第一章: 終わりの始まり
舞い散るそれは、雪ではない。命を削る甘ったるい毒の匂い。地下都市レムリアの空を塞ぐ巨大植物『天の根』から降り注ぐ、猛毒の『忘却の灰』。
鈍色の風が、銀髪のショートヘアを撫でた。軋む飛行服。首に下げた防風ゴーグル越しに、ルカは見えない空を睨みつける。
背で震えるのは、幼い日に半分をもぎ取られた白銀の片翼。意志を強く宿す翠の瞳。迫り来る異形の群れ『灰の獣』を、彼女は射抜く。
[A:シオン:冷静]「邪魔だ、ルカ」[/A]
低い声と共に、熱波が背後から吹き荒れる。火傷の痕を隠す黒い包帯。軍服風の漆黒のコートを翻し、現れたのはシオン。
虚無を沈めた蒼い瞳の奥。微かな殺意の明滅。
[Magic]《蒼炎の檻》[/Magic]
指先から迸る[Flash]青き炎[/Flash]。それは灰の獣を悲鳴ごと包み込み、一瞬にしてガラスのような残滓へと変え去る。
[A:ルカ:興奮]「すごいよ、シオン! これで街は——」[/A]
振り返ったルカの言葉が、凍りつく。
宙を泳ぐ、シオンの目。右手で自らのこめかみを強く押さえる。爪が皮膚に深く食い込み、生々しい血が滲む。
[A:シオン:驚き]「俺は、なぜ……炎の出し方を、知っている?」[/A]
[Think]まただ。また、記憶が食われる[/Think]
ルカの喉仏が上下する。彼が炎を使う代償。それは彼自身の大切な記憶の焼失。
[A:シオン:絶望]「おい……俺たちは、あの古い図書館で、何を読んでいた? 何か、色鮮やかな……」[/A]
[A:ルカ:冷静]「絵本だよ。二人で見つけた、空の絵本」[/A]
無理に引き上げた口角が震える。シオンは舌打ちし、顔を背けた。
痛む片翼を庇いながらルカが見上げる先。天の根の隙間。ほんの一瞬、[Flash]星屑の光[/Flash]が零れ落ちる。残酷な世界に咲いた、奇跡のような瞬き。
だが、感傷に浸る時間は与えられない。
地響き。[Tremble]ズズズズズ[/Tremble]と、都市の基盤そのものが崩落を始める音。終末の足音が、真下から迫っていた。
◇◇◇

第二章: 灰の森と老騎士
崩壊を免れたわずかな足場を伝い、二人は『天の根』の中心、大樹の塔を目指す。空を取り戻さなければ、レムリアは完全に毒の泥に沈む。
湿った苔の臭気。灰の森の奥深くで、獣の咆哮が木霊した。
[Shout]ガアァァァッ![/Shout]
巨大な多頭獣の前に立つのは、巨躯の男。白髪のオールバックに無精髭。右腕がない。歴戦の傷を深く刻んだ重鎧と、ボロボロに擦り切れた深紅のマントが風に舞う。
[A:ガレル:怒り]「退かぬか、犬ころ共が!」[/A]
残った左腕一本で巨大な大剣を振り抜く。圧倒的な剣技。だが、多頭獣の毒液がマントを掠めた。
すかさずシオンが青い炎を放つ。獣は断末魔と共に消し炭と化す。
[A:シオン:冷静]「通り道にいたから焼いただけだ。勘違いするな」[/A]
豪快に笑うガレル。
[A:ガレル:喜び]「口の減らん小僧じゃ。助かったぞ。ワシはガレルだ。お前さんたち、上を目指すのだろうて」[/A]
かつて空を飛んだことがある。その言葉に導かれ、三人は塔へ足を踏み入れる。
夜。石造りの回廊に焚き火が爆ぜる。炎の熱が、冷え切った頬を叩く。
シオンは指先で小さな青い炎を作り、無言でそれを見つめている。虚無の蒼い瞳が、炎のゆらめきに溶けていく。
[A:ルカ:愛情]「無理、しないでね」[/A]
[A:シオン:冷静]「俺の記憶に価値などない」[/A]
ぶっきらぼうな声。だが、焚き火を見つめる彼の肩は、微かに震えている。
[Think]自分が消えていくのが、怖いんだね[/Think]
ルカは膝を抱え、ただ静かに寄り添う。
その静寂を、底冷えのする地鳴りが引き裂いた。塔の深部から這い上がる、[Tremble]重低音の咆哮[/Tremble]。
最大の試練。それは、すぐそこまで迫っている。
◇◇◇

