第一章: 星屑とひび割れた世界
海へと続く錆びた線路。波に削られた鉄骨の終点に、カフェ「ステラ・マリス」は静かに呼吸している。
見上げれば、青い星屑の雨。昼夜を問わず降り注ぐ光の破片が、ガラスの海面で弾けては消える。窓際の席に座る私の瞳に、その絶景が冷たく反射していた。
透き通るような自分の白い肌。肩で切りそろえた銀色の髪が、潮風に揺れる。薄手のカーディガンを羽織った淡い水色のワンピースの裾を、両手で固く握りしめ――爪を布地に食い込ませた。
カウンターの奥で、カラン、と涼やかな音が鳴る。
琥珀色の瞳が、虚空の先から私を捉える。少し長めの黒髪。よれよれの白シャツの上から黒のバリスタエプロンを締めた青年が、透明感のある所作でサイフォンを揺らしていた。
立ち上る湯気。深く焙煎された、焦げた木のような濃密な匂いが鼻腔をくすぐる。
[A:ソラ:愛情]「お待たせ。君の特等席に、いつもの一杯だよ」[/A]
白い陶器のカップが、音もなくテーブルに置かれた。黒い液面には、窓の外で降る星屑が金色の波紋となって浮かんでいる。
[A:アマネ:悲しみ]「ありがとうございます……。ごめんなさい、私なんかが、毎日こんなふうに」[/A]
[A:ソラ:愛情]「謝らなくていい。珈琲が冷めないうちに、お飲み」[/A]
促されるまま、カップに唇を寄せる。喉の奥に流れ込む、熱くほろ苦い液体。
目を閉じた瞬間、[FadeIn]波打ち際を駆ける小さな影[/FadeIn]が脳裏に浮かんだ。
数年前の事故。私をかばって波に飲まれた、たった一人の弟。
[Think]会いたい。もう一度だけ、その声を聞かせて。[/Think]
幻影が鮮明になる。弟の小さな手が、私の指先に触れたような気がした。呼吸が浅くなり、目尻から熱い雫がこぼれ落ちる。カップを両手で包み込み、最後の一滴まで喉に流し込む。
空のカップをソーサーに置く。カチャリ、という硬質な響き。
その直後。
[Impact]メキィィィィッ!![/Impact]
鼓膜を劈く轟音。慌てて窓の外を見ると、空の頂点から巨大な星の破片が真っ逆さまに墜落していく。
海面を抉る暴力的な水柱。波が荒れ狂い、カフェの床が大きく揺れた。
星屑の雨の奥。透き通っていた青い空に、真っ黒な巨大な亀裂が走っている。蜘蛛の巣のように広がる空のヒビ割れ。
息を呑む。指先が急激に冷えていく。
[A:アマネ:恐怖]「ソラさん……今、空が……割れ……?」[/A]
振り返る。ソラは琥珀色の瞳を細め、亀裂の走る空を恍惚とした表情で見上げていた。唇の端が、微かに、けれど確かな弧を描いて引きつる。
[A:ソラ:狂気]「綺麗だね、アマネ。君が飲むたび、星が降る」[/A]
喉仏がゆっくりと上下する。温かいはずの珈琲の余韻が、胃の腑で鉛のように冷たく固まった。
私が弟に会う代償に、何かが決定的に削り取られている。背筋を這い上がる悪寒。割れた空の奥から覗く絶対的な虚無が、私の脳髄を静かに睨みつけていた。
◇◇◇
第二章: 優しい雨と欠落する世界
亀裂の入った空から、冷たい雨が降り続く。
店内に客の姿はない。雨だれの音が時計の秒針のように響く空間で、私はカーディガンの袖をきつく握りしめる。濡れた布地の重さが、肩にのしかかった。
[A:アマネ:絶望]「思い出せないんです……」[/A]
[Tremble]カタカタカタ[/Tremble]と、膝が細かく震える。
[A:アマネ:恐怖]「弟の顔が。名前が。どんな声で笑っていたのか。昨日はあんなに、はっきりと見えたのに……っ!」[/A]
自分の髪を、根元からブチブチと引き抜く。呼吸が乱れる。自分の記憶が砂のように指の間からこぼれ落ちていく感覚。自分が誰のためにここで泣いているのかすら、輪郭がブレていく。
[Sensual]
[A:ソラ:愛情]「大丈夫だよ、アマネ」[/A]
静かな声とともに、ソラが身を屈める。バリスタエプロンの擦れる音。
彼の白く長い指が、私の震える両手をそっと包み込んだ。氷のように冷たかった私の指先に、彼の微熱が流れ込んでくる。
