第1章:首吊り人形の晩餐
[A:暮林 零士:恐怖]「おいおい、冗談だろ……」[/A]
天井から吊り下がった極太の麻縄が、自重と獲物の重みで、ギィ、ギィと、嫌な軋み音を立てて揺れている。
シャンデリアの狂おしいほどの眩い光に照らされ、だらしなく首を右に傾げているのは、この不気味な館の主である九条薫だ。
ボロボロの、煤けたトレンチコートのポケットに両手をねじ込んだまま、暮林零士は視線をその一点に固定する。
乱れた黒髪の隙間から覗く鋭い三白眼が、まるで獲物を射抜く獣のように、じっとその無残な死体を見つめていた。
額から一筋の冷や汗が、滑り落ちる。それは彼の頬の、無精髭に覆われた顎のラインをゆっくりと伝って、冷たい大理石の床へと、音もなく静かに落ちた。
[A:柊 鏡花:冷静]「旦那様の死は、あらかじめ予定されていたシナリオ通りです」[/A]
背後から、感情のすべての起伏を完全に削ぎ落とした、平坦で静かな声が響いた。
柊鏡花。透き通るように白い肌に、美しく切り揃えられた漆黒のボブカットが、冷徹な対比を描き出している。
仕立ての良い、一分の隙もない漆黒の執事服を完璧に着こなした彼女は、手に持った懐中時計のネジを巻く小さな音だけを、規則正しく室内に刻み続ける。
外界とこの地獄を唯一繋いでいた古い吊り橋は、ほんの数時間前、雷鳴とともに爆破され、漆黒の怒れる海へと呑み込まれた。
あらゆる通信機器は、謎の電波妨害によってただの冷たい鉄屑と化し、この嵐に閉ざされた孤島は、逃げ場のない完全なる巨大な密室と化している。
[A:暮林 零士:怒り]「おい、鏡花。お前、この異常な状況で随分と落ち着いてるじゃねえか」[/A]
暮林は、長年の詐欺師稼業で研ぎ澄まされた、他人の「嘘を見抜く」五感を極限まで拡張し、彼女の凍りついた横顔をじっと観察する。
だが、返ってくるのは、一片の揺らぎすら存在しない、美しくも不気味な冷徹なプロファイルだけだ。
しかし、彼の鋭い目は逃さない。彼女の細い指先が、懐中時計を握るその白い手が、微かにカタカタと震えている。
[Pulse]それは、襲いかかる恐怖による震えではない。[/Pulse]
[Think]待て。この奇妙な指先の震えは、まるで長年、暗闇の中で待ち望んだ復讐の瞬間を迎えた、歓喜の――[/Think]
二人の足元には、未だに不気味な湯気をうっすらと立てている、温かいカボチャスープの大皿が、無残にひっくり返っている。
そのすぐ隣には、泥に汚れた顔で、不気味に口元を歪めたピエロの陶器人形が、嘲笑うように転がっている。
[Impact]濃厚なスープの甘い香りに混ざり、ツンと鼻を突く、わずかな、しかし決定的なアーモンドの青臭い臭気。[/Impact]
[A:暮林 零士:冷静]「お前の言葉は不協和音だ。俺の耳をこれ以上汚すなよ、お嬢ちゃん」[/A]
[A:柊 鏡花:冷静]「私には心など、とうにございません。さあ、旦那様を降ろしましょう」[/A]
鏡花は一切の動揺を見せず、ただ冷ややかなガラス玉のような瞳で死体を見上げ、無機質に一歩前に踏み出した。
暮林がその細すぎる彼女の肩を掴み、力任せに引き止めようと手を伸ばした、その瞬間だった。
[Flash]ゴガガガガガッ![/Flash]
分厚い壁の奥深くで、巨大な時計塔の歯車が、錆びついた悲鳴を上げて狂ったように回り始める。
重苦しい金属の摩擦音が、広い晩餐会場の隅々にまで響き渡り、四方の壁に埋め込まれた古びたスピーカーから、激しいノイズが走った。
[Glitch]ザザッ……ザザザザッ……ピーーー……[/Glitch]
[A:九条 薫:狂気]「我が愛すべき客陣よ。素晴らしい晩餐の始まりだ」[/A]
スピーカーの震動板を震わせて流れてきたのは、間違いなく、今しがた天井で首を吊って息絶えたはずの、九条薫の、あの耳障りで尊大で、傲慢な声だった。
[Tremble]死者の声が、完全に凍りついた広間の空気を、暴力的に支配していく。[/Tremble]
[A:九条 薫:狂気]「これより、君たちの命をかけた極上の遊戯を始めよう。誰一人、生きてこの島から帰すつもりはない」[/A]
