#銀河特急は止まらない

#銀河特急は止まらない

2 3214 文字 読了目安: 約6分
文字サイズ:
表示モード:

第一章 【始発駅:孤独の独白】

六畳一間、空気が腐っている。

コンビニ弁当の残骸、ぬるくなったエナジードリンクから立ち昇る甘い死臭。遮光カーテンの綻びから漏れる月光が、部屋の隅の段ボールを暴いた。「私物」と殴り書きされた文字。へし折られた鉛筆の墓標。

アオイの顔面を、液タブの蒼白だけが照らす。

充血した眼球が画面を舐める。瞬きはない。

スタイラスペンが硬質な音を立てる。カツ、カツ、カツ。深夜三時、静寂を切り裂く秒針の如く。あるいは、死神のノック。

配信開始。

タイトル『銀河特急の片道切符』。

マイクオフ。チャット非表示。彼女が求めているのは対話ではない。魂を嘔吐するための「ゴミ箱」としてのインターネットだ。

漆黒のキャンバスに、鉄の獣が顕現する。

蒸気機関車。だが、歪んでいる。煙突は絶叫する喉のように反り、車輪は何かを圧殺するために肥大していた。

『なにこれ、エグい』

『映画のコンテか?』

『線が、生きてる』

視聴者数が跳ね上がる。だが、アオイの網膜に数字は映らない。

彼女は今、釜にくべる「燃料」を描いていた。

石炭ではない。

かつて描いた少女のスケッチ。大手スタジオの社員証。幼い日の表彰状。

黒い鉄塊が、過去をバリバリと咀嚼する。炉が開くたび、画面が赫く爆ぜた。

線を引くたび、アオイの頬がこけていく。爪の間にはインクではなく、自らの皮膚を掻きむしった赤が滲んでいた。

機関車が煤煙を吐く。

崩落するビル、ひび割れた大地を置き去りに加速する。

逃走だ。アオイ自身という、耐え難い現実から。

『……おい、釜の中の絵。あれ、全部あの子の過去じゃねえか?』

『削ってるんだ。命を薪にして、こいつを走らせてる』

誰かが呟いた「美しい」という文字が、数千のディスプレイ越しに冷たい悪寒となって伝播した。

第二章 【乗車:共犯者たち】

深夜四時。世界が色を失う刻。

だが、アオイの配信画面だけが異常な熱を帯びる。

列車は疾走する。しかし、線路が尽きかけていた。

筆致が乱れる。疲労ではない、枯渇だ。燃料となる「過去」を焼き尽くし、進むための熱量が底をついた。

『落ちる』

『止まるな』

コメント欄がざわめく。傍観という安全圏からの逸脱。

一人の男が鍵盤を叩きつけた。重厚な低音が電子の海を渡り、アオイの元へ。

《燃料に使え》

一人の画家が、スキャナに自作の背景を放り込む。

極彩色の星雲。燃える花畑。

《ここを走らせろ》

アオイの手が止まる。眉間に皺が刻まれる。施しなど、唾棄すべき泥。

だが、画面の中の機関車が悲鳴を上げて減速する。このままでは虚無の谷底へ墜落する。

彼女は唇を噛み切り、鉄の味と共にデータを飲み込んだ。

轟音。

モノクロの世界で星々が炸裂する。ピアノの旋律が、車輪の軋みを荘厳なリズムへ変えた。

機関車が息を吹き返す。他者の色彩を喰らい、その車体は玉虫色に輝く鋼鉄へと変貌した。

『乗車完了』

『俺たちの色が、あの子の心臓になった』

ペンが再加速する。もはや孤独な逃避行ではない。

何千もの他人の「意志」が客車に乗り込み、彼女の背中を蹴り飛ばすように押している。

画面の向こう、アオイの表情は見えない。だがペンの動きには、拒絶と受容が入り混じった、火傷しそうな熱が宿っていた。

彼女は知らない。この退屈な夜を、革命前夜に変えてしまったことを。

第三章 【分岐点:残酷な反転】

熱狂は麻薬だ。痛覚を麻痺させ、時間を加速させる。

同接十万超。「銀河特急」はトレンドを埋め尽くした。

だが、光が強まれば影も濃くなる。

特定班がアオイの傷跡を暴いた。

有名監督のパワハラ、盗作の濡れ衣、追放、精神科への通院歴。

『これ、エンタメじゃない』

『遺書だ』

誰かが、Googleマップの航空写真と、アオイの描いた「終着駅」を重ね合わせた。

北陸、断崖絶壁。砕け散る白波。自殺の名所。

画面の中、列車が最終コーナーへ。

線路の先には、空しかない。

銀河へ飛び立つのではない。重力に従い、肉塊へと還るための線路。

『座標一致』

『到着予定、夜明け前。あと三十分』

視聴者たちが積み上げた「共創」の積み木が崩れ去る。

彼らが送った音楽も色彩も、彼女を「死」という終着点へ送り届けるための、手向けの花だった。

『止めろ!』

『描くな!』

『接続を切れ!』

阿鼻叫喚。

だが、アオイのペンは止まらない。

むしろ、その動きは神懸かり的な洗練を帯びていく。死にゆく白鳥の最後の飛翔。この完成こそが、生涯唯一の自己証明なのだから。

