第一章: 燃える花びら
果てしなく高く、透明なほどに蒼い空。
風に乱れた色素の薄い亜麻色の髪。飛行帽の隙間から覗くそれ。
オイルと硝煙の饐えた匂い。擦り切れた革製のフライトジャケット。額に押し上げられたゴーグル。
操縦席に座るアルト。空の色をそのまま吸い込んだような虚ろで鋭い青い瞳が、眼下の惨劇を反射している。
口内に広がるのは、ひび割れた唇から滲む血の鉄の味。
[Think]世界はこんなにも美しいのに、どうして僕らは飛ぶんだろうな[/Think]
彼の視線の先。友軍の銀翼が黒煙を吹き上げ、[Flash]燃える花びら[/Flash]のように次々と高度を落としていく。
美しすぎる大空と、夥しい死のコントラスト。
[A:エリシア:冷静]「高度よし、風向きよし。アルト、左舷三時方向から敵機接近中」[/A]
ノイズ混じりの無線から響く、透明な少女の声。
アルトの細い指先が、無意識に操縦桿を強く握り込む。白く浮き出る指の関節。
[A:アルト:冷静]「了解。迎撃するよ」[/A]
機体を捻り、重力に逆らう変態的な三次元機動。
全身の骨を軋ませるG。脳内の血液が下半身へと引きずり下ろされる感覚。
視界の端を掠める敵機のシルエット。照準器の中央に捉え、引き金を引く。
機銃の咆哮。敵の主翼が空中で粉々に砕け散る。
[Impact]撃墜。[/Impact]
喉仏をせり上がる罪悪感。かつてこの空で散った、兄の背中が脳裏を過る。
自分だけが生き残る不条理。自らを罰するかのように、彼は機械的に次々と引き金を引いていく。
[A:エリシア:悲しみ]「アルト……無茶な機動は控えて。必ず帰ってきてね、約束よ」[/A]
[Pulse]トクン、[/Pulse]と跳ねる心臓。
血に濡れた彼を現実の世界へと繋ぎ止める、唯一の命綱。
だが、その切実な声の裏側。不吉なノイズが微かに混じり始めていた。
レーダーの端、黒い雲の向こうから現れたのは、通常の三倍はあろうかという帝国軍の巨大な影。
蒼い空を黒く侵食してゆく、圧倒的な死の予感。
◇◇◇
第二章: 琥珀の日常と白い影
錆びたトタン屋根の格納庫。斜めに差し込む琥珀色の夕陽。
無精髭を生やし、日に焼けた浅黒い肌に古い右目の傷を刻んだ小隊長ガロン。
着古したボア付き航空ジャケットのポケットから、くしゃくしゃの煙草を取り出す。
[A:ガロン:喜び]「生き残った奴が、次に繋ぐのが俺たちの仕事だろ。ほら、飲め」[/A]
差し出されたブリキのマグカップ。
受け取ったアルトの手のひらに、じんわりと伝わる温かな熱。
少し焦げた匂いのする代用コーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。
肩で切りそろえられた栗色の髪を揺らし、機能的な通信隊制服に身を包んだエリシア。彼女ははにかむように微笑む。
首元に巻かれた、アルトが贈った青いスカーフ。
[A:アルト:照れ]「ありがとう。エリシアの淹れるコーヒーは、焦げてるけど悪くないよ」[/A]
[A:エリシア:喜び]「もう、失礼ね。美味しく淹れたつもりなのに」[/A]
油臭い格納庫に響き渡る笑い声。
死と隣り合わせだからこそ奇跡のように輝く、平凡で尊い日常の情景。
しかし、エリシアが空のトレイを持ち上げようとした瞬間。
[Blur]ぐにゃり、と視界の端が白く歪む。[/Blur]
定まらない彼女の琥珀色の瞳の焦点。指先が虚空を掻く。
傾くトレイ。カチャリと鈍い音を立てて床に滑り落ちる。
[A:アルト:驚き]「エリシア? どうしたんだい」[/A]
[A:エリシア:照れ]「あ……ごめんなさい。ちょっと手が滑ってしまって」[/A]
微かに引きつる唇の端。上下する喉仏。必死に笑顔を取り繕う彼女。
[Think]大丈夫。私の目はまだ見える。皆の足手まといになんて、ならない[/Think]
夕闇が迫る中。基地の空気を切り裂くように、けたたましい空襲警報のサイレンが鳴り響く。
[Shout]ウゥゥゥゥーーッ![/Shout]
唐突に終わりを告げる平和な時間。
◇◇◇
第三章: 雷鳴と閃光の空
空を覆い尽くす黒雲。一瞬にして火の海と化す基地。
雨の匂いが混じった錆びた鉄の臭気。肌を焦がす爆撃の熱波。
帝国のエース、「死神」ヴォルフ率いる大部隊の奇襲。
上空を旋回する漆黒の単葉機。操縦席には、後ろに撫でつけたプラチナブロンドの髪と、獲物を射抜くような氷の銀眼を持つ男。
冷たい風にはためく、漆黒の軍服の首元に巻かれた包帯。
[A:ヴォルフ:冷静]「感情は空では重りになる。だからお前は墜ちるのだ」[/A]
傍受した無線から響く、低く冷徹な声。
管制塔の中。煙に巻かれたエリシアの視界が、ついに[Blur]完全な白[/Blur]に染まる。
計器の針も、レーダーの光点も、何も見えない。
パニックで激しく震える指先。浅くなる息。
[A:エリシア:恐怖]「アルト……見えない、計器が……何も見えない!」[/A]
[A:アルト:驚き]「エリシア!? 一体どういうことだ!」[/A]
[A:エリシア:絶望]「ごめんなさい……私、ずっと嘘を……」[/A]
視界を奪われた暗闇の中、耳を澄ます彼女。
