骸(むくろ)の聖女と沈黙の産業革命

骸(むくろ)の聖女と沈黙の産業革命

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第一章 骨と蒸気のオーケストラ

カチ、リ。カチ、リ。

乾いた音が、規則正しく響いていた。

腐臭はしない。漂うのは、最高級の潤滑油と、わずかなオゾンの匂いだけだ。

「四〇二番、右尺骨の接続が二ミリ甘いわ。それではレンズ研磨の精度が落ちる」

私がそう呟くと、作業台に向かっていた骸骨(スケルトン)が、顎をカクンと鳴らして肯定を示した。

彼は――生前は農夫だったはずだが――今は熟練の工員として、顕微鏡のレンズを磨き続けている。

「ああ、ごめんなさい。叱っているわけじゃないの。君の指先は繊細だから、もっといい仕事ができると思って」

私はハンカチを取り出し、彼の白骨化した頭蓋を丁寧に拭った。

眼窩の奥に灯る蒼い燐光が、嬉しげに揺らめく。

ここは辺境の荒野、死の谷。

かつて私が聖女の地位を追放され、捨てられた場所。

そして今や、大陸で唯一の「完全自動化工業都市」である。

「……信じられん」

背後で、押し殺したような男の声がした。

振り返ると、王国の近衛騎士団長、ケイルが呆然と立ち尽くしている。

手には抜身の剣。私の「悪逆非道な実験」を阻止しに来た、元婚約者の側近だ。

「ようこそ、ケイル団長。視察なら歓迎するわ。ただし、土足厳禁よ。埃が混入すると、半導体の歩留まりが下がるから」

「エララ様……貴女は、死者を冒涜して何を作らせているのですか! ゾンビ兵団か、呪いの武具か!」

ケイルが剣先を向ける。

その切っ先が震えているのは、恐怖からではない。

目の前の光景が、彼の理解を超えているからだ。

無数の骸骨たちが、整然と並んだラインで働いている。

ある者は鉄を打ち、ある者は極小の魔導回路を刻み、ある者は蒸気機関のピストンを調整していた。

叫び声も、鞭の音も、過労による倒れ込みもない。

ただ、静寂と効率だけが支配する空間。

「冒涜? とんでもない」

私は白衣のポケットから、一枚の羊皮紙を取り出した。

「彼らとは正当な『死後労働契約』を結んでいるわ。生前の借金は私が肩代わりし、労働対価としての魔力(マナ)を供給する。遺族には毎月、年金を送金済みよ」

「な……」

「人間は脆いわ、ケイル。八時間も働けば集中力が切れるし、感情でミスをする。でも彼らは違う。二十四時間、ナノ単位の精度を維持できる。おかげでこの街は、王都の百年先を行く技術を手に入れた」

私は作業台の上の「製品」を手に取り、ケイルに投げ渡した。

「見て。これが今月の主力商品よ」

第二章 聖なる光の欺瞞

ケイルが慌てて受け取ったのは、小さなガラスの球体だった。

中には複雑な魔術式が刻まれたフィラメントが封入されている。

「これは……魔道具か?」

「『量産型魔力灯』よ。王都の貴族が使う魔石ランプの、十分の一の価格で、十倍の明るさを出せる。燃料は空気中の微量マナだけ」

ケイルは息を呑んだ。

王国の経済は、高価な魔石の採掘利権で成り立っている。

こんなものが市場に出回れば、王国の経済基盤は崩壊するだろう。

「そんな……馬鹿な。死霊術(ネクロマンシー)は、穢れた闇の技のはずだ!」

「いいえ、ただの『リソース管理』よ。魂が抜けた後の肉体は、ただの有機部品。それにプログラムを走らせているだけ」

私は四〇二番の肩に手を置いた。

「ねえケイル。貴方がたが崇める『聖なる光』の正体、知っていて?」

「何を言う」

「王都の大聖堂。あそこの地下には、孤児や罪人が閉じ込められている。彼らの『生体エネルギー』を無理やり抽出して、聖女の奇跡に見せかけているのよ。私が追放されたのは、そのシステムの効率の悪さを指摘したから」

