「見ろよダイチ! 完成したぜ、時空歪曲式失せ物探索機『追憶サルベージャー』!」
ガレージに響き渡る親友ハルキの弾んだ声に、俺、ダイチは本日七度目のため息をついた。目の前には、掃除機と電子レンジと古びたパラボラアンテナを凶悪に合体させたような、ガラクタにしか見えない機械が鎮座している。
「時空歪曲って……お前、またろくでもないものを」
「ろくでもないとは心外な。これはな、持ち主の記憶の残滓を辿って、失くした物をピンポイントで召喚する世紀の大発明なんだぞ!」
ハルキは胸を張る。その目は、本気でノーベル賞を確信している者のそれだ。こいつはそういう男だ。有り余る才能を、常に斜め上、というか明後日の方向に全力投球する天才。そして俺は、その暴走を止めるか、あるいは一緒に泥まみれになる役割を担う幼馴染だ。
「で、何を召喚するつもりなんだ?」
「決まってるだろ。お前が小学生の時に泣きながら探してた、限定版のヒーロー『ギャラクシー・ファイター』のフィギュアだよ!」
その言葉に、俺は少しだけ心が揺れた。あれは確かに、俺の心の傷だ。
「……本当に、そんなことが可能なのか?」
「俺を誰だと思ってる。さあ、このヘッドギアを被って、強くフィギュアをイメージしろ!」
半信半疑でヘッドギアを装着すると、ハルキが悪代官のような笑みを浮かべてコンソールのスイッチを入れた。
ヴゥゥン、と低い唸り声を上げて、追憶サルベージャーが振動し始める。パラボラアンテナが明滅し、ガレージの空間が陽炎のように揺らめいた。
「来い……来い、ギャラクシー・ファイター!」
俺が強く念じた、その瞬間だった。
バキィッ!と凄まจい音を立てて、ガレージの屋根が弾け飛んだ。
「え?」
俺とハルキが見上げた空には、ぽっかりと穴が開き、そこから――モノが降ってきた。
それも、一つや二つじゃない。雨のように、滝のように。
片方だけになった靴下、色褪せたぬいぐるみ、錆びた自転車の鍵、読みかけで失くした漫画、誰かの卒業証書、さらには隣の山田さんちの飼い猫タマまで、「ニャーッ!?」と悲鳴を上げながら降ってきた。
「おいハルキ! フィギュアはどこだ! なんか色々降ってきたぞ!」
「おかしいな、出力を上げすぎたか!? 記憶の残滓が混線してる!」
ハルキが慌ててコンソールを操作するが、もはや機械は彼の言うことを聞かない。ガラクタの雨は勢いを増し、町中に降り注ぎ始めた。テレビからは「原因不明のポルターガイスト現象か!?」と臨時ニュースが流れている。完全に俺たちのせいだ。
「止めろハルキ!」
「ダメだ、暴走してる! このままだと町中の人間の『一番大切な失せ物』を根こそぎ召喚しちまう!」
追憶サルベージャーが、赤黒い光を放ちながら異常な振動を始めた。エネルギーが臨界点に達しようとしている。
「どうするんだよ!」
パニックになる俺の肩を、ハルキが強く掴んだ。その目は、いつものお調子者とは違う、真剣な光を宿していた。
「コアユニットを直接叩くしかない! ダイチ、俺をあの機械の上まで投げてくれ!」
「無茶言うな! 感電するぞ!」
「お前ならできる! 俺の計算が正しければ、あと三十秒で時空の裂け目が固定されて、元に戻せなくなる!」
空からは、結婚指輪やら、赤ん坊の頃のアルバムやら、もはや個人の歴史そのものみたいなモノまで降り注いでいる。迷っている暇はない。
「……分かった。絶対成功させろよ、天才!」
「任せろ、相棒!」
俺はハルキの体を軽々と担ぎ上げると、助走をつけて全力で跳んだ。降り注ぐガラクタを紙一重で避けながら、暴走する機械の頂点めがけて、ハルキを文字通り放り投げる。
「行けぇぇぇっ!」
空中で体勢を整えたハルキは、懐から取り出したドライバーを、一分の狂いもなく剥き出しのコアユニットに突き立てた。
閃光。衝撃。
世界から、一瞬だけ音が消えた。
気がつくと、俺とハルキはガレージの床に倒れていた。屋根の穴から見える空は、いつもの青空に戻っている。ガラクタの雨は、止んでいた。
町は失せ物で溢れかえっているが、不思議と雰囲気は悪くない。自分の失くし物を見つけた人々が、「ああ、こんなところに!」と懐かしそうに微笑んでいた。
「……やった、のか?」
「ああ。大成功、だな」
ハルキが、煤だらけの顔でニッと笑う。俺は、その顔面に渾身のデコピンを食らわした。
「この大馬鹿野郎!」
「痛って! でも、面白かっただろ?」
悪びれもせずに言う親友に、俺は天を仰いで、そして、結局笑ってしまった。
「ああ。最高に面白かったよ」
その時、カラン、と足元で小さな音がした。
見ると、そこには銀色に輝くヒーローが立っていた。俺がずっと探していた、ギャラクシー・ファイターのフィギュアだ。
俺はそれをそっと拾い上げる。ハルキは、それを見て満足そうに頷いた。
「なあダイチ」
「なんだよ。後片付け、手伝えよな」
「次は、時間を巻き戻す装置なんてどうだ? 名付けて『後悔リワインダー』!」
「絶対にやめろ!」
俺たちの友情は、たぶん、これからもこの調子だ。クレイジーな発明と、ちょっとした世界の危機と、そして最高のワクワクに満ちている。悪くない。いや、最高だ。俺はフィギュアをポケットにしまい、親友の背中を力強く叩いた。
追憶サルベージャーの暴走
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