琥珀色の瞳が、至近距離で私を射抜いた。
ソラの親指が、私の頬に伝う涙をゆっくりと拭う。肌と肌が触れ合う感触。彼の静かな吐息が、私の前髪をかすかに揺らした。
[A:ソラ:愛情]「君は何も心配しなくていい。忘れてしまうなら、僕が何度でも思い出し方を教えてあげる。君がここにいるだけで、僕は満たされているんだ」[/A]
[/Sensual]
その優しさが、痛い。私の胸の奥で、罪悪感がドクドクと脈打つ。
ソラの温もりから逃げるように視線を外した時、窓の外に人影が見えた。傘も差さず、海辺を歩く見慣れた老婦人。毎日この店に通っていた常連客の一人。
[A:アマネ:驚き]「あ……」[/A]
立ち上がろうとした瞬間。
[Glitch]老婦人の輪郭が、ノイズ混じりの映像のように激しくブレた。[/Glitch]
一瞬の明滅。次に瞬きをした時、そこには誰もいない。足跡すら、波に消されている。
[A:アマネ:恐怖]「消え……た?」[/A]
[A:ソラ:冷静]「ただの幻だよ。雨の日は、海が蜃気楼を見せる」[/A]
ソラは一切の動揺を見せず、新しい珈琲豆をミルに投入する。ゴリゴリと豆が砕かれる音が、やけに生々しく店内に響いた。
[A:アマネ:絶望]「違う……私、見ました! 昨日も、パン屋のおじさんが……」[/A]
[A:ソラ:冷静]「アマネ」[/A]
ミルの手が止まる。空の亀裂が、昨日よりも明らかに巨大化している。青い星屑の雨は激しさを増し、まるで世界を削るヤスリのように風景を少しずつ透明にさせていた。
[Think]私のせいだ。私が癒やしを求めるたびに、世界が壊れている。[/Think]
[A:アマネ:恐怖]「ソラさん、あなたが淹れている珈琲は……一体、何を挽いて……」[/A]
答えを待つ前に、店の扉が開いた。チリン、というベルの音。しかし、そこから吹き込んできたのは潮風ではなく、一切の感情を剥ぎ取ったような絶対零度の静寂。
◇◇◇
第三章: 偽造された秒針
[A:ノア:冷静]「世界の寿命を焙煎する匂いがしますね」[/A]
革靴が板張りの床を叩く音。現れたのは、季節外れにきっちりとしたスリーピースのスーツを着込んだ大柄な男。銀縁眼鏡の奥で、冷徹な三白眼が店内を値踏みするように見回している。
手には、狂いのない銀時計。チクタクという規則正しい音が、彼の脈拍の代わりであるかのように響く。
[A:ソラ:怒り]「……何の用だ。ここは閉まっている」[/A]
ソラが私の前に立ち塞がる。よれよれの白シャツ越しでもわかるほど、彼の背中の筋肉が硬直していた。
[A:ノア:冷静]「理(ことわり)を正しに来たまでです。世界のバグを放置するわけにはいきませんからね」[/A]
[A:アマネ:驚き]「バグ……?」[/A]
ノアの冷たい視線が、私を貫く。眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、彼は事務的な口調で告げた。
[A:ノア:冷静]「そこの少女。あなたは『弟を死なせた』と嘆いているそうですね」[/A]
[A:アマネ:悲しみ]「ええ……そうです。私のせいで、あの子は……」[/A]
[A:ノア:冷静]「滑稽ですね。あなたに弟など、最初から存在しない」[/A]
[Impact]脳髄を、氷の杭で打ち抜かれたような衝撃。[/Impact]
[A:ソラ:怒り]「黙れ!!」[/A]
ソラの怒鳴り声。彼がこれほど声を荒らげるのを、初めて見た。
だが、ノアは一切の表情を変えずに銀時計の蓋を開ける。冷たい金属の反射光が、私の顔を照らした。
[A:ノア:冷静]「現実から目を背けないことです。数年前の星屑の災害で海に飲まれ、死んだのは『あなた自身』だ」[/A]
[Flash]視界が真っ白に飛ぶ。[/Flash]
肺から酸素が消えた。喉が干上がり、口の中に血の鉄の味が広がる。死んだのは、私。じゃあ、今ここで呼吸をしている私は、誰だ?
