第一章 檻への署名
重厚なマホガニーのデスク。その上に置かれた一枚の契約書が、私の人生を決定づける。
空調の効いた執務室は、肌が粟立つほどに冷えていた。
「震えているな、実央」
低く、内臓に直接響くようなバリトンボイス。
目の前に座る男――九条怜(くじょう れい)が、氷のような視線で私を射抜いていた。
世界的な香水ブランド『ナイン・センツ』の若きCEO。
そして、私の実家の借金を全て肩代わりした債権者。
「こ、怖くなんて……ありません」
「嘘をつくな。君の匂いが変わった」
怜が優雅な動作で立ち上がる。
高級な革靴が、ふかふかの絨毯を踏みしめる音。
彼が近づくにつれ、圧倒的な雄のフェロモンが鼻腔を犯した。
私の特技であり、呪いでもある「過敏すぎる嗅覚」が、彼の危険な香りを感知して警鐘を鳴らす。
ムスクと、冷たいミント、そして奥底に眠る獣のような刺激臭。
「契約条項、第3条。妻としての務めを果たすこと」
彼は私の椅子の背に手を回し、耳元で囁く。
「そして第4条……『開発中の新作香水のテスターとして、身体を提供する』こと」
「身体……ですか?」
「そうだ。最高傑作を作るには、人間の肌の温度と、高揚した際の汗が必要だ」
怜の冷たい指先が、私の首筋をなぞる。
ビクリ、と背中が跳ねた。
「っ……社長、そこは……」
「怜と呼べと言ったはずだ」
指先が鎖骨の窪みを執拗に愛撫する。
まるで陶器の価値を確かめる鑑定士のように、無機質で、それでいてひどく卑猥な手つき。
「君には拒否権はない。サインしろ」
逃げ場のない視線。
私は震える手でペンを握り、紙面に名前を刻んだ。
それが、理性を溶かす日々の始まりだとも知らずに。
第二章 淫らな実験室
その夜、連れてこられたのは寝室ではなく、実験室のような無機質な部屋だった。
ガラス張りの壁、清潔なリネンが敷かれた診察台。
「服を脱げ」
命令は絶対だ。
私は羞恥に顔を染めながら、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。
布擦れの音が、静寂な部屋にやけに大きく響いた。
下着姿になり、身を縮こまらせる私を、怜は冷徹な瞳で観察する。
「美しい。やはり君の肌は、香りを引き立てる」
彼は小瓶を取り出した。
とろりとした琥珀色の液体。
「新作の『イブの誘惑』だ。君の太腿の内側で試させてもらう」
「ふ、ともも……?」
「一番体温が高く、香りが立ち昇る場所だ。脚を開け」
逆らえない。
診察台に仰向けになり、ゆっくりと膝を割る。
冷たい空気が、普段は晒さない秘めやかな肌を撫でる。
けれど、それ以上に熱い視線が、私の中心を貫いていた。
ポタリ。
冷たい液体が、太腿の柔らかな内側に落とされる。
「ひゃうっ……!」
「動くな。馴染ませる」
怜の大きな手が、私の太腿を掴む。
親指の腹で、オイルを塗り広げるように、ねっとりと円を描く。
「んっ、ぁ……」
指の圧が強い。
ただオイルを塗っているだけなのに、まるで愛撫されているかのような錯覚。
彼の指が、徐々に上へ、危険な領域へと近づいていく。
「いい香りだ……甘く、熟れた果実のような」
怜が顔を近づける。
そして、あろうことか、オイルを塗った場所に舌を這わせた。
「っ!? 怜さん、だめっ!」
「黙れ。テイスティングだ」
ザリリ、とした舌の感触。
柔らかい内腿を、捕食者が獲物を味わうように貪る。
熱い吐息が、薄いレース越しに秘所に吹きかかる。
「あ、あっ、だめ、そんな……」
頭が真っ白になる。
彼の舌が這うたびに、身体の奥底から甘い痺れが湧き上がってくる。
「なんて淫らな匂いだ。興奮しているのか? 実央」
怜が見上げる。
その瞳は、先ほどまでの冷徹さを脱ぎ捨て、ギラギラとした欲望の炎を宿していた。
「い、いえ……そんなこと……」
「身体は正直だ。ここが、こんなに濡れている」
彼の手が、レースの上から私の中心を押し付けた。
「ああっ!」
湿った布地が、敏感な突起を擦り上げる。
