悪役令嬢は『消毒』したい ~断罪されたので、王都の下水道革命を始めます~

悪役令嬢は『消毒』したい ~断罪されたので、王都の下水道革命を始めます~

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第一章 バクテリアと舞踏会

「エララ・フォン・アイゼンバーグ! 貴様のその陰湿な性根、もはや看過できん! ここで婚約を破棄させてもらう!」

王立学園の卒業パーティー。

シャンデリアが煌めく大広間で、王太子アレクセイの高らかな宣言が響いた。

音楽が止まる。

貴族たちの視線が、会場の中央に突き刺さる。

王太子の腕の中には、震える聖女リナ。

そして、その対面に立つのは、悪役令嬢エララだ。

扇で口元を隠したまま、エララは静止している。

周囲は、彼女が絶望に打ちひしがれていると思っただろう。

だが、扇の下で、彼女は呟いていた。

(……汚い)

彼女の目には、見えていた。

王太子の豪奢なマントの裾に付着した、泥跳ね由来の大腸菌群。

会場の床、絨毯の繊維の奥に潜む、数億匹のダニ。

そして何より、聖女リナの周囲に漂う、甘ったるい香水の匂いに混じった――腐敗臭。

「黙っているのか! リナを階段から突き落とし、教科書をドブに捨てた罪、認めるのだな!」

エララはゆっくりと扇を閉じた。

前世、日本の下水処理場に勤務していた彼女にとって、この世界の衛生観念は地獄だった。

美しいのは魔法だけ。

裏路地は汚物にまみれ、貴族ですらおまるの中身を窓から捨てる。

「殿下。訂正させていただけますか」

「往生際の悪い!」

「教科書を捨てたのではありません。あの教科書からは、致死性のカビが検出されました。焼却処分こそが最適解です」

「は?」

「それと、階段の一件。あれは手すりの清掃が不十分で、ヌメリによる転倒事故です。私は清掃業者を手配しただけですが」

エララは白手袋をはめた手を、スッと掲げた。

「そもそも、殿下。私に近づかないでいただけますか? そのマント、最後に洗濯されたのはいつです? バクテリアのコロニーが見えますわよ」

第二章 聖女の正体と塩素の香り

会場がざわめく。

狂人を見るような目が、エララに向けられた。

だが、聖女リナだけは違った。

彼女の瞳が、怪しく発光する。

「ひどいですぅ、エララ様……! 私、毎日お祈りして、体を清めていますもの!」

リナが涙ぐみながら一歩踏み出す。

その瞬間、エララの『微生物視』スキルが警報を鳴らした。

(――異常増殖?)

リナの足元から、ピンク色の靄(もや)が広がる。

周囲の貴族たちは「聖女様の加護だわ!」と色めき立つが、エララには真実が見えていた。

それは、空気感染する未知の病原体だ。

「みなさん、下がって! 口を塞いで!」

エララの叫びは、嘲笑にかき消される。

「何を言うかと思えば。リナの聖なる力に嫉妬したか」

アレクセイがリナを庇うように立つ。

リナはニタリと笑った。

その笑顔の隙間から、ドス黒い粘液が糸を引く。

「ふふ、エララ様。この国の古き良き『伝統』を受け入れられない異物は……排除しなくちゃ」

リナの体が膨張する。

美しいドレスが裂け、中から現れたのは、ヘドロのように脈打つ不定形の肉塊だった。

「きゃあああああ!」

悲鳴が上がる。

聖女などではなかった。

長年、王都の地下に垂れ流され、溜まりに溜まった生活排水と魔力が融合して生まれた、都市の病巣。

『汚泥の化身』。

それがリナの正体だった。

「汚い、汚い、汚い! 人間こそが私を生んだのよぉ!」

化身が腕を振るうと、腐食性の液体が撒き散らされる。

衛兵の剣など、触れた瞬間に錆びて崩れ落ちた。

第三章 王都総配管計画

パニックに陥る会場。

王太子すら腰を抜かす中、エララだけが冷静に計算していた。

(有機汚泥の集合体。物理攻撃無効。火属性魔法ではガス爆発の危険あり。ならば――)

