血塗られた戦乙女と帝国の猟犬:殺し合う二人が手を取る時

血塗られた戦乙女と帝国の猟犬:殺し合う二人が手を取る時

主な登場人物

ラインハルト・ヴァンス
ラインハルト・ヴァンス
24歳 / 男性
煤けた漆黒の軍服、鋭い切れ込みのある碧眼、銀髪のショートヘア、左頬に一本の浅い傷跡、常に緊張感の漂う佇まい
セシリア・オルコット
セシリア・オルコット
22歳 / 女性
真紅の同盟軍近衛騎士用ライダースーツ、腰まで伸びた金髪の美しいポニーテール、冷徹だが気品に満ちた琥珀色の瞳、抜けるように白い肌
カール・ブラント
カール・ブラント
45歳 / 男性
片眼鏡(モノクル)をかけた神経質な細面、すり減った軍用外套、不敵な笑みを浮かべる薄い唇、白髪交じりの黒髪

相関図

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第1章:ハルツ要塞の残煙

Scene Image

[Impact]突風が、鼓膜を暴力的に叩きつける。[/Impact]

大気を覆うのは、容赦なく視界を塞ぐ重苦しい黒煙。

鼻腔の奥にへばりつくのは、髪や皮膚が焦げた生々しい獣臭。

ハルツ要塞の堅牢なはずの第一防壁は、まるで濡れた紙粘土のように無残に粉砕されていた。

上空から執拗に降り注ぐ瓦礫の雨。

それが赤黒い泥水を勢いよく跳ね上げ、兵士たちの絶望を象徴するように、無数の死体へと降りかかる。

銀髪のショートヘアを黒い煤で汚したラインハルト・ヴァンスは、泥に塗れた漆黒の軍服の襟元を乱暴に掴み、無線機に向かって喉が裂けんばかりの声で吠えた。

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「第三防衛大隊、これ以上の陣地維持は不可能だ! 生存者は、直ちに後退しろ! 繰り返す、これは命令だ、ただちに撤退しろ!」[/A]

しかし、スピーカーから返ってくるのは、ザザ……ザザザ……という鼓膜を苛む金属的なノイズ。

そして、その奥から微かに聞こえる、喉を潰された若き兵士たちのむせび泣くような最期の悲鳴だけだった。

ノイズの嵐が、彼らの命の灯火が消えゆく瞬間を無慈悲に告げている。

碧眼を極限まで細め、ラインハルトは左頬の古い、浅い傷跡をきつく歪めた。

[Think]また、同じなのか。私は、救うべき命をひとつも救えず、ただ効率のために切り捨てるだけの存在なのか……![/Think]

その時、背後から大気そのものを引き裂くような、凍てつく金属音が轟いた。

重厚な戦闘ブーツの足音が、死体と瓦礫が散乱する泥濘を踏み荒らしながら、尋常ではない速度で急接近してくる。

[Flash]赤い旋風が、視界を強烈に薙ぎ払った。[/Flash]

そこに立っていたのは、地獄のような戦火の渦中にあっても、一切の輝きを失わない金髪のポニーテールだった。

身体のラインを強調する真紅のライダースーツ。

琥珀色の瞳は、氷河のように冷徹な光を湛えてラインハルトを射抜いている。

同盟軍の誰もが恐れ、かつ崇める「戦乙女」――セシリア・オルコットその人であった。

[A:セシリア・オルコット:冷静]「帝国軍の指揮官ですね。その汚れた軍靴で、これ以上この神聖な地を踏み荒らすことは……万死に値します」[/A]

彼女が携えた銀の細剣(レイピア)が、周囲を包む爆炎を反射して鋭く、美しくきらめく。

無駄という概念をすべて削ぎ落とした、極限の動作。

ただの一歩。

滑るように間合いを詰め、放たれた刺突が、空気を一瞬で引き裂く高音の風切り音を立てた。

ラインハルトは自身が持つ絶対音感に支えられた鋭い聴覚で、その死の風切り音を捉える。

コンマ数秒、思考よりも早く半身を引いた。

しかし、神速の刃先は完全に避けきれず、漆黒の軍服の肩口を浅く切り裂いていく。

破れた布地から血が滲む。

だが、ラインハルトは痛みに表情ひとつ変えず、即座に腰の大型拳銃を引き抜き、流れるような動作で精密射撃を放った。

[Shout]バン![/Shout]

乾いた重低音の銃声が、戦場に響き渡る。

放たれた高速度の弾丸は、正確にセシリアの額を捉えていた。

だが、彼女は驚異的な反射神経で頭部をわずかに傾け、その必殺の一撃を紙一重で回避する。

かすめた弾丸の摩擦熱が、彼女の美しい頬を赤く染め、数条のきらめく金糸が夜空に舞い散った。

互いの視線が、飛び散る火花の中で、ほんの一瞬だけ激しく交錯する。

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「引き鉄を引く重さを忘れた者に、この地獄のような戦場を支配する資格などない」[/A]

[A:セシリア・オルコット:怒り]「能書きを……! あなたたちのその汚れた血で、この黒く染まった大地を綺麗に洗い流してみせる!」[/A]

セシリアの紅蓮の刃が、再び加速する。

今度はラインハルトの喉元を、一切の容赦なく貫くべく放たれた。

完全に退路は塞がれ、冷徹な死の予感が、彼の首筋の皮膚をちりちりと刺激した。

まさに、すべてが闇に呑まれようとしたその瞬間だった。

[Shout]ドゴォォォン!!![/Shout]

要塞の強固な天井が、強烈な轟音と共に一瞬で爆砕され、降り注いだ。

それは同盟軍による包囲射撃ではない。

放たれた砲弾の軌道、精度、そして空気の振動を伝える凄まじい着弾音――それらはすべて、味方であるはずの帝国軍の後方重砲陣地から放たれたものだった。

第2章:死線の算出と憎悪の火種

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すさまじい熱波が全身を焼き、爆風によってラインハルトの身体は瓦礫の隙間へと吹き飛ばされた。

[Pulse]激しく、壊れた時計のように脈打つ鼓動。[/Pulse]

肺に容赦なく流れ込む、焼けた土煙と硝煙。

激しく咽せ返り、気管が焼けるような痛みにのたうち回りながらも、彼は崩落した地下水路の漆黒の暗闇へと必死に這い進んだ。

背後では、味方が放った非情極まりない無差別砲撃が、ハルツ要塞に置き去りにされた生存者たちを、敵味方の区別なくすべて塵へと帰していく。

[Think]なぜだ。なぜなんだ……! まだ退却戦の最中だぞ。味方が、まだ、そこに残っているというのに……![/Think]

数時間後。

全身が泥と凝固した血にまみれた姿で、ラインハルトは帝国軍の臨時司令部へと帰還した。

作戦室 of 重厚な鉄の扉を、彼は怒りに任せて乱暴に押し開ける。

部屋の奥、消え入りそうな薄暗いランプの光の中で、すり減った軍用外套をだらしなく羽織った男が、静かに書類を見つめていた。

白髪交じりの不気味な黒髪。

片眼鏡(モノクル)の奥で、カールの冷酷な双眸が、まるで獲物を見るかのように細められる。

[A:カール・ブラント:冷静]「生きて戻るとはね、ラインハルト大尉。私の計算式によれば、君の生存確率は極めてゼロに近かったはずだがね」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:怒り]「カール参謀……! なぜ、なぜあのタイミングで無差別砲撃を要塞に撃ち込んだ! まだ、我が方の友軍の半分以上が撤退を完了していなかったはずだ!」[/A]

ラインハルトはカールのデスクに両手を叩きつけ、凄まじい力でカールの胸ぐらを掴み上げようとした。

しかし、カールは眉ひとつ動かさず、ただ手に持った銀のスキットルから、安物のウイスキーをちびりと喉に流し込む。

[A:カール・ブラント:冷静]「誤解しないでほしいな。戦争とは、命の奪い合いという野蛮な儀式ではない。どちらが先に、より効率的な計算式を完成させるかのゲームだよ。大尉、君の無価値な部隊が囮として数時間を稼ぎ出したおかげで、同盟軍の進撃は予定通り三日間遅延した。実に美しく、効率的な計算だとは思わないかね?」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:怒り]「……命を、戦う兵士たちの人生を、くだらない数字だけで片付けるな!」[/A]

[A:カール・ブラント:冷静]「感情論は実によくない、若者よ。この戦場において、我々全員が巨大な数式のパーツにすぎんのだ。君がこうして生き残ったことさえも、単なる確率の揺らぎ……数式内の些細なノイズにすぎない」[/A]

カールの冷徹な声が、作戦室のコンクリートの壁に冷たく反響し、部屋の温度をさらに下げていく。

ラインハルトの拳が、きつく、爪が皮膚に食い込んで血が滲むほどに握りしめられた。

一方、同じ地獄のような戦火を、執念だけで生き延びたセシリアは、崩落した瓦礫の山から血を吐きながら這い出していた。

煤けて破れた真紅のライダースーツ、その袖から覗く白い肌には、生々しくただれた火傷の跡が刻まれている。

彼女の目の前に広がっていたのは、ただ煙を上げるだけの、焦土と化したハルツ要塞の無惨な姿。

[A:セシリア・オルコット:絶望][Tremble]「あ、ああ……また、また私からすべてを奪うのですか……帝国は……!」[/Tremble][/A]

握りしめた細剣の柄に、彼女の目から溢れた涙が静かに滴り、こびりついた煤を白く洗い流していく。

だが、その琥珀色の瞳の奥に宿ったのは、激しく燃え盛る業火よりもなお熱く、そして暗い復讐の意志。

[A:セシリア・オルコット:怒り]「あの、銀髪の帝国将校……。必ず、この手で、地獄へ引きずり落としてみせる……!」[/A]

第3章:大聖堂の双刃、蘇る記憶

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帝国軍上層部から下された次なる命令は、悪魔の所業そのものだった。

旧エルンスト公国の平和な領土に対する「焦土作戦」。

すべての建物を焼き、すべての資源を奪い去る。

断れば抗命罪による即座の死刑。

ラインハルトは苦渋の決断の末、前線に立ちつつも、極秘裏に非戦闘員や老人、子供たちを安全圏へと避難させる指示を信頼できる部下たちに下していた。

作戦の最中、崩壊しつつある大聖堂の内部。

割れたステンドグラスから差し込む冷たい月光が、床に散らばった石の瓦礫を青白く、静寂の中に照らし出している。

ラインハルトが周囲の安全を確認するため、大聖堂の静まり返った身廊へと足を踏み入れた、その瞬間だった。

[Flash]上空の闇から、無音の死神のごとき刃が舞い降りる。[/Flash]

[A:セシリア・オルコット:冷静]「見つけましたよ、帝国の薄汚い猟犬」[/A]

セシリアの電撃的な一撃が、ラインハルトの軍帽を鋭く跳ね飛ばした。

遮るものを失った美しい銀髪が露わになり、夜風に冷たく揺れる。

ラインハルトは即座に腰の軍刀を抜き放ち、眼前に迫る彼女の細剣を全力で受け止めた。

[Shout]キィィィン!!![/Shout]

甲高いうめきのような金属音が、広大な聖堂の静寂を暴力的に引き裂く。

互いの肉体の限界に近い筋力と、決して譲れない意志が、激しく火花を散らす刃を介してぶつかり合う。

セシリアの琥珀色の双眸が、至近距離でラインハルトを射殺さんばかりに睨みつけた。

激しい白兵戦。

剣と刀が幾度も交差し、火花が暗闇を照らす中、セシリアの容赦のない連撃がラインハルトの漆黒の軍服の襟元を大きく切り裂く。

その瞬間、彼女のすべての動きが、まるで凍りついたかのように唐突に停止した。

露わになった、ラインハルトの左の首筋。

そこには、三つの歪な点が重なり合った、独特な形状の痣がくっきりと刻まれていた。

それは傷跡ではなく、生まれながらの刻印。

[A:セシリア・オルコット:驚き][Tremble]「その……痣……嘘、まさか、そんなはずは……」[/Tremble][/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「何を驚いている! 命がけの戦場で隙を見せるな!」[/A]