最悪のゲームの幕が、今、不快な笑い声とともに切って落とされた。
第2章:二つの狂気と砂時計

[A:九条 薫:狂気]「時計の針が深夜零時を指す時、館に隠された猛毒ガスが噴出する」[/A]
ノイズまみれのスピーカーから、粘り気のある、耳障りな声が容赦なく鼓膜を抉り、五感を汚していく。
[A:九条 薫:狂気]「生き残る鍵は、私の心臓を止めた『真犯人』の命をここに捧げることだ」[/A]
[Impact]唐突にして絶対的な死の宣告。[/Impact]
暮林の耳の奥で、キィィィンと高音の不快な耳鳴りが、激しい警報のように鳴り響く。
彼の持つ「嘘検知」の直感が、あり得ないほどの超高電圧で、危険信号を脳内に叩き出していた。
乱れた黒髪の隙間から、暮林は隣に佇む少女へと、射るような鋭い視線を滑らせる。
柊鏡花は、まつ毛ひとつ動かさず、ただ冷徹な人形としての佇まいを崩さない。
仕立ての良い、高価な漆黒の執事服が、彼女の華奢で折れそうなほど細い体躯を、拷問器具のように厳格に包み込んでいる。
[Think]こいつ、おかしい。首元の頸動脈が、尋常じゃない速度で脈打っている。鼓動のテンポが速すぎる。[/Think]
[A:暮林 零士:冷静]「鏡花、お前、最初から知っていたな」[/A]
一歩、また一歩、暮林は彼女との距離を詰め、床を踏みしめた。
ボロボロのトレンチコートの裾が、不穏な風をはらんで、かすかに床を擦る。
[A:暮林 零士:冷静]「九条がここで死ぬことも、この狂った死のゲームが始まることも、全部だ」[/A]
鏡花の黒髪のボブカットが、呼吸を止めたかのような緊張の中で、不自然にゆらりと揺れた。
透き通るような、まるでお触れを拒む白磁のような白い肌が、シャンデリアの狂った光を反射して、死人のように青白く発光する。
彼女の薄い、血の気の失せた唇が、ゆっくりと、恐ろしいほどに美しい弧を描いた。
[A:柊 鏡花:狂気]「さすがは名探偵。いえ、世界を欺き続けてこられた、希代の詐欺師の暮林様」[/A]
鏡花の深い黒い瞳の奥に、これまで隠されていた、暗い地獄の炎のような、狂気の光がゆらりと宿る。
[A:柊 鏡花:狂気]「私はこの日のために、泥をすすり、あの薄汚い男の足元を這いずり回ってきたのです」[/A]
[Whisper]「あの男は、私の、私の家族のすべてを、玩具のように奪い去りましたから」[/Whisper]
冷え切った吐息が、部屋の温度をさらに数度引き下げ、空気をカミソリのように鋭く研ぎ澄ましていく。
[A:柊 鏡花:狂気]「私がこの手で、あの男の首にロープを巻き、窒息していく様を眺めながら、絞め殺したのです」[/A]
[Pulse]ドクン、と暮林の心臓が、肋骨を突き破らんばかりに大きく跳ね上がった。[/Pulse]
彼の、脳髄に直結した嘘検知センサーは、彼女の言葉から、一切の不協和音を拾い上げない。
それは彼女の告白が、完璧な、混じり気のない「真実」として彼の脳髄へと深々と突き刺さったことを意味していた。
[A:柊 鏡花:冷静]「あなたが私を犯人だと、あのカメラに向かって告発すれば、あなたの命だけは助かりますよ」[/A]
だが、暮林の、嘘だけで泥臭く生き延びてきた詐欺師としての生存本能が、その安易な結末に対して激しい拒絶反応を起こしていた。
[Think]あり得ない。この完璧すぎる『真実』の裏には、もっとおぞましく黒い、巨大な嘘が隠されている。[/Think]
[Impact]目には見えない、しかし確実に皮膚を刺す、悪魔の嘘の気配。[/Impact]
二人の間に、重苦しく冷ややかな、真空に近い沈黙が落ちる。
[Flash]カチリ。[/Flash]
時計塔の文字盤の上で、長針と短針が非情に重なり合い、終わりを告げる音が静かに響いた。
天井に設置された錆びた鉄格子から、シューという不快な音とともに、薄緑色の霧のような致死性のガスが、静かに、確実に噴出し始める。
[A:柊 鏡花:冷静]「さあ、躊躇している時間はありません。早く私を、その手で生贄として差し出しなさい。暮林様」[/A]