「嘘だッ!」

ケイルが激昂して踏み込む。

その瞬間、工場内の空気が凍りついた。

ガシャッ、と一斉に音がする。

数百体の骸骨工員たちが、一斉に作業を止め、ケイルへと顔を向けたのだ。

殺気ではない。

ただ、「業務の邪魔だ」という無言の圧力が、騎士団長を圧倒する。

四〇二番が、ゆっくりと立ち上がった。

手には武器ではなく、精密ドライバーが握られている。

しかしその動きは、生身の騎士よりも遥かに洗練されていた。

「彼らは怒っているわ。自分たちの『職場』を汚さないでくれ、と」

私は淡々と告げる。

「私の国では、死者は安らかに眠るか、楽しく働くかを選べる。でも王都では、生者が死ぬまで搾取される。……ねえ、どっちが『悪役』かしら?」

ケイルの額から、冷や汗が伝い落ちる。

彼は手元の魔力灯を見た。

その透明で美しい光は、王都のどの宝石よりも純粋に輝いていた。

「俺は……」

彼が剣を下ろしかけた、その時だ。

工場の外で、けたたましい警報音が鳴り響いた。

第三章 審判の日、あるいは求職活動

「侵入者検知。聖騎士団、二個大隊。東のゲートを突破しようとしています」

天井のスピーカーから、合成音声(これも元・吟遊詩人の霊だ)が流れる。

「あら、お友達が来たみたいね」

私は溜息をつき、工場のメインスイッチに手をかけた。

「エララ様! 逃げてください、二個大隊といえば千人規模だ! いくらスケルトンでも、武装した聖騎士相手では……!」

「勘違いしないで、ケイル。私は戦争なんて野蛮なことはしないわ」

私はスイッチを押し込んだ。

『システム・オールグリーン。出力制限解除。産業用マナ・カノン、接続』

工場の屋根がスライドして開く。

巨大な煙突に見えていた塔が変形し、幾何学的な紋様を描きながら展開していく。

それは大砲ではない。

超高密度のマナを集束させ、広域に「強制鎮静結界」を張るための平和的な(・・・)制圧装置だ。

「彼らは技術を知らなすぎる。剣や魔法で、物理法則を最適化した『科学』に勝てると思って?」

ドォォォォン……!!

重低音が響き、空が青白く染まる。

侵攻してきた聖騎士団の鎧が、一瞬にして重くなり、彼らはその場に縫い止められた。

磁力と重力制御の応用。

誰も傷つかない。ただ、一歩も動けなくなるだけだ。

「……終わったわ」

静寂が戻る。

ケイルは腰を抜かしたように、その場に崩れ落ちた。

「これが、貴女の力……」

「これが『技術立国』の力よ。……さて、ケイル団長」

私は彼に手を差し伸べた。

「貴女を捕縛する任務は失敗しました。俺は、もう帰る場所がない」

彼は自嘲気味に笑う。

「そうね。だから、再就職を斡旋してあげる」

「は?」

「人間の管理職が足りないの。骸骨たちは優秀だけど、交渉事は苦手だから。貴方、部下の面倒見は良かったでしょう? 生きた人間の福利厚生担当、やってみない?」

ケイルは呆気に取られ、それから私の手と、周りでカタカタと作業を再開した骸骨たちを交互に見た。

四〇二番が、心配そうに水の入ったコップをケイルに差し出している。

その指先は、確かに優しかった。

「……条件は?」

「週休二日。残業なし。給与は王都の三倍。あと、私の実験にたまに付き合うこと」

ケイルは深いため息をつき、そして微かに笑った。

「悪魔に魂を売る気分だ。……だが、王都の腐った空気より、ここの油の匂いの方が、今の俺には心地いいらしい」

彼は私の手を取り、しっかりと握り返した。

その日、王国は一人の優秀な騎士と、未来の覇権を同時に失った。

荒野に輝く不夜城。

骸の聖女が統べるその国は、やがて大陸全土に「産業革命」という名の福音をもたらすことになる。

ただし、その工場の動力源が何であるかは、永遠の企業秘密だが。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 主人公。元聖女だが、非効率を嫌うあまり死霊術に傾倒。「死者は文句を言わず、契約を守る最高の労働者」と考えるマッドサイエンティスト気質だが、ブラック労働は絶対にさせない慈悲深さ(?)を持つ。
  • ケイル: 王国の近衛騎士団長。真面目ゆえに王国の腐敗に薄々気づいていた。エララの元へ刺客として現れるが、骸骨たちのあまりに人間的な振る舞いと、高度な技術に価値観を粉砕される。
  • 四〇二番: 通称「工長」。生前は農夫だったスケルトン。エララによって精密作業用に改造され、研磨作業に誇りを持っている。無言だが甲斐甲斐しい。

【考察】

  • テーマの逆転: 通常「闇」とされるネクロマンシーを「クリーンエネルギー・労働力」として描き、「光」とされる聖女の奇跡を「生体エネルギーの搾取」と定義することで、善悪の逆転構造を作っている。
  • 労働観への問い: 「死んでまで働かされる」というホラー的設定を、「契約と適正な対価に基づく労働」に置き換えることで、現代社会のブラック労働に対する風刺となっている。骸骨の方が人間よりホワイトな環境にいる皮肉が物語の核。
  • 「沈黙」の意図: タイトルの「沈黙」は、骸骨たちが喋らないことと、騒音や公害のないクリーンな産業革命の両方を意味するダブルミーニングである。
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あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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