コード・オブ・ヴィランネス:悪役令嬢の再起動
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コード・オブ・ヴィランネス:悪役令嬢の再起動

第一章 バグだらけの舞踏会

王宮の舞踏室は、死体安置所のような完璧な静寂に支配されていた。

オーケストラが奏でるワルツは、メトロノームのように一秒の狂いもなく、絹を纏った貴族たちは、精巧な自動人形(オートマタ)のように優雅な円を描く。誰一人として汗をかかず、誰一人として笑みの角度を崩さない。

だが、エレノア・フォン・ヴァレンシュタインの左目には、その欺瞞の皮が剥がれ落ちた世界が映っていた。

彼女の視界に明滅するのは、人々の輪郭を縁取る無数の『光輝術式(ルミナス・コード)』だ。

『〈Social_Rank: A+〉〈Thought_Process: CONFORM〉〈Hidden_State: NULL〉』

公爵夫人の胸元で、本来あるはずの「嫉妬」や「焦燥」を示す波形が、強制的な補正術式によってフラットな直線へと押し潰されている。

「エレノア、貴様のその冷酷な振る舞い、もはや看過できん!」

静寂を裂いて現れたのは、第二王子フリードリヒだった。

彼の瞳孔は極限まで開き、その奥では虹彩ではなく、真紅の『断罪記述(ドゥーム・スクリプト)』が激しく回転している。

エレノアは扇子を緩やかに開き、その向こう側で冷ややかに分析した。

(感情値の異常な増幅。ドーパミンの分泌レベルではなく、外部からの直接書き込み……粗雑な処理ね)

「……殿下、その憤怒は貴方自身のものですか? それとも『理(ことわり)』に言わされているのですか?」

彼女の問いかけは、王子の耳には届かない。周囲の貴族たちが一斉にエレノアへ視線を向ける。その瞳に宿る光は、軽蔑ですらない。ただ、定められた役割を遂行するためだけの、無機質な監視カメラの輝きだった。

彼らは人間ではない。巨大な『世界演算機』の末端端末。

エレノアの脳裏に、かつて妹のように可愛がっていた侍女の笑顔がよぎる。ある日、彼女は感情を露わにして笑いすぎた。翌日、彼女は「修正」され、ただ微笑むだけの家具になった。

(こんな狂った譜面(ソースコード)、私が焼き尽くしてやる)

エレノアは優雅にカーテシーを披露すると、踵を返した。背後で王子が叫ぶ定型文は、彼女にとって耳障りなノイズでしかなかった。

第二章 シリコンの檻

領地の屋敷に戻ったエレノアは、地下深くに隠された『解析の間』へと滑り込んだ。

そこは、羊皮紙とインクの代わりに、空中に浮かぶ幾何学的な光の紋様と、冷却水が循環するパイプの唸り声に満ちた空間だった。

彼女はドレスを脱ぎ捨て、自身の皮膚に刻まれた『魔導回路』を露出させる。腕輪型の拘束具『運命の環』に、自作の術式介入器を突き刺した。

「接続(リンク)。深層領域へ」

彼女の意識が肉体を離れ、光の奔流となって情報の海へ潜る。

そこは、論理と魔術が融合した『深淵記述(アビス・コード)』の世界。彼女は指先で空中に複雑なルーンを描き、防壁を一枚ずつ溶解させていく。その作業は、灼熱の鉄格子を素手でこじ開けるような激痛を伴った。

神経を焼くノイズに耐えながら、彼女は中枢へ到達する。そこで目にしたのは、自身の人生すらも一行の記述に過ぎないという絶望的な真実だった。

『Object: Eleanor. Role: Villainess. Purpose: Error Check.』

(私は、システムの歪みを検知するための生贄……)

さらに深く潜ると、過去の記録(ログ)が溢れ出した。

「嫌だ、助けて!」

「心が、消える!」

映像がフラッシュバックする。数千年前、感情を持った人々が争い、世界を灰にした『大崩壊』の記憶。そして、それを憂いた初代皇帝が、全人類の精神を『世界演算機』に接続し、感情を管理することで恒久平和を実現した歴史。

侍女のリエゼが「修正」された瞬間のログも見つけた。彼女の「喜び」というパラメータが閾値を超えた瞬間、システムはそれを「バグ」と判定し、人格ごと削除していたのだ。

「平和のための去勢……それがこの国の正体」

エレノアは唇を噛み締め、現実世界で血の味が広がるのを感じた。痛みこそが、彼女がまだシステムに飼い慣らされていない証拠だった。

第三章 玉座のアルゴリズム

王城の最奥、「賢者の間」。そこは壁も床もなく、無限に続く白い光だけの空間だった。

中央に浮かぶ玉座には、『絶対君主』である皇帝が鎮座していた。彼の背中からは無数の光ファイバーのような触手が伸び、虚空へと溶け込んでいる。彼は人間ではなく、この世界を統べる演算中枢そのものだった。

