第一章: 散り椿と密室の斬首劇
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「今宵こそ、わらわの首を斬れ、弦之介」
紅蓮の業火が天守閣の梁を舐め、爆ぜる火の粉が御簾の向こうで狂ったように舞い踊る。純白の打掛と緋色の袴を纏う北条雪姫が、汗ばんだ艶やかな黒髪を細い指先で無造作に掻き上げた。火照る白磁のうなじが露わになる。そこには、幾度も刃を押し当てられて刻まれた、淡く赤い古傷が脈打つように浮かび上がっていた。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「……お戯れを。敵軍の包囲網はすぐそこまでにございます、雪姫様」
返り血と煤で黒ずんだ着物を纏う黒鉄弦之介は、感情の読めない三白眼をわずかに細めた。鞘から抜き放たれた妖刀の切っ先が、音もなく持ち上がる。冷え切った鋼の腹が、雪姫の華奢な首筋へと吸い付くように密着した。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「あ……っ、冷たい……。そなたの刃が、肌に吸い付く……もっと、深く押し当てよ……」
熱り立つ肌と氷の刃の落差に、雪姫の細い肩がビクリと跳ねる。弦之介のタコと傷跡に塗れた無骨な指が伸び、彼女の小さな顎を乱暴に掴み上げた。畳の上に生けられた赤い椿が、二人の荒い息遣いに揺れてボトリと首を落とす。雪姫の紅い唇がだらしなく半開きになり、蜜のような吐息が熱く漏れ出した。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「口では威張りながら、脈がこんなに跳ねているぞ。俺に首を落とされるのが、そんなに楽しみか? ほら、啼け」
刃の角度がほんのわずか変わり、ぷつりと赤い血の玉が白いうなじに滲む。指先に伝わる激しい頸動脈の拍動。弦之介の喉仏が、渇きを訴えるように大きく上下した。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「ん、ぁ……っ! わらわの首を落とせるのは、この世でそなた一人だけじゃ……早く、斬って……っ♥」
瞳を潤ませ、自ら刃へと喉を擦り寄せる主君の姿に、弦之介の奥歯がギリッと音を立てる。
穢れた人斬りの俺が、この透き通る肌に触れる資格などない。だが、この首筋の脈動を、滲む熱い血を、今すぐ舌先で残さず舐め尽くしたい……!
理性の枷が外れ、弦之介が大刀を高く振り上げた、その刹那。御簾の向こうの襖が、轟音と共に乱暴に蹴り破られた。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「そこまでにしていただきましょうか、裏切り者の介錯人殿!」
第二章: 裏切りの刃と白昼の処刑台

金襴の豪奢な陣羽織を纏った細目の男、榊原陣内が、金の扇子でいやらしく口元を隠しながら謀反兵たちと共に雪崩れ込んできた。畳を踏み荒らす泥靴の音と、むせ返るような鉄錆と汗の臭いが密室を満たす。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「陣内……! 貴様、城門を開けて敵を引き入れたのは貴様であるな!」
先ほどまでの蕩けた表情を一瞬で拭い去り、雪姫が凛とした声で一喝する。だが、その指先は怒りと屈辱でわずかに震えていた。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「いかにもでございますなあ。いやはや、傾国の美しき主君の首というのは、実に高値で売れますなあ」
陣内は蛇のように粘り気のある視線で、雪姫の乱れた襟元を舐め回す。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「弦之介、この逆賊の首を刎ねよ!」
迷いのない下知。しかし、隣に立つ男は動かない。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「……御免被ります。陣内様のお言葉通り、俺も金で買われましたゆえ。この女の首、飽きたところでございます」
氷点下の声。弦之介は呆気にとられる雪姫の背後へと回り込み、懐から取り出した荒縄で彼女の細い両腕を乱暴に縛り上げた。そのまま、容赦なく冷たい床へと突き飛ばす。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「な……っ!? 弦之介、そなた、何を……」
強かに畳に肩を打ち付け、雪姫が信じられないものを見る目で弦之介を見上げる。荒縄が柔肌に食い込み、赤い痕を刻む。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「くくっ、お気づきでない? 先代の大殿の首を処刑場で斬り落とした首切り役人こそ、その黒鉄弦之介でございますよ!」
陣内の甲高い嘲笑が、燃え盛る炎の爆ぜる音と混じり合って鼓膜を劈く。息が止まる。雪姫の瞳から、急速にハイライトが消え失せていく。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「う、嘘じゃ……! 父上を斬ったのが、そなた……? そなただけは、わらわの唯一の光であったのに……っ!」
血の気が引き、唇が小刻みに痙攣する。裏切られた絶望に引き裂かれ、大粒の涙が畳へと零れ落ちた。そんな彼女の眼前へ、弦之介は泥のついた草鞋で一歩踏み出し、見下ろす。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「光だと? 笑わせるな。俺は最初から、お前の首を刈るためだけに傍にいた死神だ」
突き放すような吐き捨て。だが、その刀の柄を握りしめる彼の指の関節が、白く浮き上がるほど強く力んでいることに、陣内は気づかない。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「ならばその忠誠の証として、今すぐここで雪姫の首を斬り落とせ!」
扇子をビシリと突きつけ、陣内が狂喜に顔を歪めて命じる。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「御意。……御首、頂戴いたします」
短い返答。弦之介は一切の躊躇なく大刀を八双に振りかぶり、床に縛り付けられた雪姫の無防備な細い首へと、必殺の白刃を閃かせた。
第三章: 首筋に刻まれた共犯の誓い

白刃が風を斬り、凄まじい剣圧が室内の蝋燭の火を一斉に吹き飛ばした。訪れる完全な暗闇。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「……っ、あ……?」
首が飛ぶはずの衝撃は来ない。代わりに、雪姫の両腕を戒めていた荒縄だけがハラリと音を立てて畳に落ちた。暗がりの中、冷たい刃の腹が彼女のうなじの古傷を、まるで恋人の指先のように甘く、優しく撫で上げる。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「……先代の介錯は、毒に苦しむ大殿に頼まれた慈悲の太刀だ。お前の首を、あんな下郎に渡すわけがないだろう」
耳元に降り注ぐ、低く掠れた熱っぽい囁き。首筋に密着したままの刀身から、弦之介の激しい鼓動と不器用な愛が直接肌へと流れ込んでくる。
この寸止めの角度、荒い息遣い、むせ返るような鉄と血の匂い……! 毎夜、密室でわらわを愛撫し、絶頂へと導く時と全く同じ刃筋……!