彼女は、まるで救済を求める聖女のように、自ら進んで、死の深淵へとその細い足を歩ませようとしている。
冷え切った彼女の指先が、暮林のボロボロのコートの袖を、彼を光の中へ突き放すように、痛いほどの力で強く握り締めた。
その漆黒の瞳の奥に宿る光は、彼をこの地獄から生還させるための、狂気に満ちた、あまりにも純粋で歪んだ決意そのものだった。
第3章:血塗られた鏡像の真実

[Tremble]ゴホッ、ウグッ……![/Tremble]
肺を内側からじりじりと灼くような、悍ましい薄緑色の煙が、容赦なく気道を塞ぎに牙を剥く。
暮林零士は、ボロボロのトレンチコートの襟を力任せに掴んで口元を覆い、柊鏡花の折れそうな細い腕を、強引に引っ張った。
崩落しかけた瓦礫が散乱する、暗い地下通路へと滑り込み、重い、錆びついた鉄扉を自らの背中で激しく押し閉める。
[Impact]完全に閉ざされた、光の届かない石牢。[/Impact]
もはや、逃げ場などどこにも残されていない。
暗闇の背後から、鏡花のヒューヒューという苦しげな呼吸音が、壊れたフイゴのように、暮林の鼓膜へと伝わってくる。
誇り高き漆黒の執事服は無残に破れ、透き通るような白い肌には、赤黒い煤と自身の血が痛々しくこびりついていた。
[A:暮林 零士:冷静]「……なぜ俺を助けた、鏡花」[/A]
乱れた黒髪を乱暴にかき上げ、血走った鋭い三白眼で、暗闇にうずくまる少女を睨みつける。
[A:暮林 零士:冷静]「あのまま、俺を犯人として仕立て上げてシステムに差し出せば、お前は無傷でここから出られたはずだ」[/A]
鏡花の黒髪のボブカットが、暗闇の中で小さく、弱々しく揺れた。
[A:柊 鏡花:冷静]「ゴホッ……あなたには、生きて、あの男の隠した本当の真実を、すべて暴く義務があります」[/A]
かすかに、本当に微かに微笑む彼女の薄い唇の端から、一筋の、鮮烈な赤い血が伝い落ちていく。
[A:柊 鏡花:冷静]「私は復讐を果たしました。これでいいのです。ですが、この狂ったゲームには、まだ汚い続きがある」[/A]
すべてを諦めた虚無の奥底から、彼女の冷ややかな、しかしどこか縋るような声が、冷たい地下室の壁に反射して鼓膜に染み渡る。
[Pulse]ドクン、ドクンと、極限に近い酸欠と、這い寄る毒ガスへの恐怖が、脳のニューロンを激しく侵していく。[/Pulse]
互いの、限界に近い体温だけが、この氷のように冷え切った地下室で、唯一の生を証明する灯火だった。
嘘という防具だけで地獄を生き延びてきた詐欺師と、復讐という呪いのために、自らの心を殺して人形になった少女。
奈落の底、死の寸前で、重なり合う呼吸だけが、境界線を失って混ざり合う。
[A:暮林 零士:冷静]「俺はな、これまで吐き気がするほどの薄汚い嘘つきどもを、それこそ腐るほど見て、騙し落としてきた」[/A]
暮林は喉の奥で獰猛に牙を鳴らし、自らの着古したコートの裾を、凄まじい力で素手で引き裂いた。
[A:暮林 零士:冷静]「だが、他人のために、自分を犠牲にしてまで『真実』を貫こうとする大馬鹿野郎は、お前が、お前だけが初めてだ」[/A]
[Sensual]
水筒の底に、奇跡的に残されていた、わずかな冷たい水を、引き裂いたコートの布切れにじっくりと吸い込ませる。
暮林は鏡花の、震える小さな顎を強引に指先で掴み上げ、その濡れた冷たい布を、彼女の熱く乾いた薄い唇へと、優しく、しかし拒絶を許さずに押し当てた。
[Pulse]至近距離で、お互いの睫毛が触れ合うほどに、深く重なる二人の視線。[/Pulse]
そのあまりの熱量に、鏡花の纏っていた鉄の冷徹な仮面が、ピキリと音を立てて内側から瓦解していく。
[A:柊 鏡花:悲しみ]「……暮林、様……私は、あなたに……」[/A]
[Whisper]その深い闇のような瞳に宿る、一人の不器用な少女としての、狂おしいほどの生への執着と、彼への想い。[/Whisper]
震える彼女の細い指先が、暮林の汗と煤に濡れたトレンチコートの胸元を、すがるように強く、強く、狂おしく握り締めた。
ただ死を希求し、復讐の道具として朽ちるはずだった氷の心が、彼の、泥にまみれた強烈な生存の意志に、激しく揺さぶられて熱を帯びていく。
[A:暮林 零士:冷静]「死なせない。お前も、俺もだ。あんな悪趣味な老害の描いた、反吐が出るような絵図になんて、誰が乗るかよ」[/A]
[/Sensual]
[Flash]その瞬間、一筋の強烈な閃光のような思考が、暮林の脳裏を縦横無尽に駆け抜けた。[/Flash]
すべての、散らばっていた歪なピースが、カチリと音を立てて繋がり始める。
死体の首にかかっていた、あの奇妙なロープの結び目の角度。そして、不自然なほどに温かい、大皿に盛られたままのカボチャスープ。
[Think]待て。あの時、首を吊っていた九条の死体。死後硬直の兆候が、指先にすら微塵も見られなかった。[/Think]
[Think]スープがまだ温かいほどの時間。その時間と、死体の示す物理的な反応が、科学的にまったく噛み合わない。[/Think]
[Impact]「お前の言葉は不協和音だ。俺の耳をこれ以上汚すなよ」[/Impact]
あのスピーカーの向こう、耳障りなノイズの奥の奥で、確かに微かに蠢いていた、生きている人間の、あの生々しい不快な呼吸音。
暮林の鋭い三白眼に、地獄の底から傷だらけになりながらも、牙を剥いて這い上がるような、獰猛で狂気的な光が宿った。
[A:暮林 零士:狂気]「そうか、そういうことかよ、九条薫……!」[/A]
この最悪のデスゲームを操るゲームマスターは、まだ死んでなどいない。
第4章:夜明けの毒杯

[Impact]「九条薫は、まだその汚い心臓を動かして、生きている!」[/Impact]
地下室の澱みきった空気の中、暮林零士の、すべてを確信した叫びが、鋭く重い防音の壁を穿った。
ボロボロのトレンチコートを大鎌のように大きく翻し、血走った鋭い三白眼が、天井の隅で赤く光る監視カメラを正確に射抜く。
[Think]首吊りのロープ痕の浅さ。死体がある部屋に、まだ体温の残るスープがあった不自然。死後硬直の嘘。[/Think]
すべては、己の死を完璧に偽装し、モニターの向こうから狂った愉悦に浸るための、九条薫のチープな薬物トリックに過ぎない。
[A:柊 鏡花:驚き]「……あの、私の手で、確かに殺したはずの男が、生きている、と?」[/A]
柊鏡花の、限界を超えて蒼白になった肌が、信じがたい真実を前にして、かすかな戦慄に粟立つ。
漆黒の執事服の袖口から、彼女が長年手入れを怠らなかった、不気味に光る銀色のナイフが、スルスルと吸い込まれるように滑り落ちた。
その視線の先、鉄扉の向こうの厚い防音強化ガラスで仕切られた、館の最深部にある監視制御室。
そこには、豪奢なシルクの真紅のガウンを羽織り、白髪を不気味なほど厳格に整えた老人が、ふんぞり返っていた。
モニターに映し出された、死に瀕した二人の醜いもがきを、チェスの終わりの駒を見るような、薄汚い愉悦の笑みで見下ろしている。
[Pulse]静かに、しかし確実に、彼らの足元から緑色の死のガスが、渦を巻いて迫り来る。[/Pulse]
残された時間は、砂時計の最後の一粒が、奈落へと落ちるほどしか残されていない。
[A:暮林 零士:冷静]「鏡花、あのガスの元栓、高圧配管を狙え。引火の火花は、俺がこの手で力ずくで起こす」[/A]
[A:柊 鏡花:冷静]「御意に、暮林様。私の命、あなたに預けます」[/A]
鏡花の黒髪のボブカットが、重力を無視して美しく円を描き、放たれた銀閃が、ガスの高圧配管のバルブを、寸分の狂いもなく正確に断ち切る。
暮林は、剥き出しの錆びついた高圧配電盤へと飛び込み、手に持った鉄製の重い鍵を、火花を起こすためだけに乱暴に、何度も叩きつけた。
[Flash]バチバチバチッ! と、網膜を灼く強烈な青白い火花が散る。[/Flash]
一気に噴出した可燃性のガスに火花が引火し、酸素を奪い尽くすほどの猛烈な爆風が、頑丈な地下室を根底から激しく揺るがした。
[Shout]ドッ、グオオォンッ![/Shout]
二重の防音扉が内側からの圧倒的な圧力によって吹き飛び、ガラスの破片が、まるで無数の美しい星のように、きらきらと二人の頭上へ降り注ぐ。