第三章: 贖罪の果てに
塔の中腹。待ち受けていたのは、巨大な石像の姿をした『灰の守護者』。六本の腕が振るう刃が、暴風となって空気を切り裂く。
金属の激突音。散る火花。
ガレルの大剣が弾かれ、重鎧がひしゃげる。血の鉄の味が、口腔に広がった。
[A:シオン:怒り]「クソッ、燃えろ!」[/A]
青き炎が石像の表面を舐めるが、瞬時に再生していく。炎の出力が足りない。だが、これ以上力を引き出せば、シオンの記憶は——。
ガレルがゆっくりと立ち上がる。息が荒い。
[A:ガレル:冷静]「……昔の話じゃ」[/A]
ぽつりと、老騎士が呟く。
[A:ガレル:悲しみ]「ワシは恐怖に負けた。愛する仲間を見捨てて、一人で逃げ延びた。あの時から、ワシの時間は止まったままじゃ」[/A]
深紅のマントを脱ぎ捨てる。残った左腕で、大剣の柄を握り潰すほどの力で握り込む。傷口からどくどくと血が滴り落ちた。
[A:ガレル:愛情]「飛べぬなら、歩くまでよ。お前たちの自由は、空の先にある!」[/A]
[Shout]うおおおおおっ!![/Shout]
突進するガレル。刃を掻いくぐり、自らの胸を貫かれながらも、石像の中枢に大剣を深々と突き立てる。
[Flash]閃光[/Flash]。弾ける、老騎士の命。
[A:シオン:狂気]「ガレルゥゥゥ!!」[/A]
喉が裂けるような絶叫。シオンの全身から、かつてない規模の青き炎が噴き上がる。
[Magic]《絶界・蒼天焦土》[/Magic]
炎が塔の壁面を溶かし、灰の守護者を粉々に砕き散らす。圧倒的な熱量。
そして。
すべてが終わった後。
灰が舞う静寂の中、ふらつき、膝をつくシオン。
[A:ルカ:恐怖]「シオン!」[/A]
駆け寄るルカの手。それを、シオンは冷たく払いのけた。
◇◇◇

第四章: 忘却の底
[A:シオン:冷静]「触るな」[/A]
氷のような声。漆黒の髪の間から覗く蒼い瞳には、一切の光がない。
[A:シオン:冷静]「お前は、誰だ?」[/A]
ルカの呼吸が止まる。
肺から空気が押し出され、視界が[Blur]ぼやける[/Blur]。胸の中心を、見えない刃で抉られたような激痛。
[A:ルカ:悲しみ]「嘘……だよ、ね? 私は、ルカ。一緒に……」[/A]
[A:シオン:冷静]「知らない。なぜ俺はこんな所にいる? なぜ、お前は血を流している?」[/A]
彼の目に映るのは、見知らぬ片翼の少女。自分を庇って傷ついたらしい、愚かで理解不能な存在。
指先が凍りつく。喉の奥から込み上げる呜咽を、ルカは必死に噛み殺す。自らの爪を手のひらに深く突き立て、裂けた皮膚の痛覚で正気を保つ。
ここで泣いてはいけない。彼がすべてを失ったのなら、私が繋ぎ止めなければ。
[A:ルカ:冷静]「……ただの道連れだよ」[/A]
無理に作った笑顔。唇の端が引きつる。
[A:ルカ:愛情]「行きましょう。空の果てには、きっと青があるから」[/A]
背を向ける。片翼が血に濡れて重い。シオンは怪訝な顔をしながらも、行く当てがないのか、無言で後をついてくる。
沈黙の行進。虚ろに響く靴音。
塔の頂へ続く螺旋階段の果て。巨大な扉を押し開けた瞬間、息を呑むような暴風が二人を打ち据える。
天の根の最深部。空を完全に覆う、絶望的な灰の嵐。
その中心に、世界の心臓のような巨大な花蕾が脈打っている。
[Pulse]ドクン、ドクン[/Pulse]
◇◇◇

第五章: 星屑の天冠に君を想う
吹き荒れる灰の嵐。呼吸すら困難な暴風域。
道は途切れている。空中に浮かぶ花蕾に辿り着くには、飛ぶしかない。
[Sensual]
ルカは振り返り、シオンの胸に飛び込んだ。
[A:シオン:驚き]「なっ……何をする!」[/A]
細い腕で彼の首にすがりつき、強く抱きしめる。煤けた革の匂いと、微かな土の匂い。シオンのコート越しに伝わる、硬く冷たい体の感触。
[A:ルカ:愛情]「私が、連れて行く。あなたを、本当の空へ」[/A]
白銀の片翼を展開する。幼い日のトラウマ。無理に羽ばたこうとした瞬間、全身を引き裂くような激痛が走る。
[Shout]ああっ……![/Shout]
だが、跳んだ。
強風に煽られ、きりきりと舞い上がる。ルカの柔らかな体温と、耳元で響く早鐘のような鼓動。シオンの虚無の底で、何かが[Flash]閃く[/Flash]。
記憶にはない。名前も知らない。だが、魂が激しく警鐘を鳴らす。
[Think]この熱を、この光を、俺は知っている。絶対に失ってはいけないものだ[/Think]
シオンはルカの腰を強く抱き返し、自らの身を反転させる。
[A:ルカ:驚き]「シオン!?」[/A]
[A:シオン:愛情]「……もう、飛ばなくていい」[/A]
[/Sensual]
彼の全身から立ち昇る、澄み切った巨大な青き炎。
命そのものを薪にした、最期の炎。
[Magic]《星屑の天冠》[/Magic]
炎の柱が花蕾を一直線に撃ち抜く。灰の嵐が悲鳴を上げて燃え上がり、巨大な天の根が音を立てて崩壊していく。
光。
圧倒的な、強烈な光。
数百年ぶりに、本物の太陽の熱が肌を焼く。頭上に広がるのは、どこまでも高く澄み切った無限の青。風が草木を揺らすような、美しい生命の息吹が世界を満たす。
ゆっくりと落下しながら、空を舞うルカ。
その腕の中。シオンは目を閉じ、穏やかに微笑んでいる。
脈は微かにある。だが、いつ目覚めるのか、目覚めた時に何が残っているのかはわからない。
ルカの翠の瞳から、清冽な涙が溢れ落ちる。太陽の光を反射して、星屑のようにきらめく雫。
[A:ルカ:愛情]「おはよう、シオン」[/A]
頬を寄せる。果てしない青空の下、新しい世界。
[A:ルカ:愛情]「何度忘れても、私が全部教えるから。ここから、また始めよう」[/A]
優しい風が、二人の髪を揺らした。