夏休みが始まって一週間。僕、アキオは亡くなった祖父の家の屋根裏で、埃まみれの遺品整理をしていた。うんざりしながら古い木箱を開けたその時、僕の退屈な夏は終わりを告げた。箱の底から出てきたのは、羊皮紙を思わせる古ぼけた一枚の地図だった。
「なんだこれ……」
そこには僕らの住む海辺の町の古い地形と、謎の記号、そして震えるような筆跡でこう書かれていた。『星屑の涙を探せ』。心臓がドクンと大きな音を立てた。僕は地図を握りしめ、親友のハヤトの家へ全力で走った。
「宝の地図だ!」
案の定、活発で冒険好きのハヤトは、地図を見るなり目を輝かせた。僕らは秘密基地にしている公園のベンチで作戦会議を始めた。地図に描かれた最初の暗号はこうだ。「岬の巨人が夜明けに示す影を追え」。
「岬の巨人って、あの古い灯台のことだ!」とハヤトが叫ぶ。僕らは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。冒険の始まりだ。
翌日、僕らはまだ空が藍色に染まる夜明け前に家を抜け出した。湿った潮風が頬を撫でる。岬の灯台に着くと、昇り始めた太陽がその長い影を、西の断崖絶壁へと伸ばしていた。影の先端が指し示していたのは、立ち入り禁止の看板が立つ不気味な洞窟。「龍の顎(あぎと)」と呼ばれる場所だった。
「行くぞ、アキオ」
ハヤトの言葉に頷き、僕らは懐中電灯の明かりを頼りに、ひんやりとした闇の中へ足を踏み入れた。洞窟の壁は湿り、時折、天井から落ちる水滴の音が不気味に響く。しばらく進むと、道が二つに分かれていた。壁には『一つは偽り、一つは真実。空を見よ』という文字が刻まれている。
「空?」
僕が首を傾げると、ハヤトが懐中電灯で天井を照らした。そこには、コウモリの群れがぶら下がっていた。片方の道の天井にはびっしりと、もう片方には数匹しかいない。
「わかった! コウモリは夜行性だ。つまり、夜の空の星を表してるんだ。星が多い方が、きっと真実の道だ!」
僕のひらめきに、ハヤトは「天才かよ!」と背中を叩いた。
僕らは星の多い道を進んだ。洞窟の最も奥、開けた空間に出ると、そこには古びた石造りの宝箱が鎮座していた。しかし、その蓋は固く閉ざされている。鍵穴は二つ。星の形をしていた。
「鍵がないと開かないのか……」
ハヤトががっくりと肩を落とす。万事休すかと思われたその時、僕は自分の胸元で揺れるペンダントに気がついた。それは、祖父が亡くなる前にくれた、小さな星の形のペンダントだった。そして、ハヤトも同じものを持っている。僕らの友情の証として、お揃いでくれたのだ。
「ハヤト、これだ!」
まさかと思いながら、僕らはそれぞれのペンダントを星形の鍵穴に差し込んだ。カチリ、と乾いた音がして、宝箱の蓋がゆっくりと開いた。
息を飲んで中を覗き込む。そこにあったのは、金銀財宝ではなかった。色とりどりのビー玉が、箱いっぱいに詰められていたのだ。そして、一枚の手紙。
『この冒険を共に乗り越えた友こそが、人生における最高の宝だ。キラキラと輝く友情は、まるで星屑の涙のように美しい。おめでとう、我が孫よ』
僕らは顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。洞窟の入り口から差し込む朝日が、箱の中のビー玉に反射して、まるで本物の宝石のようにキラキラと輝いていた。それは、僕らの最高の夏休みが始まった合図のようだった。
星屑の涙と二つの鍵
文字サイズ: