第一章: 溶けかけのミントと狂った夏
アスファルトから立ち昇る陽炎。
入道雲の輪郭が、[Blur]ぐにゃりと歪む[/Blur]。
海風が運んでくるのは、じっとりとした潮の匂いと微かな排気ガス。
少し長めの黒髪を無造作に掻き毟り、目を細める蒼太。
首元に引っ掛けたジャンク品のヘッドホン。そのプラスチックが、汗ばんだ肌にべったりと張り付いている。
制服のシャツをスラックスからだらしなくはみ出させ、虚空を睨む、眠気を孕んだ三白眼。
[A:蒼太:冷静]「……あちぃ」[/A]
唇の隙間から零れ落ちる、熱気に溶けた呟き。
手元で揺れるビニール袋。
中には、表面にびっしりと水滴を浮かべた二つのチョコミントアイス。
[Shout]キキーッ!![/Shout]
鼓膜を劈くブレーキ音。
視界の端、猛スピードで自転車のペダルを漕いでくる、ショートボブの髪を揺らした少女。
ひまわりのような笑顔。
陽菜だ。
その頭上。
遥か上空の積乱雲の縁に浮遊する、ボサボサの銀髪の男。
天界の制服である白スーツをだらしなく着崩し、目の下にはどす黒いクマを飼っている。
天界の寿命管理部社員・エル。彼が手元のタブレットを慌ててタップする。
[A:エル:驚き]「あ、やべ。スワイプ間違え——」[/A]
[Impact]ドンッ!![/Impact]
鈍い破砕音。
一直線に電柱へと激突する陽菜の自転車。
宙を舞う小さな体。
硬いコンクリートに叩きつけられる、生々しい肉の音響。
呼吸の停止。
喉仏を上下させ、持っていたビニール袋を地面に落とす蒼太。
駆け出す。
鼻腔を突くのは、アスファルトの熱と混ざり合った生ぬるい鉄の臭気。
[A:蒼太:恐怖]「陽菜……ッ!」[/A]
だが、血溜まりの中で。
ショートボブの少女は、むくりと不自然な角度で上体を起こす。
[A:陽菜:喜び]「いてて……あ、蒼太! アイス買ってきた!?」[/A]
脳が理解を拒絶する。
透けているのだ、陽菜の体が。
直射日光を浴びて、[Glitch]輪郭がチカチカと光の粒子を放ちながら明滅している[/Glitch]。
[A:蒼太:驚き]「お前……頭から血、流れてるぞ。つーか、体が」[/A]
[A:陽菜:喜び]「ま、いっか! 早く食べないと溶けちゃうよ!」[/A]
血まみれの指でチョコミントアイスを取り出し、無防備に噛み砕く陽菜。
血の匂いを上書きしていく、口内に広がるミントの清涼感。
「冷たーい!」とはしゃぐ声が、狂った蝉時雨に溶け込んでいく。
その光景を上空から見下ろし、頭を抱えるエル。
[A:エル:絶望]「エラー発生!? なんで実体持ってアイス食ってんすか! あー、これ絶対始末書モンっすわ!」[/A]
自身の降格を恐れ、スーツの襟を正して人間界へと急降下するエル。
[A:エル:冷静]「ちわっす。今日から転校生としてお世話になるエルっす。仲良くしてほしいっすね」[/A]
[A:蒼太:怒り]「はぁ? なんだお前」[/A]
透けた体の幼馴染。そして、胡散臭い白スーツの男。
異常すぎる夏が、耳障りな蝉の鳴き声と共に幕を開ける。
チョコミントを頬張る陽菜の瞳の奥。そこでかすかな光が揺れたのを、蒼太の三白眼は見逃さなかった。
◇◇◇
第二章: 喪失と唐揚げ棒
砂浜を焦がす太陽。
絶え間なく耳膜を打ち据える、波の砕ける音。
[Pulse]ドクン、ドクン[/Pulse]
照り返す光が網膜を焼き、エルの頭痛を加速させていく。
[A:陽菜:興奮]「エルくん、早く早く! 海の家で唐揚げ棒食べるよ!」[/A]
波打ち際ではしゃぎ回る、光の粒子を纏った陽菜。
水しぶきが彼女の体をすり抜け、砂浜に染み込んでいく。
[A:エル:悲しみ]「マジ勘弁してください……俺、クーラーの効いた部屋で有給消化したいんすけど」[/A]
砂に足を取られながら、ジャンクフードの屋台へと引きずられるエル。
渡された唐揚げ棒に噛み付く。
途端、舌の上に広がる安っぽい油と強烈なニンニクの風味。
溢れ出す熱い肉汁。[Pulse]天界では味わえない刺激が脳髄を駆け巡る。[/Pulse]
[A:エル:興奮]「……うまっ。人間界のジャンクフード、最高っすね」[/A]
パラソルの下。
無言でノートPCのキーボードを叩き続けている蒼太。
画面に流れる無数の緑色のコード。
時折、視線だけを上げて陽菜を追う。
その眉間に深く刻まれたシワ。
