第一章: 断頭台の愛餐
冷たい雨が、聖都の石畳を容赦なく叩きつけていた。
立ち込める霧の向こう、広場の中央にそびえ立つのは、濡れて黒光りする漆黒の処刑台。
そこに取り残されたように縛り付けられているのが、ルシウス・エルゼルトだった。
漆黒の髪は雨に濡れて額に張り付き、光を失った冷徹な灰色の瞳は、群衆をただ静かに見下ろしている。
病弱で青白い肌に、豪奢だが汚れの目立つ黒い貴族服が痛々しい。
首元に刻まれた太い呪いの首輪が、彼の宿命を無言で主張していた。
ルシウス・エルゼルト「ふっ……。僕の命に価値などないよ。さあ、僕を壊して、君の糧にしておくれ」
乾いた唇から零れ出たのは、雨音に消えそうなほどの自嘲の囁きだった。
指先は冷たく凍え、絶望に麻痺しているはずなのに、胸の奥ではかつてない歓喜の炎がくすぶっている。
処刑台の壇上では、金糸の刺繍が施された贅沢な司教服を纏う大司教ガルディが、醜悪な笑みを浮かべていた。
肥満体を揺らし、湿った邪悪な細い眼光で、ルシウスを蔑むように見下ろす。
大司教ガルディ「神の意志に背く害虫め。聖女を惑わす呪われた寄生虫は、今すぐ排除せねばならん!」
脂ぎった顔を歪め、唾を飛ばしながら叫ぶ大司教の言葉など、ルシウスの耳には届かない。
ガルディの声が響き渡る中、傍らに設けられた神聖呪縛の檻には、一人の少女が囚われていた。
アルトリア・ヴァルハイト。
眩いばかりの純白のプラチナブロンドを濡らし、血のように赤く燃える狂信的な瞳で、ただ一点を見つめている。
神聖な美しさを放つ純白の聖騎士鎧は、すでに誰かの血に汚れていた。
彼女の視線の先にあるのは、ルシウスの細い首筋だけだ。
ああ、ルシウス様。私の神様。あなたの血の温もりを私にください。
アルトリア・ヴァルハイト「ルシウス様、ようやく、すべてを壊してあなたを私のものにできるのですね……」
彼女の頬を濡らすのは雨か、それとも歓喜の涙か。
喉を鳴らし、浅い呼吸を繰り返すその姿は、おぞましくも神々しい。
牙を剥く獣のように、その瞳には暗い恍惚が満ちていた。
大司教ガルディ「執行せよ!異端者に神の裁きを!」
大司教の合図とともに、巨大な処刑刃が鎖の音を軋ませて跳ね上がる。
その瞬間、世界から光が完全に消え去り、暗黒の静寂が広場を支配した。
第二章: 反転する痛みの因果

ドサリ、と重い刃が落ちる音が響く。
しかし、それは肉を断つ音ではなく、ルシウスの体に深く食い込む鋭い痛みの記憶であった。
ルシウス・エルゼルト「が、はっ……!」
肺から絞り出された血の混ざった悲鳴が、静寂の空間に木霊する。
脊髄を駆け抜ける凄絶な激痛に、ルシウスの背中が不自然に反り返る。
ガルディは勝利を確信し、その下卑た顔を歪めて哄笑を上げようとした。
だが、その声は喉の奥で不意に引き裂かれる。
赤い閃光が、ルシウスの傷口から天に向かって噴き出したからだ。
彼の肉体から溢れ出た鮮血は、重力を無視して宙に舞い、螺旋を描きながらアルトリアの檻へと収束していく。
これこそが、二人が魂の深淵で結んだ禁忌の儀式だった。
魂の結合:対象の痛みを絶対的な魔力へと変換します。
ルシウスの肉体が引き裂かれ、苦痛に喘ぐほど、その絶望は等価交換となって彼女の魔力を限界突破させる。
ルシウス・エルゼルト「あはは……。僕の痛みだけが、君を本物の『神』にする。もっと深く私を貪ってほしい……!」
血を吐きながらも、ルシウスの唇は歪んだ悦楽の笑みを形作っていた。
自らの破滅を望む彼の瞳に、かつてない狂おしい光が宿る。
アルトリア・ヴァルハイト「素晴らしいです, ルシウス様!あなたの痛みが、こんなにも私を強くしてくれる!」
轟音とともに、アルトリアを拘束していた神聖呪縛の檻が粉々に爆砕した。
飛び散る鉄格子の破片が周囲 of 兵士たちの肉体を容赦なく貫く。
純白の鎧から漆黒の魔力の翼が生え揃い、彼女は絶対的な殺戮者として覚醒する。
ガルディは腰を抜かし、石畳を這いずりながら見苦しく叫んだ。
