、俺はとっくにそれを引退した。今はただ、這い出てきただけの亡霊だ」[/A]
奈落の最上層。
地上とを隔てる、神聖にして絶対的な封印の結界の前に、ボロボロのフルプレートアーマーを纏(まと)った死神が立つ。
ユーリは、黒ずんだ魔剣を静かに、だが絶対の殺意を込めて構えた。
[Magic]《因果両断(いんがりょうだん)》[/Magic]
[Impact]凄まじい闇の衝撃波が走り、絶対に破れないとされた結界が、ガラスのように脆く粉々に砕け散った。[/Impact]
第3章:光の楽園、偽りの救済

再び踏みしめた地上の土は、不自然なほどに甘い、花の香りに満ちている。
だが、その空気はユーリの喉を焼くように不快極まりない。
数年ぶりに訪れた王都。
かつて彼が命を懸けて守ろうとした、活気ある素朴な街並みはどこにも見当たらない。
中央の広場には、全天を仰ぎ見るような、アリシアの巨大な黄金像が聳(そび)え立っている。
行き交う人々は一様に、汚れなき白い法衣を身にまとい、その黄金像に向かって、虚(うつ)ろな目で呪文のように祈りを捧げていた。
「救世の聖女、アリシア様。どうか今日も愚かなる我らをお導きください……」
狂信の熱。
街の片隅では、祈りの言葉を少しでも淀(よど)ませた老人が、教会の異端審問官たちによって冷酷に組み伏せられていた。
「不信仰者は神の光を濁らせる。連れて行け、聖なる炎で浄化する」
「おじいちゃん! やめて、おじいちゃんを連れて行かないで!」
少女が泥の中に容赦なく投げ出され、冷たい大剣を首筋に突きつけられる。
かつて、ユーリがその命を賭して守りたかった、小さな命の涙。
それが、今は「聖女の秩序」という綺麗事の影で、冷酷に踏みにじられている。
ユーリは静かに、ボロボロのフードを跳ね除けた。
白銀の長髪が冷たい風に揺れ、右目の黒い眼帯と、左目の紅い瞳が露わになる。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静]「……相変わらず、胸の悪くなる光景だ」[/A]
「何奴だ! 聖女様の秩序を乱す不逞の輩か!」
審問官たちが一斉に、鋭い光の槍を構え、ユーリへと突き出す。
だが、ユーリは避ける素振りすら見せない。
ただ一歩、静かに踏み出す。
[Impact]その瞬間、ユーリの身体から立ち上る奈落の漆黒の魔力が、周囲の空気を一瞬で氷結させた。[/Impact]
「な、なんだこの魔力は……! 結界が、聖なる結界が、中から腐っていく……!?」
魔剣をただ一振り。
それだけで、大聖堂の加護を受けた聖騎士たちの強固な鎧が、錆びた鉄くずのように音を立てて砕け散る。
血を流して倒れ伏す審問官たちを冷たく見下ろし、ユーリは涙を流す少女の前に片膝をついた。
その武骨な、無数の傷に覆われた手で、少女の震える小さな手をそっと包み込む。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静]「もういい。行け」[/A]
[Think]この手の柔らかさ。
かつて、何度も握りしめた、あの温かい手の感触が、一瞬だけ脳裏を掠めて消えていく。[/Think]
その強大な闇の残滓(ざんし)は、瞬時に波紋となって、王都の最奥へと伝播(でんぱ)していった。
大聖堂の奥深く、薄暗い部屋。
かつてユーリが巻いていた、ボロボロの包帯を愛おしげに頬にすり寄せていたアリシアが、その動きをピタリと止める。
彼女の碧眼に、狂おしいほどの歓喜の光が灯った。
第4章:鎖された真実、狂った純愛

重厚な大聖堂の玉座の間。
そこは、外の光を完全に遮断した、静寂と冷気だけが支配する空間だった。
中央の玉座に座るアリシアは、ユーリの足音が近づくにつれて、陶酔したような笑みを浮かべる。
[A:ユーリ・エインズワース:怒り]「アリシア。このときを、片時も忘れたことはなかったぞ」[/A]
ボロボロの魔剣の刃先が、アリシアの細い首筋へと容赦なく突きつけられる。
皮が切れ、一筋の赤い血が彼女の白い肌を伝い落ちる。
だが、彼女は怯えるどころか、世界で最も愛おしいものを見るように、ユーリの眼帯の顔を見つめた。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:愛情]「ああ……、本当に戻ってきてくれたのね。私のユーリ。その傷、その荒んだ瞳……。どれほど私を想って、その奈落を荒い上がってきたの?」[/A]
[Sensual]