[A:蒼太:怒り]「お前ら、少しは落ち着けだろ。アイス溶けてんぞ」[/A]
[A:陽菜:喜び]「あはは! 蒼太も食べなよ、最高じゃん!」[/A]
平和なスラップスティック。
だが、空の色が急激にどす黒く変貌する。
[Shout]ゴロゴロ……ッ[/Shout]
吹き抜ける冷たい突風。
焼き付けられた砂浜を、大粒の雨が容赦なく叩き始める。
夕立の雨上がり。
アスファルトに開いた巨大な水たまり。
むせ返るような土の匂いの中、足を止めるエル。
水鏡に反射する夕焼け空。
そこに立つ陽菜の足元。それが、完全に消失している。
[A:エル:驚き]「……え」[/A]
振り向く陽菜の顔面。
ひまわりのような笑顔が、一瞬だけ痙攣するように引きつる。
微かに震える唇の端。収縮する瞳孔。
[A:陽菜:狂気]「ま、いっか! 蒼太、虹、出てるよ!」[/A]
自分の指の皮を噛み千切りながら、異常なほどの明るさを放つ少女。
その裏側にこびりついた、底知れぬ喪失の気配。
エルの背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。
確実に削り取られている、彼女の時間。
そして、PCを閉じる蒼太の指先。それが微かに赤黒い血で汚れていることに、エルは気づいてしまった。
◇◇◇
第三章: 優しすぎる違法送金
[System]警告:セクター4にて未定義の違法送金を確認。対象エラーコード・ヒナ。強制消去シーケンス移行。[/System]
無機質なアラートを鳴らし続ける、天界の監査局システム。
薄暗い蒼太の自室。
エナジードリンクの空き缶が散乱する床で、胡座をかくエル。
窓の外を包み込むのは、虫の音すら聞こえない熱帯夜。
[A:エル:冷静]「……陽菜さん。あんた、自分が死んでること、気づいてるっすよね」[/A]
扇風機の首が回り、生ぬるい風がエルの銀髪を揺らす。
ベッドの端に座る陽菜。
夜の闇に溶けかけるように薄い、ショートボブの髪。
[A:陽菜:狂気]「……あはは、バレちゃった? 死ぬことなんて全然怖くないよ。最高じゃん、お化けなんて!」[/A]
笑顔のまま、喉仏を上下させる陽菜。
握りしめた拳の関節。白く変色するほどに力が込められている。
それを遮るように振り返る、PCのモニターライトに照らされた蒼太。
[A:蒼太:怒り]「余計なこと言うな。お前はただ、俺の指示通りに動いてりゃいい」[/A]
[A:エル:驚き]「蒼太……お前、その画面」[/A]
モニターを埋め尽くす、天界システムの機密データ。
そこに表示されたゲージ。
1秒ごとに減少していく、蒼太の残り寿命。
その数値が、直接「陽菜の存在維持」へと変換されている異常事態。
[A:エル:絶望]「違法送金……天界のシステムをハッキングして、自分の寿命を分け与えてるんすか!? お前、死にますよ!」[/A]
[A:蒼太:狂気]「自分の命なんてどうなってもいい。こいつが、もう一度笑えるなら」[/A]
鼻の穴から、ツーッと垂れる赤い筋。
無造作に手の甲で血を拭う蒼太。
口の中に広がる、ねっとりとした鉄の味。
[A:陽菜:悲しみ]「やめてよ……蒼太! 私は、蒼太に笑っててほしいだけなんだよ!」[/A]
初めて見せる、歪んだ顔。
優しすぎる嘘の応酬。
その時、部屋の空気が凍りつく。
[Tremble]ジリリリリリ……[/Tremble]
空間そのものが軋むような、耳障りなノイズ。
[A:蒼太:恐怖]「……来る」[/A]
一斉に赤く染まる、壁一面のモニター。
真夏の部屋を一瞬で氷点下へと叩き落とす、圧倒的な冷気。
◇◇◇
第四章: 泥だらけのオーバーライド
[Impact]空間転移完了[/Impact]
割れる天井。
一糸乱れぬ金髪。純白のロングコート。
冷徹に光る銀縁眼鏡を押し上げ、宙に浮遊する監査局執行官・ガブリエル。
埃の匂いすら消し飛ぶほどの、無機質で圧倒的な威圧感。
[A:ガブリエル:冷静]「規律違反です。イレギュラーは消去します」[/A]
指先の一振り。
目に見えない不可視の刃が、陽菜の首元へと迫る。
[A:蒼太:狂気]「させねぇぇぇ!!」[/A]
[System]《システム・オーバーライド》[/System]
キーボードを叩き割る勢いで走る、蒼太の指。
空間に展開された緑色の防壁が、刃を弾き飛ばす。