ラインハルトが渾身の力で軍刀を振るい、彼女の華奢な身体を後方へと押し戻す。

だが、セシリアは武器を構え直すことも、身を守ることすらせず、ただ呆然と、その大きな瞳に涙を溜めて彼の顔を見つめていた。

[A:セシリア・オルコット:悲しみ]「アルト……? アルトなのね……? なぜ、なぜあなたが、その帝国の、悪魔の軍服を着ているのですか……!」[/A]

その懐かしい響きを持つ名を聞いた瞬間、ラインハルトの脳内に、耐え難いほどの激しい[Glitch]ノイズ[/Glitch]が荒れ狂った。

視界が[Blur]白く、不自然にぼやけ[/Blur]、押し殺していた幼い頃の記憶が、濁流となって一気に溢れ出す。

――赤く燃え盛る、国境の平和だった町。

――「逃げなさい、アルト!」と叫びながら、幼い自分を必死に庇ってくれた金髪の少女。

――襲いかかる略奪者の手から自分を救うため、自ら犠牲となって消えていった、最愛の、唯一の姉。

[A:ラインハルト・ヴァンス:驚き][Tremble]「セ……セシリア, 姉さん……なのか……? 本当に……?」[/Tremble][/A]

互いに向けられていた血塗られた刃が、小刻みに、そして激しく震え始める。

運命という名のあまりにも残酷な悪戯が、今、二人の間で血の歴史を暴き出そうとしていた。

第4章:崩壊の序曲、硝烟の背中合わせ

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しかし、狂った運命は、二人に感傷に浸るわずかな時間すら与えはしない。

[Shout]ドガァァン!!![/Shout]

大聖堂の巨大な天窓が音を立てて木っ端微塵に粉砕され、鉄の塊が次々と天井から這い入ってきた。

多脚型の自律戦闘機械。

その黒い金属の装甲には、帝国の紋章がこれ見よがしに刻まれている。

カール・ブラントが放った、慈悲なき無人殺戮兵器の群れだった。

[A:カール・ブラント:冷静]「やはりね。大尉、君が裏で非戦闘員をコソコソと逃がしていることは、すべて私の計算内だよ。そして、その過程で『戦乙女』と接触することもね」[/A]

大聖堂の古びたスピーカーから、カールの粘りつくような、冷徹極まりない声が響き渡る。

[A:カール・ブラント:狂気]「君たち二人をここで効率よく処理すれば、エルンスト公国の完全なる焦土化と、同盟軍の最大兵力の排除が同時に完了する。私の描いた美しい計算式は、これで完璧に完結するのだよ」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:怒り]「カール……! 貴様、最初から俺たちをまとめてここで消し去るつもりだったのか!」[/A]

赤く不気味に発光する自律兵器のセンサーが、二人を標的として同時にロックオンする。

周囲を取り囲む、音もなく駆動する鉄の獣たち。

ラインハルトとセシリアは、敵の包囲を打破するため、本能的に互いの背中を預け合う形になった。

[A:セシリア・オルコット:冷静]「……無駄な話は後です。何としても生き延びますよ、アルト」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「ああ。本当なら、僕の後ろに立つなと言いたいところだが……今は、誰よりも君のその腕を信じる」[/A]

セシリアの細剣が美しい円を描き、機械兵の強固な装甲の隙間、その駆動関節部を正確無比に切り裂く。

ラインハルトは限界まで集中し、拳銃を連射して、装甲の奥にある赤く光るセンサーを完璧に撃ち抜いていく。

一糸乱れぬ、まるでかつての幸せだった日々をなぞるかのような、驚異的に流麗な連携。

だが、地中から湧き出すかのように、機械兵の数は無限に溢れ出てくる。

猛烈なガトリング砲の掃射が、大聖堂の巨大な大理石の柱を削り、足元の床を激しく揺らした。

[Shout]バリバリバリ!!![/Shout]