アリシアは躊躇(ちゅうちょ)なく進み出て、魔剣の鋭い刃が肉に食い込むのも構わずに、ユーリの煤(すす)けた胸当てにその細い体を押し当てた。
[Pulse]彼女の甘い、熱い狂気を含んだ吐息[/Pulse]が、ユーリの首筋を優しく撫でる。
耳の裏に、かつて彼女が刻んだ「光の紋章」の痕が、激しい熱を持ったように、どくん、どくんと脈打ち始める。
[A:ユーリ・エインズワース:驚き][Tremble]「……何の真似だ。俺を裏切り、奈落に落としたお前が、なぜそんな顔をする!」[/Tremble][/A]
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:狂気][Whisper]「そうしなければ、あなたは完全に消滅していたからよ。神の天秤はね、世界を維持するために、英雄ユーリの『魂そのもの』を永久の贄(にえ)として消費する予定だったの。私は、あなたが世界のためにすり潰されるのが耐えられなかった」[/Whisper][/A]
彼女の告白に、ユーリの身体が硬直する。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:愛情][Whisper]「だから、神の目の届かない『奈落』へあなたを隠したの。私がすべての泥を被り、偽りの救世主となって、あなたの代わりに世界の管理を乗っ取るために。世界なんて、どうなってもいい。あなたが生きているのなら、私の犯した全ての罪は天上の楽園へと昇華されるのです」[/Whisper][/A]
[/Sensual]
[A:ヴァルバトス:喜び]「フハハ、実に見事な悲喜劇だ。人間よ、お前たちの神がどのような狂気でこの庭を作ったか、これで理解できたか?」[/A]
玉座の影から、漆黒の双翼を広げた魔王ヴァルバトスが優雅に姿を現した。
かつてユーリがその命を賭して討ち果たしたはずの宿敵は、不敵な笑みを浮かべて、チェスの黒い駒を弄(もてあそ)んでいる。
[A:ユーリ・エインズワース:驚き]「ヴァルバトス……! 生きていたのか……!?」[/A]
[A:ヴァルバトス:冷静]「私と聖女は、初めからこの腐ったシステムを破壊するための共犯者だ。この世界は、神という高次元の寄生虫が、輪廻の家畜として我々を消費するためだけの『箱庭』。ユーリ、お前という壊れぬ破壊槌(はかいつち)が必要だったのだよ」[/A]
信じていた正義が、裏切りという悪意が、すべて反転していく。
自分が救おうとした世界そのものが、巨大な生贄の祭壇であったという歪んだ現実に、ユーリの脳内が激しく軋(きし)んだ。
第5章:神の粛清、逆賊たちの戦線

[Glitch]「――不浄なる者たちに、等しく神罰を――」[/Glitch]
突如、大聖堂の天井が轟音とともに弾け飛んだ。
降り注ぐ瓦礫の向こう、黄金に輝く天の雲が割れ、そこから無数の「幾何学的な光の輪」を背負った使徒たちが降臨する。
彼らの手には、世界を初期化するための、白熱する審判の槍が握られていた。
[A:ヴァルバトス:怒り]「ふん、気づくのが少々早かったな。天上の家畜飼いどもが」[/A]
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:冷静]「ユーリ、下がっていて。あなたの代わりに、今度こそ私がすべてを焼き尽くします」[/A]
アリシアが神聖な杖を天に掲げ、絶対的な光の結界を展開する。
だが、降り注ぐ神の光線は、彼女の結界を容赦なく削り取り、その華奢(きゃしゃ)な身体を激しく震わせる。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静]「……誰が下がると言った」[/A]
ユーリは、錆びた魔剣を両手で強く握りしめた。
全身の魔獣の紋様が、赤黒い光を放って蠢き出す。
[A:ユーリ・エインズワース:怒り]「お前たちの都合で、俺の人生を勝手にかき回すな。神だろうが運命だろうが、俺の前に立つなら斬る。それだけだ!」[/A]
[A:ヴァルバトス:喜び]「そうだ、それでこそ我が宿敵! 英雄よ、この腐った箱庭の主を叩き潰す絶好の好機だと思わんか!」[/A]
かつて血を流して殺し合った三者が、今、一つの戦線に並び立つ。
アリシアが光の魔法で敵の動きを縛り、ヴァルバトスが次元の隙間を切り裂いて道を作る。
その中心を、ユーリが漆黒の嵐となって駆け抜けた。
使徒たちの黄金の鎧が、ユーリの泥臭い、力任せの暴力の前に次々と両断されていく。