激しい火花。
鼻を刺す、焦げたプラスチックの異臭。
[A:ガブリエル:怒り]「人間の分際で天界のシステムに干渉するなど。理解に苦しみます」[/A]
[A:蒼太:絶望]「はぁ!? お前らのルールなんか知るかよ! 陽菜を、返せ!」[/A]
耳から血を流し、白目を剥きかけながらも、コードを打ち込み続ける蒼太。
だが、放たれるガブリエルの第二撃。
絶対的な破壊の光。
砕け散る防壁。
その直前。
泥臭く二人の前に飛び出したのは、白スーツの男。
[A:エル:怒り]「あーもう! 有給も退職金も、全部くれてやるっすわ!!」[/A]
[Sensual]
エルの体が盾となり、光の直撃をその身に受ける。
ジュッと肉が焦げる音。
熱風が部屋を吹き荒れ、陽菜と蒼太の体を強く打ち据える。
崩れ落ちる陽菜の肩を、蒼太は力強く抱き寄せた。
透けかけた肌の微かな温もり、甘い汗の香りが、蒼太の胸の奥底まで深く伝わっていく。
[/Sensual]
[A:エル:絶望]「蒼太! 今っす!!」[/A]
[A:陽菜:興奮]「いけぇぇぇ! 蒼太ぁぁ!!」[/A]
血反吐を吐きながら叫ぶエル。
光の粒子を撒き散らしながら、渾身の変顔でガブリエルを挑発する陽菜。
[A:ガブリエル:驚き]「……な、なんですかその顔は。意味がわかりません」[/A]
冷徹な執行官の処理能力が、一瞬だけ停止する。
論理的思考を持たない「人間の不合理なノリ」が引き起こした、致命的なシステムエラー。
[Flash]パキィィィン!![/Flash]
[A:蒼太:興奮]「お前、ほんとバカだな!!」[/A]
叩き込まれる、最後のエンターキー。
[Glitch]ガガガ……システムダウン……ガガ[/Glitch]
ノイズに包まれたガブリエルの姿が、空間の裂け目へと強制送還されていく。
嵐の後の静寂。
血だらけの三人は床にへたり込み、やがて腹を抱えて笑い出した。
◇◇◇
第五章: 彼女の命日は、世界で一番うるさくて美しい夏だった
満天の星空。
町外れの丘に広がる、夜風に揺れるひまわり畑。
肺の奥まで満ちていく、夜露に濡れた葉の青臭い匂い。
システムのバグは、わずかな猶予を生み出したに過ぎない。
陽菜の足先から立ち昇る、激しい光の粒子。
それは無慈悲に、天の川へと吸い込まれていく。
[A:陽菜:愛情]「一緒に笑ってくれて、ありがとう」[/A]
透けきった手で、蒼太の頬に触れる陽菜。
熱はない。
ただ、そこにあったという確かな質量だけが、幻のように残っている。
[A:蒼太:悲しみ]「……バカ。お前がいなくなったら、誰がツッコミ入れるんだよ」[/A]
震える声。
[Blur]ぐにゃりと歪む視界[/Blur]。
瞬きをすれば、涙がこぼれ落ちてしまう。
それを必死に堪え、三白眼を大きく見開く蒼太。
[A:陽菜:愛情]「ま、いっか! 蒼太、ずっと大好きだよ!」[/A]
世界で一番美しい、ひまわりのような笑顔。
それが最後の光となり、夜空へと完全に溶けて消えた。
丘を吹き抜ける、風の音だけ。
空のペットボトルを握りしめ、そっと空を見上げるエル。
人間の形を保ったまま。
[A:エル:冷静]「……俺、完全に人間界に左遷されたっすわ」[/A]
その時。
蒼太のポケットの中で、スマホが短い振動を起こす。
[System]新着メッセージ:陽菜[/System]
開いた画面。
再生された動画。
そこに映っていたのは、鼻の穴を極限まで膨らませ、白目を剥いて奇声を上げる陽菜の「泣けるほどくだらない変顔」。
[A:陽菜:興奮]『蒼太! 泣いてる暇なんてないよ! アイス、溶けちゃうぞ!』[/A]
[A:蒼太:興奮]「……っ、ふ、あはははは!」[/A]
膝から力が抜け、乾いた土の上に座り込む蒼太。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を隠すこともせず、腹を抱えて笑い声を上げる。
夜空に響き渡る、絶望と希望が入り交じった爆笑。
[A:エル:驚き]「ちょ、腹減ったんすけど。蒼太ん家、泊めてくれないっすか」[/A]
[A:蒼太:怒り]「はぁ? ざけんな、お前は外で寝ろ」[/A]
風に揺れるひまわり。
どこからかふわりと漂った気がした、溶けかけのチョコミントの甘い香り。
騒がしくて、異常で、美しい新しい日常が、幕を開けた。