耐えかねた古い石床が、轟音と共に崩落する。

セシリアの身体が、足場を失って奈落の暗闇へと大きく傾いた。

[A:セシリア・オルコット:恐怖]「きゃっ……!」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:驚き]「セシリア!!」[/A]

ラインハルトは軍刀を躊躇なく投げ捨て、限界まで身を乗り出して、彼女の細い手首を力強く掴んだ。

だが、その急激な衝撃により、ラインハルトの肩の傷口が大きく開き、温かい鮮血が彼女の白い手首を赤く濡らしていく。

[Sensual]

[Pulse]二人の、激しく荒い息遣い[/Pulse]が、崩れ落ちていく聖堂の凄まじい轟音の中で重なり合う。

肌と肌が強く密着し、ラインハルトの指先は、今にも滑り落ちそうな彼女の命の温もりを、千切れるほどの力で必死に繋ぎ止めようとしていた。

滴る生暖かい血が、二人の境界線を無くすように、手首を真っ赤に染め上げていく。

[A:セシリア・オルコット:悲しみ][Whisper]「もう離して、アルト……! このままでは、二人とも落ちて死にます……!」[/Whisper][/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:怒り][Shout]「黙れ! 二度と、僕の目の前で、家族が消えていくのを見るのは御免だ!」[/Shout][/A]

[/Sensual]

腕の筋肉が引き裂け、骨がきしむような激痛に耐えながら、ラインハルトは奥歯が砕けるほどに噛み締めた。

第5章:計算外の反逆、泥濘の脱出

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その時、瓦礫を冷酷に踏みしめる靴音が、ゆっくりと近づいてきた。

現れたのは、親衛隊を率い、不気味に片眼鏡(モノクル)を光らせたカール・ブラントであった。

その手には、黒く重厚な殺意を宿した拳銃が握られている。

[A:カール・ブラント:冷静]「実に見事な、涙ぐましい人間賛歌だ。だが、私の完璧な計算式に『家族愛』などという愚かな変数は存在しないのだよ。ここで終わりだ、哀れな若者たち」[/A]

カールの冷たい銃口が、身動きの取れない崖っぷちの二人に向けられる。

[Think]何か……何か方法はあるはずだ。カールの持つ無線機……あの忌々しいノイズの周波数は……![/Think]

ラインハルトは自身の絶対音感を、脳細胞が焼き切れるほどの領域まで研ぎ澄ました。

カールの懐から微かに漏れ聞こえる、親衛隊との暗号通信プロトコルの超高周波音。

彼は空いている左手で、胸ポケットに忍ばせていた特製の発煙弾を手探りで、一瞬の迷いもなく掴み取る。

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「カール、お前のその傲慢な計算は……今、ここで狂う!」[/A]

ラインハルトは歯でピンを抜き、発煙弾をカールの足元へ正確に投げつけた。

それと同時に、超高音の特定の周波数信号を自身の携帯端末から最大出力で送信し、カールの無線機を限界までハウリングさせる。

[System]――キィィィィィン![/System]

[A:カール・ブラント:驚き]「ぐっ……!? な, なんだ、この耳を裂く音は……!」[/A]

カールがたまらず耳を押さえて怯んだ、まさにその一瞬の隙。

ラインハルトは決死の力を腕に込め、セシリアを地上へと引き上げた。

セシリアは引き上げられると同時、ラインハルトの身体を足場にするようにして、矢のような速度で飛び出した。

[Flash]一閃。[/Flash]

彼女の細剣が、カールの片眼鏡(モノクル)を正確無比に叩き斬り、その白い顔面に深く、浅くない傷を刻みつける。

[A:カール・ブラント:怒り][Shout]「おのれ……この、不確定要素のゴミめが……!」[/Shout][/A]

