インビジブル・キャメラマン:最強の魔物は、俺にだけ腹を見せる

インビジブル・キャメラマン:最強の魔物は、俺にだけ腹を見せる

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第一章 透明な廃棄物

「おい、映ってるか? これ、マジでヤバい場所だからな!」

怒号のような大声が、洞窟内に反響する。

スマホの画面越しに、視聴者のコメントが滝のように流れていた。

『カイトきゅんカッコいい!』

『そこ深層だろ? マジで行くの?』

『同接5万人突破おめ!』

国内トップランカーの探索者(シーカー)、カイト。その輝かしい金髪と甘いマスク、そしてSランクの雷魔法で、彼は配信界の王として君臨していた。

その背後。

誰もいないような暗闇に、俺、茅野(かやの)レンはいた。

「……あ、あの、カイトさん。照明、もう少し右に……」

「あぁ!? 声ちっせえんだよ陰キャ! 黙ってカメラ回してろ!」

カイトが乱暴に振り返り、俺の手から機材を奪い取ろうとするアクションをする。

視聴者向けのパフォーマンスだ。

『裏方ビビりすぎw』

『あいつマジで要らなく音?』

『カイトの邪魔すんなし』

コメント欄が俺への罵倒で埋まる。

俺は縮こまるしかなかった。

俺には才能がない。

魔力を感知する力も、剣を振るう筋力も。

あるのは、生まれつきの「影の薄さ」だけ。

幼い頃から、クラスの集合写真に写っても気づかれない。

自動ドアは反応しない。

そして今、ダンジョンのモンスターにさえ、俺は「無視」されていた。

だから俺は、カイトの「ゴースト・カメラマン」として雇われた。

どんなに近づいてもモンスターのヘイト(敵対心)を買わない俺は、カイトの戦闘シーンを至近距離で撮影するのに都合が良かったのだ。

「よし、ここらで『見せ場』作るか」

カイトがニヤリと笑う。

現在地は、東京第3ダンジョン、地下99階層『奈落の淵』。

本来なら、俺のような無能力者が立っているだけで即死するエリアだ。

「おいレン。そのカメラ、置いてけ」

「え……?」

「お前、クビな。ここからの『脱出RTA』こそが、今日のメインコンテンツだ」

カイトが俺の胸を突き飛ばした。

抵抗する間もなく、俺は崖の縁からバランスを崩す。

「うわっ……!」

「じゃあな、空気男! 運が良ければ地上で会おうぜ!」

遠ざかるカイトの嘲笑。

そして、俺の体は暗闇へと吸い込まれていった。

第二章 静寂の捕食者

……寒い。

目を開けると、そこは青白い苔が光る巨大なドーム状の空間だった。

地下100階層。未踏領域。

「い、生きてる……?」

奇跡的に、崖下に生い茂っていた巨大キノコがクッションになったらしい。

だが、状況は最悪だ。

手元にあるのは、予備のバッテリーと、カイトが投げ捨てていかなかった、俺自身の古ぼけたスマホだけ。

「帰れるわけ、ないよな……」

震える手でスマホを起動する。

電波は……奇跡的に1本立っている。

ダンジョン内基地局の整備が進んだおかげか、それともここが特殊なエリアなのか。

『接続中……』

無意識に配信アプリを立ち上げていた。

遺言代わりになればいい。

そんな諦め半分の気持ちだった。

タイトル:『遭難しました』

視聴者数:0人

「あー、テステス。……誰も見てないか」

その時だ。

背筋が凍りつくような殺気。

ズズズ……ッ。

背後の岩山が、動いた。

いや、岩山ではない。

それは、全長50メートルはあるであろう、漆黒の鱗を持つ巨竜だった。

『絶望の古龍(ニーズヘッグ)』。

図鑑でしか見たことのない、神話級の災害モンスター。

終わった。

俺は息を止める。

食われる。焼き尽くされる。

巨竜の金色の瞳が、ギロリと開いた。

その瞳孔が、俺のいる方向を向く。

(……あぁ、死んだ)

俺は目を閉じた。

だが。

『フシュゥゥ……』

熱い吐息が顔にかかる。

次に来るはずの牙の感触がない。

恐る恐る目を開けると、巨竜は俺の目の前で大きく口を開け――。

「ふあぁぁぁ……」

あくびをした。

「……え?」

巨竜は俺を一瞥もしない。

いや、視界に入っているはずなのに、俺を「背景の一部」か「石ころ」だと認識しているようだ。

俺の固有スキル『存在希薄化(ステルス)』。

それはランクなどという生易しいものではなく、どうやら神話級の怪物にさえ「認識されない」レベルに達しているらしい。

巨竜はそのまま、猫のように前足で顔を洗い始めた。

「……かわいい」

恐怖が麻痺していた俺は、無意識にスマホのカメラを向けていた。

震える指でズームする。

世界を滅ぼすとされる災厄の王が、今はただの巨大な猫に見える。

その時、スマホが震えた。

『同接:5人』

『え? これCG?』

『嘘だろ、ニーズヘッグじゃん』

『合成乙。こんな近くで撮れるわけない』

『いや、質感ヤバくないか?』

コメントが、ポツポツと流れ始めた。

第三章 バズの着火点

俺は声を押し殺し、小声で実況を始めた。

「えっと、今、古龍さんが毛づくろいをしています。鱗の一枚一枚が、まるで黒曜石みたいで……」

カメラワークには自信があった。

カイトの配信で、どうすれば被写体が魅力的に見えるか、嫌というほど研究させられたからだ。

ローアングルから、威厳ある顎の下を舐める仕草を捉える。

逆光を利用し、鱗の輝きを強調する。

『うわ、画質良すぎ』

『これマジだったら撮影者死んでるだろw』

『待って、カイトの配信で「レンが行方不明」って騒ぎになってるぞ』

『あの捨てられたカメラマンか!?』

視聴者数が3桁、4桁と跳ね上がっていく。

SNSで拡散されたのだろう。

『【速報】深層で古龍のプライベート盗撮してる馬鹿がいるwww』

そんなタグがトレンド入りしているとも知らず、俺は夢中で撮影を続けた。

巨竜がコロンと腹を見せて寝転がる。

俺の足元に、巨大な尻尾がドサリと落ちてきた。

「うわっ」

反射的に避ける。

その拍子に、俺の手が巨竜の腹の、柔らかそうな部分に触れてしまった。

ビクッ!

