調律師は冷徹に愛を奏でる

調律師は冷徹に愛を奏でる

主な登場人物

氷室 彩音 (Himuro Ayane)
氷室 彩音 (Himuro Ayane)
21歳 / 女性
透き通るような白い肌、怯えを含んだ大きな濡羽色の瞳、常に薄いネグリジェか拘束衣
神楽坂 久遠 (Kagurazaka Kuon)
神楽坂 久遠 (Kagurazaka Kuon)
34歳 / 男性
整えられた黒髪、切れ長の冷たい目、常にオーダーメイドのスーツか燕尾服
相馬 陸 (Soma Riku)
相馬 陸 (Soma Riku)
24歳 / 男性
金髪のショートヘア、作業着、日焼けした肌、軽薄そうな瞳

相関図

相関図
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第1章: 契約の旋律

重厚なスタインウェイ。その黒塗りの蓋が、まるで巨大な棺の如く取り払われている。

露わになった内部、極限まで張り詰められた鋼鉄の弦の上。一人の女が、供物のように横たわっていた。

氷室彩音。

濡羽色の長髪は冷たい金属線の上に無造作に散乱し、恐怖で粟立った白磁の肌が、薄暗い照明下で青白く発光している。纏うはシルクのネグリジェ一枚。それすらも太腿の付け根まで捲れ上がり、露わになった膝小僧が制御不能な音を立てていた。カタ、カタ、と。