鮮血を流し、うろたえて後退するカール。

周囲の親衛隊の銃撃が始まる前に、ラインハルトはセシリアの細い腰を強く抱き寄せ、崩落した床の下を轟々と流れる、地下水路の暗い濁流へと躊躇なく身を投げた。

激しい冷たい水しぶきと共に、二人の身体は、底知れぬ暗闇の底へと深く吸い込まれていった。

第6章:微光の地下室、失われた名

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冷たい地下水路の激流を漂流し、二人が這いずりながら辿り着いたのは、廃工場の地下にある薄暗い貯水室だった。

セシリアは、体温を失い意識を失いかけているラインハルトを必死に引きずり上げ、冷たいコンクリートの床に横たえる。

[Sensual]

肌を刺すような凍てつく冷気の中、彼女は濡れて身体に張り付いたライダースーツを脱ぎ捨て、凍えるラインハルトの身体を強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。

[Pulse]互いの、命の限界を示すような早い体温[/Pulse]が、濡れた衣服を通じて静かに、しかし確かに伝わっていく。

セシリアは、肌身離さず大切に持っていた、幼い頃のあの銀のペンダントを、彼の傷ついた手のひらにそっと握らせた。

[A:セシリア・オルコット:愛情][Whisper]「お願い、目を開けて、アルト……私を、もう二度と一人にしないで……」[/Whisper][/A]

ラインハルトの碧眼が、微かに、ゆっくりと開く。

手のひらの冷たいペンダント、そして目の前の、涙に濡れたセシリアの顔を見て、彼の脳内の霧は完全に晴れ渡った。

[A:ラインハルト・ヴァンス:絶望][Tremble]「私は……今まで、何のために血を流して戦ってきた。姉さんをこの手で傷つけ、守るべき祖国を滅ぼすために、この手を血で染めてきたというのか……」[/Tremble][/A]

彼は自身の血に汚れた両手を見つめ、激しい自己嫌悪に身体を震わせる。

[A:セシリア・オルコット:怒り][Shout]「泣くな、アルト!」[/Shout][/A]

セシリアは彼の頬を、鋭い音を立てて平手打ちした。

乾いた衝撃が、冷たい地下室に響き渡る。

[A:セシリア・オルコット:冷静]「あなたが犯した罪も、私が背負い続けた憎しみも、消えて無くなりはしません。なら、生きて、この狂った地獄を終わらせなさい! 私たちの手で、カールのあの狂った計画を、今度こそ止めるのです!」[/A]

その強い、凛とした眼差しに、ラインハルトの瞳に再び鋭い、戦士の光が戻る。

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「……そうだな。ここで立ち止まり、諦めることは、死んでいった戦友たちへの最大の冒涜だ。いこう、セシリア」[/A]

[/Sensual]

二人は立ち上がり、濡れた手を固く握り締めた。

まさにその時、地下室の厚い鉄扉が、激しい爆破音と共に吹き飛ぶ。

第7章:狂気の終わりと、黎明の光が照らす荊棘の道

硝煙の向こうから這い出るように、親衛隊をすべて失い、自ら血に染まった銃を手にしたカール・ブラントが現れた。

彼の胸元は自らの血で赤く染まり、呼吸は浅く荒い。

心臓の持病による激しい苦痛に耐えながら、狂気的な執念だけで二人をここまで追ってきたのだ。

[A:カール・ブラント:狂気]「終わらせる……? 終わらせるだと? 私の計算は常に完璧なのだ。双方の軍をこのエルンストの地で激突させ、完全に共倒れにさせる。それこそが、最愛の娘を理不尽に奪った、この不条理な世界に対する唯一の最適解なのだよ!」[/A]

カールの背後のコンソールで、両軍の基地へ化学兵器を撃ち込む「自動報復システム」のカウントダウンが不気味に開始されていた。

[System]「システム起動まで残り、六〇秒」[/System]