だが、上空の雲から、さらに巨大な光の鎖が蛇のように這い出てきた。
[Flash]その鎖は、ユーリの死角から急激に襲いかかる。[/Flash]
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:愛情][Shout]「危ない、ユーリ!」[/Shout][/A]
アリシアがユーリの前に身を投げ出した。
光の鎖が彼女の華奢な四肢を容赦なく貫き、強引に天へと引きずり上げていく。
[A:ユーリ・エインズワース:驚き][Shout]「アリシア――!」[/Shout][/A]
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:悲しみ]「あ……、ユーリ……、私……」[/A]
天上の雲の奥へと消えていく彼女の叫びが、虚空に悲しく消えた。
第6章:魔王の誇り、散りゆく劇の終幕

[System]「警告:地上の全人類へ。大罪人ユーリが聖女を誘拐し、世界を破滅へと導かんとしている」[/System]
天から響く無機質な神の声が、王都だけでなく、世界中の人々の脳内に直接響き渡る。
大聖堂の周囲を取り囲む民衆の目が、一瞬にして、獣のような憎悪の色に染まった。
「あの悪魔を殺せ! 聖女様を救うんだ!」
「お前のせいで世界が滅びる! 死ね、ユーリ!」
無数の投石が、呪術の炎が、傷ついたユーリの身体に浴びせられる。
真実を知らぬ愚かな民衆たちの叫び。
かつて命を賭して守り、その幸福を祈った人々が、今は己を殺せと狂ったように叫んでいる。
ユーリが魔剣に手をかけようとしたその時、ヴァルバトスが漆黒の双翼でそれを遮った。
[A:ヴァルバトス:冷静]「気にするな、家畜どもの声など。お前が世界を救うのか、それともお前の愛する狂った女一人を救うのか、その眼で見極めてこい」[/A]
ヴァルバトスの全身から、膨大な、己の魂を薪にした漆黒の魔力が立ち上る。
彼の角の付け根が、限界を超えた魔力の過負荷で赤く発光し、皮膚が裂けていく。
[A:ユーリ・エインズワース:悲しみ]「ヴァルバトス、お前……」[/A]
[A:ヴァルバトス:喜び]「私とて、神の描いたシナリオ通りに死ぬのは退屈でな。私の全魔力を以て、神殿への道を抉り開く。行け、英雄!」[/A]
魔王の鋭い爪が、空間そのものを無理やり引き裂き、天へと繋がる歪んだ次元の門を作り出す。
殺到する天使の大軍と狂乱する民衆の前に、ヴァルバトスは一人で立ちはだかった。
彼の身体が、内側からの大爆発に備えてひび割れていく。
[A:ヴァルバトス:喜び]「さらばだ、孤独な英雄。お前の泥臭い抗い、最高に美しい劇だったぞ!」[/A]
[Shout]「おおおおおおおおおおっ!」[/Shout]
背後で響く、天を揺るがす漆黒の大爆発。
宿敵の壮絶な散り様を背に浴びながら、ユーリは熱い涙を振り払い、次元の裂け目へと全力で跳んだ。
第7章:因果の超越、エゴの咆哮

天空の最深部。
幾何学的な純白の神殿の玉座には、巨大な「光の眼球」のような異形の概念――神が浮かんでいる。
その下、無数の光の棘に体を貫かれ、血を流しながら磔(はりつけ)にされているのはアリシアだった。
彼女のプラチナブロンドの髪は乱れ、碧眼からは絶え間なく涙がこぼれ落ちている。
[Glitch]「――選択せよ、泥の反逆者よ――」[/Glitch]
神の無機質な声が、ユーリの脳内を直接叩く。
[Glitch]「世界を存続させたいならば、因果の歪みであるこの聖女を自らの手で殺せ。もし聖女を生かすならば、この世界のすべての生魂を代償として徴収する」[/Glitch]
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:悲しみ][Tremble]「ユーリ……、お願い、私を殺して……。あなたが……世界の敵になるのを、私は見たくない……。あの優しいあなたが……」[/Tremble][/A]
アリシアが、涙に濡れた顔で、血を吐きながら懇願する。
彼女は最後まで、ユーリの「心」を守ろうとしていた。
だが、ユーリはただ、自嘲気味に鼻で笑った。
彼は一歩、また一歩と、神の障壁に向かって歩みを進める。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静]「優しいあなた、だと? そんな男は、とっくにあの奈落の底で死んだよ」[/A]