[A:ノア:冷静]「そこにいる大罪人(バリスタ)が、世界の明日(寿命)を珈琲豆として焙煎し、あなたの『今の時間』を偽造し続けているのです。あなたが一日生き長らえるたびに、世界から明日が一日消滅する。人が消え、空が割れるのは当然の結果です」[/A]
[A:アマネ:絶望]「嘘……。ソラさん、嘘ですよね……?」[/A]
振り返る。ソラはうつむき、前髪の影で表情が見えない。
だが、彼の手には、鈍く光る珈琲豆が握られていた。それは豆などではない。凝縮された光の塊。誰かの未来。世界の明日。
[A:ソラ:狂気]「嘘じゃない。でも、それがなんだっていうんだ」[/A]
ゆっくりと顔を上げたソラの琥珀色の瞳は、完全に常軌を逸していた。眉間が微かに跳ね、狂気を孕んだ笑みがこぼれる。
[A:ソラ:狂気]「世界がどうなろうと構わない。君がいない明日なんて、僕には最初から必要ないんだよ」[/A]
足元が崩れ落ちる。私の命が、私の守りたかったこの美しい世界を食い殺している。時計の秒針が、死刑宣告のようにチクタクと響き続けた。
◇◇◇
第四章: 崩壊の空へ還る
[Shout]ゴゴゴゴゴォォォォッ!![/Shout]
空が、悲鳴を上げた。
限界を超えた亀裂から漆黒の闇が溢れ出し、青い星屑が狂ったように海へ降り注ぐ。ガラスのようにパリン、パリンと音を立てて空間がひび割れ、カフェの壁が砂となって崩れ落ちていく。
[A:アマネ:絶望]「やめて……もう、やめて!」[/A]
私は自分の両耳を塞ぎ、冷たい床に膝をついた。喉を焼くような息苦しさが全身を支配する。
[A:ソラ:恐怖]「アマネ! こっちへ来るんだ!」[/A]
崩れゆく瓦礫の中、ソラが手を伸ばしてくる。白シャツの袖は破れ、腕からは赤い血が流れていた。その痛々しい姿が、私の罪をさらに抉る。
[Think]私のせいで。私が、存在してはいけないバグだから。[/Think]
[A:アマネ:悲しみ]「ごめんなさい……ごめんなさい、私なんかが生きていて」[/A]
私は、血の滲む唇を噛み締め、ソラの手を強く振り払った。
[A:ソラ:驚き]「アマネ……?」[/A]
よろめきながら立ち上がり、ノアの方へと歩み寄る。嵐のような星屑の暴風の中、ノアだけが一切の乱れなく、冷徹な三白眼で私を見据えていた。
[A:ノア:冷静]「賢明な判断です。あなたが空へ還れば、理は修復される」[/A]
[A:アマネ:絶望]「私を……消してください」[/A]
ノアが銀時計の針を逆回転させる。
途端に、私の足元から青い光が立ち昇った。指先が少しずつ透け、光の粒子となって空へ溶けていく。痛覚はない。ただ、圧倒的な虚無感が全身を包み込む。
[A:ソラ:絶望]「やめろぉぉぉ!!」[/A]
ソラがなりふり構わず駆け出す。崩れ落ちた天井の梁が、彼の肩を強打した。それでも彼は止まらない。血を吐き、床を這いつくばりながら、琥珀色の瞳を見開いて私へと手を伸ばす。
[A:ソラ:狂気]「行くな! 僕を置いていくな! アマネェェェェ!!」[/A]
彼の絶叫が、暴風雨にかき消される。私の体はもう、胸のあたりまで消えかかっていた。視界が白く飛んでいく。
[A:アマネ:愛情]「さようなら、ソラさん。どうか……正しい明日を、生きて」[/A]
[FadeIn]最後の微笑み。[/FadeIn]
私の意識が完全に光に溶け込もうとした、その刹那。
[Impact]ガシッ!![/Impact]