恥ずかしい音を立てて、愛液が溢れ出していた。
「契約通り、すべてを提供してもらおうか」
怜が私の下着を引き裂いた。
理性の糸が、音を立てて切れた。
第三章 氷の融解、炎の侵略
「見ろ、俺の指がこんなに簡単に飲み込まれていく」
「あ、あっ、あぁっ!」
怜の指が、私の未開の地をかき回す。
最初は一本、そして二本。
冷たかったはずの指は、私の熱ですぐに灼熱の凶器へと変わった。
粘膜を執拗に擦られ、奥のひだを数えるように蠢く。
「んぅ、あぁっ! そこ、や、だぁ……!」
「ここか? ここが欲しいのか?」
「ちが、違っ……んあぁ!」
否定の言葉とは裏腹に、腰が勝手に浮き上がる。
もっと奥を、もっと激しく求めてしまう。
怜は意地悪く笑うと、私の敏感な核を親指で弾いた。
電流が走ったような衝撃。
「ひグッ……!」
声にならない悲鳴を上げ、背中を反らせる。
「いい声だ。もっと聞かせろ」
彼は自分の服を乱暴に脱ぎ捨てた。
露わになったのは、彫刻のように鍛え上げられた肉体と、猛々しく脈打つ熱源。
「実央、こっちを見ろ」
私の足を肩に担ぎ上げ、彼が覆いかさなる。
「入るぞ」
「ま、待って、心の準備が……」
「待たない」
有無を言わさず、彼が腰を沈めた。
「ぎっ……ぁあ!」
身体が引き裂かれるような感覚と同時に、圧倒的な質量が私の中を満たしていく。
きつい、苦しい、でも……。
「っ……きついな。締め付けが良すぎる」
怜が苦悶の表情で唸り、一旦動きを止める。
私の内壁が、異物である彼を排除しようとするどころか、喜んで吸い付いていくのがわかる。
「……動くぞ」
「あ、あっ……ふぁっ!」
彼が腰を引いては、最奥まで打ち付ける。
グチュ、グチュ、と卑猥な水音が部屋に響き渡る。
「ぁ、あ、すごい、おっきい……!」
「俺の名前を呼べ。誰に抱かれている?」
「れい……さん、怜さんっ!」
突かれるたびに、目の裏に白い光が明滅する。
甘い香水の香りと、汗の臭い、そして交じり合う愛液の匂い。
すべてが混然となって、脳髄を溶かしていく。
彼は私の唇を奪い、舌を絡め合わせながら、腰の動きを加速させる。
深い、深いところまで侵略される。
心臓の鼓動さえも、彼に握られているようだった。
「いく……怜さん、もう、壊れちゃう……!」
「壊れろ。俺の腕の中で、めちゃくちゃになれ」
彼は最後の理性を捨て、獣のように腰を振るう。
敏感な場所を何度も、何度も擦り上げられ、私は絶叫とともに絶頂を迎えた。
「あぁぁぁーーーーっ!!」
目の前が真っ白になり、身体が激しく痙攣する。
その収縮に合わせて、彼もまた低く唸り、私の最奥に熱い情熱を注ぎ込んだ。
ドクドクと脈打つ彼の分身から、魂ごと焼かれるような熱量が溢れ出してくる。
私たちは一つになり、溶け合い、意識を手放した。
第四章 檻の鍵
事後、けだるい余韻の中で、怜が私を後ろから抱きしめていた。
彼の腕は、先ほどの野獣のような荒々しさが嘘のように、優しく、そして所有欲に満ちていた。
「……実央」
耳元で囁かれる声。
「お前は借金のためにここにいると思っているだろう」
「……違うんですか?」
「違うな」
彼は私の髪に口づけを落とす。
「俺は、お前の香りに何年も前から囚われていた」
「え……?」
「お前が学生の頃、すれ違ったあの日からだ。俺の嗅覚は、お前以外の匂いを感じない」
衝撃の事実に、言葉を失う。
「だから罠を張った。借金も、契約も、すべてはお前を手に入れるための舞台装置だ」
彼は悪びれもせず、妖艶に微笑む。
「お前は一生、俺の檻の中だ。この香りが尽きるまで……いや、尽きても離さない」
その言葉は、恐怖であるはずなのに。
なぜか私の胸は、甘い蜜で満たされていくようだった。
身体の芯に残る彼の熱。
刻み込まれた快楽の記憶。
私はもう、逃げられない。
いや、逃げたくないのかもしれない。
「……はい、怜さん」
私は彼の腕の中で、自ら檻の鍵をかけた。
甘く、危険な香りが、私たちを永遠に閉じ込めるように包み込んでいた。