「美しい構図だ。だが、和音が濁っている」

頭上から降ってきたのは、絶対零度を思わせるバリトン。

神楽坂久遠。

オーダーメイドの三つ揃え、完璧に整えられた黒髪。彼が見下ろす瞳に、人間への情愛など微塵もない。あるのはただ、物質の品質を見極める冷徹な査定の光。

「……ひっ、ご、めんなさい……許して……」

彩音の唇から漏れる、形にならない懇願。借金の形。それが現在の、彼女の価値。

久遠は柳のようにしなやかな指先で、銀色に輝く音叉を取り出した。

カーン。

地下室の空気を切り裂く、澄んだ音色。

彼は振動するその柄を、彩音の鎖骨のくぼみに容赦なく押し当てた。

「あぁっ!?」

熱い。否、冷たい。

骨を伝い脳髄へ直接響く高周波。視神経が白く焼かれる。

痛みではない。だが、神経の束をヤスリで削られるような不快感、背骨を駆け抜ける奇妙な痺れ。

「君は人間ではない。私の最高傑作を奏でるための『共鳴箱』だ」

滑る、久遠の手。音叉の先端が肋骨の浮いた胸をなぞり、柔らかい膨らみを避け、さらに下へ。

収縮する腹部の皮膚。引き攣る呼吸。

「動くな。ノイズが混じる」

音叉が止まったのは、恥丘のわずか上。下腹部の急所。

未だ続く振動。金属の微細な震えが、皮膚の下の臓器を、子宮を、直接揺さぶる。

「ひ……ぐ、ぅ……!」

弦を掴み、仰け反る彩音。掌に食い込む鋼鉄、滲む朱。

声を出してはいけない。けれど、体内の奥底から這い上がる熱い塊が、喉元まで迫る。

それは拷問。だが、音叉が微かに角度を変え、敏感な秘所の筋を圧迫した刹那。

彩音の口から漏れたのは悲鳴ではない。甘く、濡れた吐息。

「いい音だ」

数ミリだけ持ち上がる、久遠の口角。

離される音叉。代わって冷たい革手袋の指先が、彩音の濡れた瞳を拭う。

「調律を始めようか。君が壊れるのが先か、最高の音が鳴るのが先か……試させてもらおう」

指揮棒が振り下ろされるように、彼の手が薄い布を引き裂いた。

第2章: 条件付けの和音

カチ、カチ、カチ、カチ。

無機質な音が、精神を削り取っていく。

装飾の一切ない白い部屋。在るものはベッドと、ピアノの上に鎮座するメトロノームのみ。

テンポは60。秒針と同じリズムが、24時間、止まることなく刻まれ続ける。

「食事の時間だ。リズムに合わせて咀嚼したまえ」

スピーカーから響く久遠の声。

震える手で運ぶスプーン。カチ(口に入れる)、カチ(噛む)、カチ(飲み込む)。

わずかなテンポのズレさえ許されない。即座に不快な高周波ノイズが部屋を支配し、耳を塞いで転げ回る羽目になるからだ。

ここに来て何日が過ぎたのか。

崩壊する時間感覚。

久遠は決して、彩音を抱かない。

毎晩の来訪、行われるのは「点検」のみ。

定規で蕾の硬直度を測り、聴診器で心拍の乱れを聞き、広げさせた秘肉の色味をカラーチャートと照らし合わせる。

「……先生、……もう、」

「喋る許可は出していない」

久遠の指が、彩音の秘核を弾くように掠めた。

ビクンッ、と跳ねる腰。

与えられるのは、それだけ。

限界までの張り詰め、乾ききった喉に水滴を一滴だけ垂らすような、残酷な焦らし。

久遠の指先、視線、そして『音』。彩音の肉体は、それらに対し異常なほど過敏に作り変えられていた。

ある夜のこと。

廊下から聞こえる革靴の音。コツ、コツ、コツ。

正確無比なアンダンテ。

久遠だ。彼が来る。

「あっ……はぁ……」

意思とは無関係な条件反射。

近づく足音、それに呼応して下腹部の奥がきゅんきゅんと収縮し、蜜壺から溢れた透明な愛液が太腿を伝う。

怖い。何をされるか分からない恐怖。

それなのに、体は灼熱の楔を求め、勝手に準備を完了させてしまう。

(私は、犬……? パブロフの犬なの……?)