彼女はドレスの裾を破り捨て、太ももにホルスターのように装着していた数本の試験管を取り出した。

「錬金術師ギルドに特注した、高濃度次亜塩素酸ナトリウム液。そして、凝集沈殿剤!」

エララは試験管を放り投げると同時に、固有魔法を発動した。

「展開! 術式『浄化槽(セプティック・タンク)』!」

床が青白く光り、巨大な魔法陣が展開される。

しかし、それは攻撃魔法の陣ではない。

近代的な浄水プラントの設計図そのものだった。

「混ぜるな危険、だけど今は緊急事態よ!」

試験管が空中で砕ける。

強烈なプールのような臭気――塩素の匂いが大広間を支配した。

「ギャアアアアアア! しみるぅぅぅぅ!」

汚泥の化身が身をよじる。

エララの魔法は、化身を構成する微生物の細胞壁を直接破壊していた。

「まだよ。凝集剤、投入!」

ドロドロだった化身の体が、急速に分離を始める。

水分と固形物に分けられ、みるみるうちに乾燥した土塊へと変わっていく。

「うそ……私の、身体が……ボロボロに……」

「あなたは放置された衛生問題のツケそのもの。恨むなら、下水道整備を怠った国政を恨みなさい!」

エララはトドメとばかりに、右手を突き出す。

「最終処理、天日乾燥!」

極大の熱風が吹き荒れ、かつて聖女と呼ばれたモノは、サラサラの砂となって崩れ落ちた。

第四章 美しき独裁者

静寂。

誰一人、言葉を発せない。

エララは乱れた髪をかき上げ、腰を抜かしている王太子アレクセイを見下ろした。

「殿下」

「ひっ……!」

「婚約破棄、喜んでお受けします。これからは王家の一員としてではなく、国家公務員として雇っていただきます」

「な、何を……」

「見ましたよね? この国は、病んでいるのです。物理的に」

エララは懐から、羊皮紙の束を取り出し、王太子の顔に叩きつけた。

「『王都地下水路網および汚水処理施設建設計画書』です。予算は国家予算の三割をいただきます」

「さ、三割!? 馬鹿な!」

「嫌なら、またあのヘドロ女が生まれますよ? 次は城ごと飲み込まれるでしょうね」

エララの目は笑っていなかった。

その瞳には、すでに王都の地下を這う、幾千ものパイプラインが映っていた。

第五章 無菌の王国

それから三年。

王国は劇的に変わった。

街からは悪臭が消え、道路は舗装され、各家庭には上水道が引かれた。

疫病の発生率はゼロ。

国民の寿命は飛躍的に伸びた。

王都の中央広場には、一人の女性の銅像が立っている。

白衣を纏い、片手にデッキブラシ、片手に図面を持った姿。

人々は彼女を「救国の聖女」と呼ぶ。

だが、王宮の奥深くでは、別の呼び名で恐れられていた。

「おい、手を洗ったか? 爪の間までだぞ」

「ああ、もちろんだ。エララ様に見つかったら、煮沸消毒される……」

執務室。

エララは山積みの書類に囲まれ、満悦の表情で紅茶を啜っていた。

もちろん、その紅茶は三度の濾過を経た超純水で淹れられたものだ。

「次は隣国のスラム街ね。あそこは配管のレイアウトにしがいがあるわ」

彼女は地図に赤いインクで線を引く。

それは侵略の作戦図ではない。

下水管の敷設ルートだ。

しかし、その徹底的なまでの潔癖と管理社会化により、この大陸から「雑菌」と共に「自由」という名の混沌もまた、洗い流されようとしていた。

エララは微笑む。

「さあ、世界中を『消毒』しましょう。一ミクロンの汚れも許さない、輝くようなユートピアへ」

彼女の背後で、かつての王太子が掃除夫として床を磨きながら、怯えたように震えていた。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 主人公。元下水処理場勤務。微生物が見える「魔眼」を持つ。恋愛より配管勾配に興奮する変人。彼女にとって「愛」とは「無菌状態」のこと。
  • アレクセイ: 王太子。典型的な断罪系ヒーローだったが、エララの正論と物理的恐怖に屈し、最終的には清掃スタッフとして再教育される。
  • リナ(聖女): ヒロイン枠。その正体は、王都の地下に溜まった生活排水と魔力が生んだ「汚泥の精霊」。キラキラしたオーラは実は発酵ガス。

【考察】

  • 「汚れ」の定義: 本作における「悪」は、道徳的な瑕疵ではなく、物理的な「不衛生」として描かれる。悪役令嬢が排除するのは恋敵ではなく、病原菌であるという置換がテーマの根幹。
  • 魔法と科学の融合: 「水魔法」を単なる攻撃手段とせず、「濾過」「滅菌」「加圧」という工学的プロセスとして解釈・運用することで、従来の魔法ファンタジーへのアンチテーゼとしている。
  • 結末の二面性: 疫病のない清潔な世界はユートピアだが、同時にエララの完璧主義による監視・管理社会(ディストピア)の側面も持つ。「清潔さ」と「人間的な雑味」の対立を示唆している。
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