複数のプロペラ音、エンジンが吹け上がる周波数、そしてアルトの飛行の癖。
音と記憶だけを頼りに。強く握りしめるマイク。
[A:エリシア:興奮]「左へ三秒ターン! そのまま急上昇して!」[/A]
盲目の管制士による、決死の誘導。
絶望的な戦力差。次々と火ダルマになって落ちていく味方の機体。
その時。雷鳴轟く積乱雲の中心へと機首を向ける、ガロンの乗る機体。
[A:ガロン:怒り]「てめぇら! 俺の可愛い部下どもに手を出してんじゃねぇ!」[/A]
[A:アルト:驚き]「ガロン隊長! やめろ、無茶だ!」[/A]
[A:ガロン:喜び]「アルト、エリシア。生き残った奴が、次に繋ぐんだ。生きやがれ!」[/A]
[Impact]激突。[/Impact]
敵旗艦の真ん中へ突入したガロンの機体。眩い[Flash]閃光[/Flash]となって夜空に散る。
網膜を焼く光。耳をつんざく爆発音。
虚しく響き続ける無線のノイズ。
◇◇◇
第四章: 呪縛と涙
前線基地の湿った地下壕。
滴る水滴の音。冷たい石壁の感触。
恩人を失った喪失感。アルトの精神をゆっくりと削り取っていく。
虚空を彷徨う、エリシアの焦点の合わない瞳。
彼女が光を失っていた事実。己の無力さ。
[A:アルト:狂気]「僕がいく。明日の特攻作戦、僕が志願する」[/A]
暗い足元だけを見つめる、虚ろな青い瞳。
自分の爪を食い破るほどに強く噛み締めながら。
[A:アルト:絶望]「空で死ぬことこそが僕の運命なんだ。もう、誰も失いたくない……!」[/A]
[Impact]乾いた破裂音。[/Impact]
アルトの頬を力強く打つ、エリシアの手のひら。
凍りついた彼の頬に広がる、ジンジンと痺れるような痛み。
[A:エリシア:悲しみ]「バカなこと言わないで!」[/A]
見えない目から、とめどなく溢れ落ちる大粒の涙。
[A:エリシア:怒り]「生きて一緒に海を見るって、約束したじゃない!」[/A]
[Sensual]
視力を失った彼女が、震える両腕でアルトの首にすがりつく。
小さな身体から伝わる、痛いほどの熱。
泥と硝煙の匂いの中に混じる、彼女の甘い髪の香り。
首筋に落ちる、しょっぱい涙の温もり。
音を立てて千切れる、アルトの張り詰めていた心の糸。
[Whisper]「あ……ああぁっ……!」[/Whisper]
膝から崩れ落ち、彼はエリシアの細い背中をきつく抱きしめ返した。
もう格好などつけていられない。彼の中で産声を上げる、泥臭い生への執着。
[A:アルト:悲しみ]「生きたい……生きて、君のそばにいたい……!」[/A]
[/Sensual]
冷たい暗闇の中で静かに重なり合う、二人の嗚咽。
だが。容赦のない出撃の朝は、もうそこまで迫っている。
◇◇◇
第五章: 銀翼は終雨に溶けて
分厚い雲海を抜け、世界が黄金に染まる成層圏。
[A:アルト:興奮]「ヴォルフゥゥゥッ!!」[/A]
[A:ヴォルフ:怒り]「来い、小僧ォォッ!!」[/A]
もはや互いに殺意はない。あるのは純粋な「生への渇望」。
極限のドッグファイト。
アルトの愛機の翼を掠める機銃の掃射。金属がひしゃげる凄惨な音。
[Tremble]ガタガタガタッ![/Tremble]
限界を迎える機体。コントロールが利かない。
[A:エリシア:愛情]「アルト! 風を、風を読んで!」[/A]
無線の向こうから響く、祈るような声。
一瞬の静寂。黄金の雲の切れ間を流れる気流の軌跡を捉える、アルトの青い瞳。
[Think]見える……風の道が[/Think]
急降下からの背面飛行。眼球を押し潰すG。
限界を超えた旋回から放たれた最後の一撃。ヴォルフの機体のエンジンを正確に撃ち抜く。
黒煙を吹く漆黒の機体から開く、白いパラシュート。
[A:ヴォルフ:冷静]「……見事だ」[/A]
だが、アルトの機体もまた。完全に沈黙するエンジン。
止まるプロペラ。空を支配する、耳鳴りがするほどの静寂。
急激に失われる高度。眼下に広がるひび割れた滑走路。
[A:アルト:興奮]「届いてくれ……!」[/A]
風の浮力だけで滑空させる、舵の動かない機体。
地面に激突する車輪。鼓膜を破る凄まじい摩擦音。
飛び散る火花。激しく横転しながら、土煙を上げて停止した。
朝焼けの光が降り注ぐ中。くすぶる銀翼の残骸から這い出すアルト。
額から血を流し、息も絶え絶えに顔を上げる。
そこには、青いスカーフを握りしめ、ボロボロになって駆け寄るエリシアの姿。
[A:エリシア:喜び]「アルト……アルト!」[/A]
[Sensual]
ふらつく足で立ち上がる彼。視えない彼女を腕の中にきつく閉じ込める。
硝煙と朝露が混ざる冷たい風の中。重なり合うのは互いの激しい心音だけ。
血と泥に塗れた頬をすり寄せ、二度と離さないとばかりに強く抱きしめ合う。
[/Sensual]
[A:アルト:喜び]「ただいま……エリシア。一緒に、海を見に行こう」[/A]
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、何度も何度も頷く彼女。
果てしなく高く、透明な蒼い空。
生き残った者たちの頭上。銀翼の記憶を溶かすように、柔らかな光が降り注いでいた。