第四章 【暗闇のトンネル:断絶】

プツン。

配信途絶。

画面中央に『OFFLINE』の文字。背景には、あと数メートルで崖から飛び出す線路の残像。

「アオイ!」

叫びは届かない。

タイムラインはパニックに陥る。通報、無謀な捜索宣言、祈りのスタンプ。

だが、誰もが悟っていた。間に合わない。

物理的距離も、心の距離も、あまりに遠い。

暗転した画面の前で、数万人が立ち尽くす。

また「名無しの乗客」に戻るのか? 安全な客席から、悲劇の幕引きを眺めるだけの傍観者に?

否。

『ふざけるな』

一人のクリエイターが吠えた。

『ここで終わらせてたまるか』

『続きを描くぞ』

『線路がないなら、敷けばいい』

『彼女が描かないなら、俺たちが描くんだ』

銀河特急は止まらない

カオスが統率された「祈り」へ変質する。

アオイが描けなかった「その先」。死のダイブではなく、明日へ続く軌道を。

無数のイラスト、GIF、合成写真が溢れ出す。

拙い線、歪なパース。構わない。それら全てが、切断されたレールを繋ぐ「枕木」となる。

暗闇のトンネルで、数万の火花が散った。

第五章 【終着駅:継承される銀河】

北陸の海岸線。

海風がアオイの髪を鞭のように打つ。

柵の向こう、暗黒の海が口を開けていた。

スマホのバッテリー残量、2%。

震える指で画面を開く。自分の死が、どれほど美しく完結したかを確認するために。

だが、そこに映ったのは「終点」ではなかった。

配信枠が勝手に再開されている。

ハッキングではない。「ミラーリング」。何千ものユーザーが、彼女の物語をジャックしている。

あのアニメーションの続きが流れていた。

断崖絶壁、途切れた線路。

しかしその先に、光の粒子が凝縮していく。

ある若者が描いた、歪なクレヨンの橋。

ある主婦が撮った、朝焼けの雲。

ある老人が書いた、力強い毛筆の「生」。

画風はバラバラ。技術は拙劣。パッチワークのような、不格好極まりない線路。

美意識の欠片もない、混沌とした泥臭い道。

けれどそれは、どこまでも頑丈に、空の彼方へと伸びていた。

列車は落ちなかった。

数千の手によって支えられ、重力を振り切り、星の海へと駆け上がる。

汽笛が、アオイの知らない無数の「声」となって響き渡る。

『生きろ』

『次は君が、この続きを見る番だ』

「……なに、これ」

唇が震える。

美しくない。私の完璧な絶望が台無しだ。

こんな、継ぎ接ぎだらけの世界なんて。

こんな、お節介で、暑苦しくて、不揃いな他人の温もりなんて。

「……かっこ悪い……」

その場に崩れ落ちる。

アスファルトに爪を立て、慟哭する。

それは芸術家としての敗北であり、一人の人間として初めて上げる産声だった。

東の空が白む。

太陽が海面を黄金に焼き付ける。

スマホの画面がプツンと消え、黒い鏡面に、泣きじゃくるクシャクシャの顔が映った。

風が止む。

アオイは柵を掴み、ゆっくりと、こちらの世界へ足を引き戻す。

銀河特急はもう見えない。

けれど彼女の心臓は、あの機関車よりも力強く、ドク、ドク、と脈を打ち始めていた。

切符はまだ、手の中にある。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • アオイ (The Conductor)
    社会から排斥された孤高の絵師。彼女にとって「描くこと」は自己防衛であり、同時に緩やかな自殺行為でもあった。完璧主義者ゆえに、他人の介入(ノイズ)を嫌悪していたが、その「不完全さ」に命を救われることになる。
  • 視聴者たち (The Passengers)
    当初は「消費」するために集まった無責任な傍観者。しかし、アオイの剥き出しの魂に触れ、受動的な客から能動的な「共犯者」へと変貌する。彼らの武器は、バラバラで拙い、しかし圧倒的な「生への執着」である。

【物語の考察】

  • テーマ:美学としての死 vs 泥臭い生
    アオイが目指した「完璧な絶望(死)」は、美しく完結された芸術作品だった。対して、視聴者が提示した「生」は、継ぎ接ぎだらけで不格好(かっこ悪い)なものとして描かれる。物語は、洗練された死よりも、混沌とした生を選ぶ瞬間をカタルシスとして提示している。
  • 象徴:銀河特急
    列車はアオイの人生そのもの。燃料としての「過去」を燃やし尽くし、行き止まりに向かう運命だったが、他者の「現在」が新たなレール(未来)となることで、重力(宿命)を振り切る。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

0 / 200
本日、あと...

TOPへ戻る