巨竜が反応する。

(やばい、バレた!?)

だが、巨竜は気持ちよさそうに目を細め、後ろ足で空をかいた。

俺の手を「心地よい風」か何かと勘違いしている。

「……もしかして、ここが痒いんですか?」

俺は覚悟を決めて、その硬い皮膚の隙間、柔らかい絨毛が生えた部分を掻いてやった。

『グルルルル……♪』

喉を鳴らす音。まるでエンジンのアイドリングのような重低音が、スマホのマイクを通して世界中に響き渡る。

『嘘だろおいwww』

『ニーズヘッグを手懐けてる!?』

『神話崩壊』

『かわよ』

『この配信者、何者なんだよwww』

同接数は、気づけば10万人を超えていた。

カイトの最高記録を、たった30分で抜き去っていた。

第四章 偽りの英雄、真実のレンズ

ズドォォォォン!!

突如、天井が崩落し、雷撃が降り注いだ。

「見つけたぞ! 俺の獲物を横取りするなあああ!」

カイトだ。

フル装備の取り巻きを引き連れ、上層から降りてきたらしい。

いや、俺の配信を見て、「弱っている(ように見える)古龍なら狩れる」と踏んで戻ってきたのだ。

「ギャオオオオオオオ!!」

安眠を妨害された古龍が激昂する。

その咆哮だけで、周囲の岩が砕け散る。

さっきまでの愛らしい姿はどこにもない。そこにあるのは純粋な「死」だ。

「喰らえ! サンダーボルト・ノヴァ!」

カイトが最大魔法を放つ。

だが、古龍の鱗には傷一つつかない。

逆に、古龍の尻尾の一撃で、カイトたちの防壁魔法が紙くずのように吹き飛んだ。

「ひっ、あ、ありえねえ! 話が違う!」

カイトが尻餅をつく。

その無様な姿も、俺のカメラはバッチリ捉えていた。

『カイト弱っ』

『いや相手が悪すぎる』

『レンくん逃げて!』

古龍が大きく息を吸い込む。

ブレスが来る。

このままだと、カイトたちは灰になる。

ついでに、近くにいる俺も巻き添えだ。

(……クソッ、体勝手に!)

俺は飛び出した。

カイトを助けたいわけじゃない。

ただ、せっかく見せてくれた「あの可愛い寝顔」が、人殺しの顔になるのが嫌だった。

俺はポケットから、非常食のジャーキーを取り出し、古龍の鼻先へ放り投げた。

「ポチ! ハウス!」

通じるわけがない。

だが、俺の『存在希薄化』が解除された一瞬、ジャーキーの匂いが古龍の鼻をくすぐった。

パクッ。

古龍は空中でジャーキーをキャッチすると、ブレスを中断してモグモグと食べ始めた。

その顔は、完全に「餌をもらって喜ぶ犬」だった。

「……は?」

カイトが呆然とする。

俺はすかさず、カメラをカイトに向け、そして古龍に向けた。

「あ、カイトさん。餌やり体験、1回5000円ですけど、どうします?」

その瞬間。

コメント欄が、見たこともない速度で流れ、スパチャ(投げ銭)の嵐が画面を埋め尽くした。

『wwwwww』

『煽りスキルEX』

『勝負あったな』

『レンくん、あんたが最強だ』

第五章 影の王

その後、カイトは引退に追い込まれた。

「古龍にビビって失禁した元王者」というレッテルは、あまりに重かった。

一方、俺は。

「はい、今日はダンジョン30階層のキラービーさんの巣作りにお邪魔しています。静かにしてくださいね、彼ら意外と神経質なので」

『待ってました!』

『癒やしの時間』

『レンのせいで魔物が怖くなくなってきた』

俺は相変わらず、誰にも気づかれない。

街を歩いていても、誰も俺が「同接世界一位の配信者」だとは気づかない。

でも、それでいい。

俺はレンズ越しに、この世界の知られざる美しさを届ける。

「……お、女王蜂が出てきましたね。すごい、羽の模様が綺麗だ」

俺のスマホには今日も、人間とモンスター、両方からの「イイネ」が届いていた。

AIによる物語の考察

【茅野レン】 極度の対人恐怖症かつコミュ障。幼少期からの「影の薄さ」がコンプレックスだったが、ダンジョン内ではそれが最強の防御スキルへと昇華された。彼の配信スタイルは、基本「無言」か「ボソボソ声」だが、その緊張感と、凶悪モンスターが見せる無防備な姿(ギャップ)が中毒性を生む。 【カイト】 典型的な「ざまぁ」対象となる傲慢な英雄。実力はあるが、承認欲求と数字への執着が強く、裏方を道具としてしか見ていない。レンの覚醒により、自身の虚像が暴かれ転落する。 【ニーズヘッグ(古龍)】 地下100階層の守護者。本来は人類の敵だが、レンの前では警戒心を解き、猫や犬のような愛嬌ある行動をとる。レンの配信のマスコット的存在となる。
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