ガチャリ。

ドアノブが回る音。

その金属音だけで、彩音は白目を剥きかけ、腰をガクガクと振るわせながら、絶頂に近い痙攣を起こした。

「ふむ」

入室した久遠。シーツに広がる湿った染みを見、蔑むように、しかし満足げに目を細める。

「まだ触れてもいないのに、この湿り気か。……随分と、卑しい楽器に育ったものだ」

取り出された指揮棒。彩音の顎がくい、と持ち上げられる。

「今夜は特別講義だ。その溢れる蜜が枯れるまで、メトロノームの速度を『プレスト』に上げるとしよう」

第3章: 不協和音の崩壊

「おい、アンタ。生きてるか?」

庭の茂みからの声。彩音の肩がビクリと跳ねる。

窓から差す月明かり。作業着姿の青年が、ニッと白い歯を見せて笑っていた。

相馬陸。新入りの庭師。

金髪に日焼けした肌。無菌室のようなこの屋敷には似つかわしくない、泥と太陽の匂い。

「ここから出してやるよ、お姫様。あんな変態指揮者のオモチャにされるなんて、見てらんねーからな」

陸の手の温かさ、荒れ具合。久遠の冷たく滑らかな指とは違う、生身の体温。

迷い。だが、昨夜の責め苦の記憶――高速連打に合わせて自らの指で弄らされた屈辱が、背中を押した。

「……連れてって……お願い……!」

闇に紛れ、屋敷を抜け出す二人。

鉄柵を越え、アスファルトの道路へ。

自由。

頬を撫でる夜風、遠くの車の音。

これで、あの地獄から解放される。

そう思った瞬間だった。

「が、はっ……!?」

ぐにゃりと歪む視界。

激しいめまい。垂直に立ち上がる地面、逆流する胃の内容物。

止まらない耳鳴り。脳内をかき乱すキーンという不協和音に、立っていられない。

「おい、どうした!? しっかりしろ!」

水中にいるかのように遠く、歪んで聞こえる陸の声。

寒い。暑い。息ができない。

早鐘を打つ心臓、全身の毛穴から噴き出す脂汗。

久遠が焚いていたアロマ。部屋に流れていた特殊な音波。

それらが遮断された今、梯子を外されたように機能不全を起こす自律神経。

彼女の体はもう、久遠の管理下でなければ呼吸ひとつ満足にできぬよう、作り変えられていたのだ。

「あ、あぁ……せん、せ……」

無意識に呼んでいた、あの悪魔の名を。

アスファルトに這いつくばり、嘔吐しながら震える彩音。

その前へ音もなく滑り込む、一台の黒塗りリムジン。

開く後部座席のドア。

そこには、チェス盤を片手に優雅に脚を組む久遠の姿。

「チェックメイトだ」

路上のゴミを見るような目。這いつくばる彩音を見下ろす瞳。

「外の世界の空気は、君のような繊細な楽器には毒だろう? ……さあ、戻っておいで。私の籠の中へ」

絶望の中で抱いた、奇妙な安堵。

彼の声を聞いただけで、狂っていた心拍が正常に戻り始めたのだから。

第4章: 共鳴する烙印

連れ戻された彩音を待っていたのは、罰ではなかった。

豪奢な天蓋付きのベッド。

泥と吐瀉物で汚れた彩音を丁寧に風呂に入れ、自らの手で体を拭う久遠。

「り、陸くんは……彼は、どうなったんですか……?」

震える問いに、久遠はタオルを置き、モニターのスイッチを入れた。

映し出されたのは、札束を数えながら煙草を吹かす陸の姿。

『いやー、マジでチョロかったっすわ。あの女、俺のこと完全に王子様だと思ってんの。傑作でしょ?』

『久遠先生の演出、完璧っすね。「絶望を与えるには、一度希望を見せてから突き落とすのが一番だ」ってね』

プツン。

消えるモニター。

彩音の中で、何かが音を立てて砕け散った。

尊厳、希望、逃走心。それらが粉々になり、空っぽになった器へ、久遠という存在だけが注ぎ込まれていく。

「分かっただろう。君を理解し、君を奏でられるのは私だけだ」

ベッドに押し倒される身体。

今夜は、違う。

いつもなら寸止めで終わる彼の手が、執拗に秘所を割り開き、濡れそぼった愛のボタンを指腹で練り回す。

「あぁっ! ひグッ、や、ああああっ!」

絶望と、薬物的な依存と、極上の愛撫。

感情の振れ幅が限界を超え、脳髄が焼き切れる。

ついにあてがわれる、久遠の剛直な楔。震える花弁への侵入。

待ち焦がれた瞬間。

恐怖なのか、歓喜なのか、もう分からない。

「泣くな。その震えこそが良い和音を生む」

ズチュッ、ヌプッ。

粘着質な音を立て、最奥まで侵入してくる異物。

狭い膣内が、排除しようとするように、あるいは逃がさないように、激しく収縮して久遠を締め上げた。

「ん……ッ、素晴らしい吸いつきだ。名器だよ、君は」

「せん、せい、壊れ、ちゃう……! 頭、おかしくなるぅぅぅ!!」

始まるピストン運動。

正確無比なリズム。メトロノームと同じ、逃げ場のないテンポ。

突かれるたびに、彩音の口から「あアッ」「ひグッ」と、楽器のような音が漏れる。

溶ける思考。陸の裏切りも、借金も、自我も。すべてが快楽の濁流に飲み込まれて消えていく。

「もっと……もっと壊してください……! 私を、先生の音にしてぇぇぇ!!」

久遠の背中に爪を立て、なりふり構わず腰を打ち付ける彩音。

涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女は自ら人間であることを放棄した。

久遠が咆哮し、彩音の胎内へ熱い白濁を注ぎ込む瞬間。

視界が真っ白な光に包まれる。

それは、地獄の底で見つけた、唯一の楽園。

第5章: 完成された楽器

数ヶ月後。

屋敷の音楽室には、今日も美しい旋律が響いていた。

ただし、楽器の音ではない。

「アンッ、あ、あアッ、はいっ、♡」

ピアノの上に四つん這いにされた彩音。久遠の指揮棒の一振り一振りに合わせ、艶やかな声を上げている。

首に巻かれた革製のチョーカー。刻まれた『K.K』のイニシャル。

瞳にかつての怯えはない。あるのは、所有者に愛される喜びと、恍惚とした依存の色だけ。

「フォルテ」

「あ゛あ゛ッ!! 先生っ、すご、いッ!」

「ピアニッシモ」

「んぅ……、あ……、くぅ……♡」

満足げに頷く久遠。汗ばんだ背中を優しく撫でる。

借金はとうに完済され、契約期間は終了している。

門の鍵は開いているのだ。

だが、彩音が出て行くことはない。

彼女にとっての外の世界は、雑音だらけの荒野。この屋敷だけが、彼女が「音」として存在できる唯一の場所なのだから。

「愛しているよ、私のストラディバリウス」

久遠の囁き。

蕩けるような笑みを浮かべ、彩音は自らその昂りを咥え込んだ。

指揮棒が震えるたび、彼女は濡れる。

永遠に終わらない協奏曲が、幸せな籠の中でいつまでも響き渡っていた。

(完)

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