彼が魔剣を構えると、錆びついた刀身が、激しい振動を始める。
かつて世界のために自分を犠牲にし、すべてを失った。
そんな安い正義など、二度と御免だ。
[A:ユーリ・エインズワース:怒り][Shout]「世界がどうなろうと知ったことか! 俺を愛して、俺を生かすために地獄に落ちたこの女一人さえ救えないなら、そんな世界ごと、神を切り刻む!」[/Shout][/A]
[Flash]その瞬間、魔剣からすべての錆が剥がれ落ちた。[/Flash]
中から現れたのは、光をも吸い込む完全なる虚無の刃。
[System]《因果反転の魔剣:完全覚醒》[/System]
[Magic]《因果反転・神殺し》[/Magic]
[Impact]ユーリは、神の絶対障壁を、ただの泥臭い執念と力任せの暴力で叩き割った。[/Impact]
ガラスの割れるような耳障りな音が響き、魔剣の刃が、神の「眼球」の核へと深く突き刺さる。
[Glitch]「――馬鹿な、因果が、世界そのものが崩壊するぞ――」[/Glitch]
[A:ユーリ・エインズワース:狂気]「崩壊したければするがいい。俺たちの地獄は、ここで終わりだ!」[/A]
光の核が激しくひび割れ、神殿全体が、崩落の渦の中に飲み込まれていった。
第8章:消え去る英雄、遺された約束
神の崩壊とともに、世界を縛っていた「贄の理」は完全に消滅する。
天から降り注ぐ光の破片が、地上を優しく包み込み、人々を狂信の呪縛から解き放っていく。
だが、崩れゆく神殿の瓦礫の中、ユーリの身体もまた、指先から徐々に光の粒子となって消えかけていく。
因果を書き換えた代償。
「因果反転の魔剣」の対価として、ユーリという存在そのものが、この世界の歴史から消去されようとしていたのだった。
[Sensual]
アリシアは、崩れ落ちるユーリの身体を必死に抱きしめた。
[Pulse]消えゆく彼の体温[/Pulse]を、その細い腕で必死に留めようとする。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:悲しみ][Blur]「ユーリ……? どうして、身体が透けているの……? お願い、行かないで……。私を、一人にしないで……」[/Blur][/A]
彼女の美しい碧眼から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
だが、その瞳の中に宿る光が、徐々に「戸惑い」へと変わっていく。
ユーリという存在の記憶が、世界から削り取られていく。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:驚き][Blur]「あなたは……だれ……? どうして、私はこんなに泣いているの……?」[/Blur][/A]
ユーリは、残された左の手で、彼女の涙を優しく拭った。
無数の傷に覆われた、しかしどこまでも温かい手。
[A:ユーリ・エインズワース:愛情][Whisper]「お前が生きて、自分の意志で歩き出せる。それだけで、俺の勝ちだ」[/Whisper][/A]
記憶から消えても、魂に刻まれた温もりは消えない。
ユーリは満足そうに微笑み、彼女の唇に、静かに最後の接吻(くちづけ)を交わした。
[A:ユーリ・エインズワース:冷静][Whisper]「もう、誰も犠牲にするなよ。アリシア」[/Whisper][/A]
その言葉を最後に、ユーリの身体は光の粒子となって、天空の風の中に完全に溶けて消え去った。
[/Sensual]
――数年後。
世界は穏やかな復興を遂げていた。
神への祈りではなく、人々が自らの手で畑を耕し、家族と笑い合う、当たり前の平和。
美しく整えられた街の片隅に、持ち主の名も刻まれていない、一本の「錆びた剣の記念碑」が佇(たたず)んでいた。
その前を通りかかったアリシアは、ふと足を止める。
彼女の胸に、なぜか締め付けられるような激しい愛おしさと、言葉にできない喪失感が押し寄せる。
[A:アリシア・フォン・ローゼンバーグ:悲しみ][Tremble]「あれ……? おかしいな。どうして、涙が……」[/Tremble][/A]
理由も分からずに、彼女の頬を涙が伝う。
それでも、彼女は記念碑に向かって、優しく微笑みかけた。
記憶を越えた目に見えない強固な約束が、彼女の胸の中で、今も静かに息づいている。
その錆びた剣の奥、誰も気づかない刀身の底で、かすかな赤黒い光が、彼女を見守るように優しく瞬いていた。