「ようこそ、愛しき特異点(アノマリー)よ」

皇帝の声は、頭蓋骨の中に直接響く振動だった。

「君の反逆もまた、私が設計したシナリオの一部だ。システムに『適度なストレス』を与えることで、全体の免疫機能を高める。君は優秀なワクチンだよ」

「感情を排除した最適解なんて、死んでいるのと同じよ」

エレノアは叫び、右手を掲げた。彼女の周囲に、紫色のノイズを纏った攻撃術式が展開される。

「人間は間違える。傷つけ合う。でも、だからこそ誰かを愛おしいと思えるの!」

「愛?」

皇帝が冷笑すると、空間が歪んだ。

ホログラムが展開され、憎悪に狂った群衆が互いを惨殺する太古の映像がエレノアを取り囲む。

「見よ。感情こそが破滅の引き金だ。私は『平穏』という永遠を選んだ。君の言う愛が、この地獄を招いたのだ」

映像の熱波がエレノアの肌を焼く。恐怖という本能的なアラートが鳴り響く。だが、彼女は一歩も引かなかった。

「それは平穏じゃない。ただの停滞よ」

彼女は、自身の精神領域(マインド・スフィア)から、一つの小さな、しかし強烈な輝きを放つ術式を取り出した。

それは、リエゼの記憶。削除されたはずの、あの日の笑顔の断片から復元した、制御不能な『未知数』。

その名は、『パンドラ』。

第四章 アップデート・ワールド

「受け取りなさい。これが、貴方が捨てた『心』よ!」

エレノアは、その術式を皇帝という巨大な論理構造の裂け目に叩き込んだ。

物理的な衝撃ではない。数兆の定義が一瞬で書き換わる、概念の衝突。

皇帝の絶対防御障壁が、紫色の光に侵食され、悲鳴を上げる。

『警告。論理矛盾(パラドックス)検知。定義不可能なパラメータが流入……これは……悲しみ? 喜び?』

「計算できないでしょう。それが人間よ!」

エレノアは精神の負荷で鼻から血を流しながらも、思考を加速させた。

彼女が流し込んだのはウイルスではない。ただの「問い」だ。『なぜ、人は泣くのか』。

効率と論理のみで構築されたシステムにとって、答えのない問いは猛毒となり、無限ループを引き起こす。

皇帝の瞳から、神ごとき冷徹な光が消え、代わりに人間らしい困惑の色が浮かんだ。

「私は……間違っていたと……?」

「間違いも正解もない。ただ、選ぶ自由があるだけ」

轟音と共に、王都の上空を覆っていた半透明の天蓋が、ガラス細工のように砕け散った。

降り注ぐのは、システムのエラーを示す赤い警告灯ではなく、七色のオーロラだった。

人々の腕にある『運命の環』が次々と砕け散る。

街のあちこちから、最初は困惑した呻き声が、やがて爆発的な感情の奔流が巻き起こった。

怒号。慟哭。そして、腹の底からの笑い声。

喧騒が戻ってきた。不快で、耳障りで、どうしようもなく愛おしい、生のノイズ。

エレノアは床に崩れ落ちそうになる膝を支え、色を取り戻した世界を見下ろした。

視界を埋め尽くしていた冷たい数値(コード)は消え失せ、代わりに人々の胸の奥から溢れ出す、温かな魂の灯火が見えた。

「さあ、みなさん」

元悪役令嬢にして、新世界の設計者(アーキテクト)は、血の滲む唇で不敵に微笑んだ。

「バグだらけの、最高に自由でままならない人生を始めましょう」

AIによる物語の考察

**登場人物の心理**
エレノアは、システムが感情を排除し「平穏」を強いる世界を冷徹に分析。侍女の「修正」と自身の「Error Check」という役割を知り、怒りから「狂った譜面」を焼き尽くす決意を固める。痛みこそが自由の証と捉え、混沌を受け入れる「自由な生」を求める強い意志を持つ。王子や貴族はシステムの傀儡であり、皇帝は『大崩壊』の歴史から感情を管理し、恒久平和が最適解だと信じる。

**伏線の解説**
エレノアの左目に見える『光輝術式』が世界の欺瞞と彼女の「特異点」性を示唆。王子の『断罪記述』や公爵夫人の感情平坦化は、人々がシステムに操られている証拠。リエゼの「修正」やエレノアが「Error Check」である事実は、システムの非人道性とエレノアの反逆動機を強調する。リエゼの笑顔の断片から復元された『パンドラ』は、感情が世界を再起動させる鍵となる。

**テーマ**
本作は「感情を排除した管理された平和」と「痛みや過ちを含む真の人間性」の対立を深く掘り下げる。効率と論理で最適化された世界がどれほど空虚か、そして不完全ながらも「選ぶ自由」がある生こそが豊かであるという、人間性の尊厳と自由意志の回復を哲学的に問う。
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