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「これ以上、貴様の好きにはさせない、カール!」[/A]

ラインハルトが弾丸の尽き果てた重い拳銃を投げつけ、カールの視界を一瞬塞ぐ。

その隙を見逃さず、セシリアが疾風のごとき速度で滑り込み、カールの持つ制御端末を狙う。

しかし、カールは狂気的な執念でセシリアの刃を受け流し、ラインハルトに向けて銃口を固定した。

[A:カール・ブラント:狂気]「私を殺せば、システムは即座にロックされ、化学兵器が両軍に発射される! その解除コードは、世界で私にしか分からんのだ!」[/A]

ラインハルトの絶対音感が、カールが携行している銀のスキットルから、床へと滴るウイスキーの微かな音を捉えた。

規則的な、1秒に1滴ずつの静かな音。

そして、彼が常に口にしていた「確率論」の隠された癖。

[Think]いや、違う。この男は確率などハナから信じていない。この男が信じているのは、ただひとつ……失った娘の、その存在だけだ。[/Think]

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「解除コードは……『1014』だ。お前の最愛の娘、マリアの誕生日だな、カール!」[/A]

[A:カール・ブラント:驚き][Tremble]「な、なぜそれを……なぜその数字を、君が知っている……!?」[/Tremble][/A]

カールの動きが、完全に、一瞬だけ停止した。

その致命的な隙を見逃さず、ラインハルトはコンソールへ飛び込み、その四桁のキーを叩き込んだ。

[System]「パスコード認証成功。システムを緊急停止します」[/System]

それと同時に、セシリアの細剣が、カールの制御端末を真っ二つに両断した。

[Flash]激しい青白い火花[/Flash]と共に、すべてのシステムは完全に沈黙した。

[A:カール・ブラント:悲しみ]「私の……完璧な計算を……超える、というのか……マ、リア……すまない……」[/A]

カールは力なく膝をつき、そのまま二度と動かなくなった。

重い静寂が、廃工場を包み込んでいく。

天井の細い隙間から、青白い黎明の光が差し込み、満身創痍の二人を静かに照らし出した。

だが、これで戦争が終わったわけではない。

彼らはこれから、帝国と同盟、その両方から「裏切り者」として追われる、過酷な身となるのだ。

[A:セシリア・オルコット:冷静]「いきましょう、アルト。私たちの本当の戦いは、ここからです」[/A]

[A:ラインハルト・ヴァンス:冷静]「ああ、セシリア。この血に染まった荊棘の道を、どこまでも、君と共に歩み抜こう」[/A]

二人はしっかりと手を取り合い、眩しい光の中へと、力強く、確かな一歩を踏み出していった。

クライマックスの情景

【物語の考察】

本作は、戦争という巨大なシステムにおいて「歯車」として生きることを強要された個人が、人間的な絆と感情を取り戻すことでシステム(=カールの計算式)に反逆する物語です。ラインハルトとセシリアは、互いに敵対する陣営の「象徴的な英雄(あるいは猟犬)」として戦わされていましたが、それは血の繋がった姉弟という「究極の主観」によって無効化されます。国家という欺瞞に満ちたマクロな合理性を、家族愛というプライベートでミクロなエゴイズムが凌駕していく過程が、激しい白兵戦と緊迫した頭脳戦を通じてダイナミックに描かれています。

【メタファーの解説】

作中で登場するいくつかのアイテムは、登場人物の内面とテーマを象徴しています。カールの「モノクル(片眼鏡)」は物事を一面的、かつ計算式(数字)としてしか捉えられない歪んだ合理主義を象徴し、セシリアにそれを斬り割られることで彼の「完璧な計算」の崩壊が視覚的に表現されます。また、ラインハルトの首筋の「三つの痣」とセシリアの「銀のペンダント」は、どれほど苛烈な戦火の中でも消えることのなかった「血の繋がりと過去の幸福」の象徴であり、彼らが冷酷な戦士から「アルト」と「姉さん」という血の通った一人の人間に立ち返るための鍵として機能しています。

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