大司教ガルディ「な、何だその力は……!聖女が、化け物め!」
アルトリアの赤き瞳が、冷酷に大司教を射抜く。
彼女の剣はすでに抜かれ、ルシウスの血を吸って不気味に赤く輝く。
一瞬の残像を残し、アルトリアはガルディの眼前に肉薄し、その首筋に刃を突き立てた。
第三章: 狂愛の代償と暴走

一閃。
大司教ガルディの肉体は、命乞いをする間もなく漆黒の業火に包まれ、一瞬で塵へと還る。
アルトリア・ヴァルハイト「不浄な塵め。ルシウス様を傷つけた罪、死を以て償いなさい!」
聖都全土を包み込む炎が、教会に集う狂信者たちを容赦なく焼き尽くしていく。
立ち並ぶ大聖堂が崩れ落ち、悲鳴と業火が夜空を赤く染め上げた。
しかし、急激にルシウスの「死の痛み」を吸収しすぎたアルトリアの精神は、限界を迎えていた。
膨大すぎる魔力が彼女の脳を焼き、自我の境界線を融解させていく。
彼女の赤い瞳からは、血の涙がとめどなく溢れ落ちる。
アルトリア・ヴァルハイト「あ、ああ……ルシウス様はどこですか?誰がルシウス様を傷つけたの?すべて、すべて殺さなければ……!」
敵も味方も、世界の存在すらも認識できず、彼女はただ破壊の獣と化して咆哮を上げる。
暴走する黒い波動が、周囲の瓦礫を塵へと変えていく。
その暴走する炎の前に、血塗られた体を震わせながら歩み寄る影があった。
ルシウスだ。
青白い顔をさらに白く染め、今にも消え入りそうな命の灯火を宿したまま、彼はアルトリアに近づく。
その冷え切った指先が、彼女の涙に濡れた頬に優しく触れた。
狂乱していたアルトリアの身体が、その微熱のような冷たさにビクリと震える。
ルシウス・エルゼルト「アルトリア。ここにいるよ。僕を見て……。君の神は、僕だけだ」
ドクン、と二人の魂が再び強く共鳴する。
ルシウスは自らの首筋、呪いの首輪が刻まれた場所を、彼女の鋭い牙へと自ら押し付けた。
アルトリア・ヴァルハイト「ルシウス様……温かい……。あなたの、あなたの命を私に……!」
牙が肉を貫き、鮮血が二人の体を濡らす。
ドクドクと脈打つ血管から、彼女の体内へと直接、彼の命が注ぎ込まれていく。
背筋を突き抜けるような激しい痙攣がルシウスを襲い、視界が点滅を繰り返す。
さらなる苦痛がルシウスを襲い、その悲鳴が彼女の頭脳に直接注ぎ込まれる。
その瞬間、聖都を焼き尽くしていた地獄の炎が、嘘のように一瞬で凍りつき、静寂の氷へと変化していった。
第四章: 奈落の底で永遠に囁く
かつて栄華を極めた聖都は、今や冷たい灰が雪のように降り積もる廃墟と化していた。
周囲には、熱で溶け落ちたステンドグラスの破片が散らばり、月光を浴びて鈍く光っている。
暴走を鎮められたアルトリアは、ルシウスの首筋からゆっくりと口を離した。
彼女の唇は赤く染まり、その表情にはこの世のものとは思えない蕩けるような微笑が浮かんでいる。
ルシウスの体からは力が抜け、その灰色の瞳は朦朧としていたが、確かな恍惚に満たされていた。
ルシウス・エルゼルト「これで、本当に二人きりだね……。誰も僕たちを邪魔できない……」
アルトリア・ヴァルハイト「はい、ルシウス様。世界が私たちを拒むなら、そんな世界は最初からいりません」
彼らは今や、世界を救った英雄ではなく、世界を滅ぼした大罪人だ。
だが、二人の間に世界の倫理など入り込む余地は最初からなかった。
ルシウスの震える手が、アルトリアのプラチナブロンドの髪を愛おしそうに梳いていく。
お互いの心臓の鼓動だけが、冷たい廃墟の中で重なり合うように響いていた。
全身を駆け巡る甘美な痺れと、心臓の奥から湧き上がる熱い波動。
アルトリア・ヴァルハイト「あなたの痛みが私の血肉となり、あなたの絶望が私に力を与える。地獄の底まで、あなたの痛みを連れていきましょう、私の神様」
ルシウス・エルゼルト「ああ……。僕を壊して、君のすべてにしておくれ」
夜明けの光が、灰の降る廃墟を美しく照らし出す。
二人は互いの傷口を舐め合い、終わりのない抱擁を交わしながら、崩壊した玉座の上で狂おしく笑い続けた。