消えかけていた私の左腕を、骨が軋むほどの強い力で握りしめる手があった。
◇◇◇
第五章: 終末を抽出する最後の一滴
[A:ノア:驚き]「な……っ!? 貴様、何をしている!!」[/A]
常に冷徹だったノアの顔が、初めて驚愕に歪んだ。
私の腕を掴んだのは、ソラ。全身から血を流し、息も絶え絶えになりながらも、その握力だけは異常なほど強い。
[A:アマネ:驚き]「ソラさん!? 手を離して! あなたまで消えちゃう!」[/A]
[Pulse]ドクン、ドクン[/Pulse]と、彼の手から狂気的な熱量が流れ込んでくる。
[A:ソラ:狂気]「離すもんか。正しい世界? 理の修復? そんなくだらないもののために、君を渡してたまるか!」[/A]
ソラはもう片方の手で、懐から握り拳大の巨大な「光の塊」を取り出した。それは、彼が今まで焙煎してきた何よりも巨大な、眩いほどの輝き。
[A:ノア:恐怖]「馬鹿な……それは、全人類の残された未来……『世界の寿命』そのもの! それを抽出する気か!? 世界が完全に終わるぞ!!」[/A]
[A:ソラ:怒り]「終わらせてやるよ!!」[/A]
ソラはその光の塊を、素手で握り潰した。
[Magic]《明日(せかい)の抽出》[/Magic]
[Flash]直後、圧倒的な光の奔流が世界を飲み込んだ。[/Flash]
鼓膜が破れるような轟音。地球の裏側までひび割れるような振動。
空が完全に砕け散り、巨大な星屑の塊が津波のように街を、陸地を、すべてを薙ぎ払っていく。ノアの絶叫すら、瞬時に光の中へ消し飛んだ。私はソラの腕の中で、ただ目を閉じることしかできない。
◇◇◇
……どこからか、波の音が聞こえる。
ゆっくりと目を開ける。そこは、夜だった。永遠に続くような、深い藍色の夜。空の亀裂は消え、ただ静かに、優しく、青い星屑が雪のように降り注いでいる。
見渡す限り、海。
陸地はどこにもない。地球そのものが海へ沈没したのだ。その水没した無人の世界の片隅。奇跡のようにポツンと残された「ステラ・マリス」のカウンターに、私は座っていた。
[A:ソラ:愛情]「おはよう、アマネ」[/A]
カラン、と涼やかな音が鳴る。琥珀色の瞳。白シャツに黒のエプロン。ソラはいつもと何も変わらない手つきで、サイフォンを揺らしている。
[A:アマネ:悲しみ]「ソラさん……世界は……?」[/A]
[A:ソラ:冷静]「もう、ここには僕たちしかいないよ」[/A]
彼は静かに微笑みながら、白い陶器のカップを私の前に置いた。立ち上る湯気。深く焙煎された匂い。
[Sensual]
ソラがカウンター越しに身を乗り出し、私の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
口の中に、珈琲の甘苦い味と、彼の熱い息が入り込んでくる。肌の熱が交わり、永遠のような数秒が過ぎた。
ゆっくりと唇を離したソラは、私の銀色の髪を撫でながら、甘く囁く。
[Whisper]「もう誰も君を奪わない。世界を殺してでも、僕は君を選んだんだから」[/Whisper]
[/Sensual]
狂っている。彼も、私も。
それでも私は、温かいカップを両手で包み込み、ゆっくりと喉に流し込んだ。滅びた世界で飲むその珈琲は、涙が出るほど、美味しい。
[A:アマネ:愛情]「……本当に、馬鹿な人」[/A]
星屑だけが降り注ぐ永遠の夜の底で、私たちは二人きりで笑い合う。世界が終わる珈琲の香りが、いつまでも、いつまでも漂っていた。