恐怖と絶望が、一瞬にして強烈な歓喜と性的興奮へと裏返る。雪姫の全身を、甘い痺れが駆け抜けた。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「は、あぁ……っ♥ やはり、わらわの首はそなただけのものじゃ! 他の誰にも指一本触れさせぬ!」
暗闇を裂いて燃え上がる炎の照り返しの中、雪姫は懐から護身用の小太刀を鮮やかに抜き放った。跳ねるように立ち上がり、弦之介の広く頼もしい背中に自身の華奢な背をピタリと預ける。熱く湿った体温が着物越しに交わり、二人の呼吸が完全に一つに重なった。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「なっ、縄だけを斬っただと!? 貴様、わしを謀ったな、弦之介ぇぇっ!」
目が慣れ、事の次第を把握した陣内が、裏返った声で喚き散らす。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「貴様の口から内通の証拠を吐かせ、この間合いに入るための茶番でございますよ、家老殿」
弦之介の口角が、獰猛な肉食獣のように吊り上がった。一歩、前へ踏み出す。それだけで、前列の謀反兵たちが気圧されて半歩後ずさった。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「で、であえ! 二人とも串刺しにしろ! 殺せぇぇっ!」
陣内が泡を食って後退りながら絶叫する。数十人の謀反兵たちが恐怖を振り払うように咆哮を上げ、一斉に白刃の槍を隙間なく突き出した。
第四章: 血吹雪の果て、永遠の介錯を
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「雪姫様の首を斬るのは俺一人だ! 貴様ら下郎が触れるなぁっ!」
独占欲と殺意が剥き出しになった咆哮。弦之介が畳を踏み抜き、弾丸のように地を蹴った。神速の抜刀術が閃く。迫り来る無数の槍の柄を紙細工のように両断し、返す刀で謀反兵たちの首を次々と宙へ撥ね飛ばした。噴き上がる鮮血の霧。肉を断ち、骨を砕く鈍い音が、断末魔の悲鳴と共に天守閣に木霊する。雪姫もまた、舞うように小太刀を閃かせ、弦之介の死角に迫る敵の喉笛を躊躇なく掻き切った。返り血が彼女の白い打掛を真紅の椿のように染め上げていく。わずか数合ののち、室内には累々たる屍の山だけが残された。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「ひ、ひぃぃっ! ば、化け物め! 金ならやる、領地もやる! 命だけは助け――」
血の海に尻餅をつき、小便を漏らしながら無様に命乞いをする陣内。その目の前に、血塗られた雪姫が静かに歩み寄る。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「見苦しいぞ、陣内。そなたの首など、弦之介の刀を汚す価値もない。業火に抱かれて果てよ」
絶対的な支配者の冷酷な宣告。雪姫は這いつくばる陣内の顎を草履のつま先で容赦なく蹴り上げ、轟音と共に崩れ落ちてきた燃え盛る大梁の下へと突き落とした。
榊原 陣内(さかきばら じんない)「ぎゃあああああっ!」
肉の焼ける悪臭と断末魔を背後に置き去りにし、二人は崩壊する天守閣を駆け抜けた。やがて辿り着いたのは、朝焼けの茜色と炎の紅に染まる、静まり返った庭園。舞い散る灰と火の粉の中、肩で息をする弦之介は、血脂に塗れた妖刀を再び雪姫の白く細長い喉元へと突きつけた。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「……今なら誰も邪魔はしませぬ。斬りますか、雪姫様」
極限の死闘を終え、瞳孔の開いた三白眼が狂おしいほどの情欲を湛えて雪姫を射抜く。
北条 雪姫(ほうじょう ゆきひめ)「ああ……わらわが死ぬその日まで、毎夜欠かさず斬り続けよ、弦之介……っ♥」
雪姫は妖艶に微笑みながら、自ら冷たい刃へと首筋を強く押し当てた。ぷつりと皮膚が裂け、一筋の鮮血が胸元へとツーッと垂れ落ちる。痛みを快楽へと変換しながら、彼女は爪先立ちになり、血の滲む紅い唇を弦之介の荒れ果てた唇へと重ね合わせた。鉄錆の味が二人の口内に広がる。弦之介は刀を握らない左手で彼女の細い腰を折れんばかりに抱き寄せ、むさぼるように深く舌を絡ませた。
黒鉄 弦之介(くろがね げんのすけ)「……はい。地獄の果てまで、貴女様の介錯人を務め上げましょう」
燃え落ちる城を背景に、死神と姫君の歪で美しい唇は、朝日と炎に溶けるまで幾度も重なり続けた。