黒煙が立ち込める煤まみれの闇の中から、地獄から戻った死神のように、二人の影がゆっくりと立ち上がった。
[A:九条 薫:狂気]「ば、馬鹿な……! あの致死量の猛毒ガスをまともに浴びて、生きているはずが……!」[/A]
制御室の豪華な椅子から跳ね起きた九条薫の顔が、恐怖で青ざめ、老醜をさらして見苦しく引き攣る。
暮林は不敵に、そして狂暴にその唇を歪め、ボロボロのコートに付いた灰を、鬱陶しそうに手で払った。
[A:暮林 零士:狂気]「お前の安い嘘はな、すべて俺のこの耳に、吐き気のする不協和音として五月蝿く届くんだよ」[/A]
一歩で九条との間合いを極限まで詰め、鏡花から目線で受け取った、超硬質の鋭利な万年筆の先端を、老人の震える喉元へと、深く突き立てる。
鋼の鋭いペン先が、老人の乾いた醜い皮膚に、一本の薄赤い鮮血の筋を、じわりと刻み込んだ。
[A:九条 薫:狂気]「ハハハ! だが私を今ここで殺せば、この館の全システムが連動し、島ごとすべて吹き飛ぶぞ!」[/A]
九条が懐から取り出した、起爆用のスイッチへ、震える親指を狂気的にかけようとした、まさにその刹那。
[Impact]ヒュッ、と冷たい風が鳴る。[/Impact]
[Shout]「グ、アァァッ……!」[/Shout]
鏡花の手元から目にも留まらぬ速さで放たれた、もう一本の投擲ナイフが、老人の手首を肉ごと冷酷に貫き、大理石の床へと縫い付けた。
[A:柊 鏡花:冷静]「ゲームオーバーです、哀れで狂った老人。あなたの描いた安っぽいシナリオは、今、完全に破綻しました」[/A]
鏡花の、氷の楔のような冷徹な声が、炎によって崩壊を始めた制御室の中に、美しく響き渡る。
九条の身体を、彼女はプロの執事らしい素早さで手際よく拘束し、二人は炎が生き物のように這い回る螺旋階段を、一歩ずつ力強く駆け上がった。
背後で、かつて狂気の時間を刻み続けていた、あの巨大な時計塔が、轟音とともに音を立てて瓦解していく。
[Pulse]ドクン、ドクンと、死線を何度も越えて生き延びた二人の心臓が、痛いほど熱く脈打つ。[/Pulse]
冷たい、朝露に濡れた青々とした草原へと転がり出ると、暗い地平線の向こうから、眩いばかりの黄金の光が差し込んでいた。
その朝日は、すべてを焼き尽くす館の赤い炎よりも、どこか残酷で、そして狂おしいほどに美しかった。
[Sensual]
[A:柊 鏡花:悲しみ]「……私を、これから警察へと引き渡しますか? 私は、あの男を殺そうとした罪人です」[/A]
風に乱れた漆黒の黒髪の間から、鏡花がその、初めて感情の涙を湛えた深い黒い瞳で、暮林の顔をじっと見つめた。
仕立ての良い、気高かった執事服は見る影もなくボロボロに裂け、そこから覗く、剥き出しの白い華奢な肩が、朝の冷気に小さく震えている。
暮林は懐からゆっくりと取り出した、爆風で少し溶けかけたハッカの飴玉を、無造作に口の中へ放り込み、不敵に笑った。
[A:暮林 零士:冷静]「さあな。俺は嘘で世界を欺く詐欺師で、お前は冷徹な殺人未遂の共犯者だ。お似合いだろ」[/A]
暮林は、自分の泥と血に汚れたボロボロのトレンチコートを脱ぎ、そっと彼女の華奢な、今にも壊れそうな肩へと、温かくかけた。
[A:暮林 零士:冷静]「これから二人で、世界中をあっと驚かせて騙し通す、新しい極上の嘘を考えなきゃならないんでね。忙しくなるぞ」[/A]
[A:柊 鏡花:照れ]「ふふ、悪くない提案です。……希代の詐欺師の専属助手というのも、決して悪くはありませんね」[/A]
かつて氷の人形と呼ばれた、感情を持たなかった彼女の薄い口元に、初めて、朝日のように温かい、等身大の少女としての笑みがこぼれる。
冷たい鉄の手錠をかけ合う代わりに、二人は、互いの傷だらけになった手を、まるでもっとも壊れやすい宝物を扱うように、固く、優しく握り締めた。
重なり合う指先から、互いの確かな体温が、自分たちが今、ここに生きているという絶対的な確信となって、静かに、深く染み込んでいった。
[/Sensual]