空飛ぶ島と二つの鍵

空飛ぶ島と二つの鍵

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「リク、大変だ!世紀の大発見だぞ!」

息を切らしたカイが、僕の部屋のドアを勢いよく開け放った。手には古びた木箱を抱えている。いつもそうだ。僕が静かに本の世界に浸っていると、この幼馴染は嵐のように現れて、現実世界へと引きずり出す。

「カイ、ノックくらいしてくれよ。それと、君の言う『世紀の大発見』は、だいたい裏山の珍しいキノコか、川で見つけた変な形の石だろう?」

僕は読んでいた本から顔を上げずに、ため息混じりに言った。

「今日のは違う!レベルが違うんだって!」

カイは興奮を隠しきれない様子で、木箱を僕の机にどさりと置いた。中から現れたのは、鈍い金色に輝く羅針盤と、丸められた羊皮紙だった。

羅針盤は奇妙だった。ガラスの向こうの針が、北でも南でもなく、カタカタと震えながら空の一点を指し示している。

「じいちゃんの屋根裏で見つけたんだ。この羅針盤、ずっと空を指してる。そして、この地図!」

カイが羊皮紙を広げると、そこには見たこともない島の絵と、解読不能な古代文字がびっしりと書き込まれていた。

「『アエテリア』。空に浮かぶ島だ」

カイの目が、物語の主人公のように輝いていた。僕は呆れつつも、その古代文字から目が離せなくなっていた。図書館で読み漁ったどの文字体系とも違う。けれど、なぜか心がざわめく。僕の知的好奇心が、カイの冒険心に火をつけられようとしていた。

数日後、僕らはカイの地図とにらめっこしていた。僕の知識を総動員して、なんとかいくつかの単語を解読した結果、羅針盤が指し示す場所が、町のはずれにある「風切りの崖」の頂上であることが判明した。そこは、昔から立ち入りが禁じられている場所だ。

「やっぱり行こう、リク!こんな面白そうなこと、見逃せるかよ!」
「危険だって。禁足地にはそれなりの理由があるはずだ」

慎重な僕と、無鉄砲なカイ。僕らはいつも正反対だ。だが、カイの隣にいると、普段はページの中でしか味わえない冒険が、現実のものになるような気がした。それに、地図に描かれた天体の配置図は、どう考えてもただの作り話とは思えなかった。

「……わかったよ。でも、準備はしっかりする。僕の指示には絶対に従うこと。いいね?」

僕が折れると、カイは満面の笑みで僕の肩を叩いた。「さすが相棒だ!」

満月の夜、僕らは風切りの崖の頂上に立っていた。地図の記述通り、月光が頂上にある巨石を照らし、そこに刻まれた紋様を浮かび上がらせる。カイの地図の紋様と寸分違わない。

「『月が天頂に達し、影が心臓を指すとき、勇気と知恵は道を開く』」

僕が解読した一文を呟く。カイはゴクリと喉を鳴らし、羅針盤を巨石の中央にあるくぼみにはめ込んだ。

その瞬間、突風が吹き荒れ、羅針盤がまばゆい光を放った。僕らの目の前に、光の粒子が集まって、天へと続く螺旋階段が形成されていく。

「嘘だろ……」

カイも僕も、言葉を失ってその幻想的な光景を見つめていた。

「行くぞ!」

先に我に返ったカイが、僕の手を引いて階段へと駆け出した。一歩踏み出すと、足元は確かな感触がある。恐怖よりも好奇心が勝っていた。僕らは、雲を突き抜け、空の果てへと続く光の道を駆け上がった。

階段の先には、信じられない世界が広がっていた。眼下に広がる雲海。空に浮かぶ、巨大な島。緑豊かな森、クリスタルのように輝く川、そして見たこともない花々が咲き乱れている。

「すげえ……本当にあったんだ、空飛ぶ島が!」

カイは子供のようにはしゃぎ、僕はその生態系に夢中になった。光る苔、羽の生えたトカゲ、蜜の代わりに虹色の雫を出す花。すべてが常識を超えていた。

僕らは島の中心を目指して進み、やがて巨大な神殿にたどり着いた。壁画には、この島『アエテリア』の歴史が刻まれている。島は巨大な浮遊石の力で浮かんでいるが、そのエネルギーが千年周期で弱まり、今まさにその危機にあるらしかった。

「エネルギーを再充填するには、神殿の奥にある『天空の心臓』を起動させる必要がある。それには二つの鍵がいる。『勇気の鍵』と『知恵の鍵』だ」

僕が壁画を解読して伝えると、カイの顔が引き締まった。神殿の奥には、二手に分かれた道が続いている。片方には「勇気の試練」、もう片方には「知恵の試練」と刻まれていた。

「俺が勇気だ。リクは知恵。決まってるだろ」

カイはニヤリと笑い、迷わず勇気の道へ進んだ。僕は少し不安だったが、カイを信じて知恵の道へと足を踏み入れた。

カイの試練は、崩れ落ちそうな吊り橋を渡り、対岸の崖に咲く「疾風花」を取ってくることだった。カイは持ち前の運動神経で吊り橋を渡り始めたが、突風と、橋を揺らす空飛ぶ獣に苦戦していた。

一方、僕の試練は、複雑な石板のパズルだった。動かせる回数が限られており、一つのミスも許されない。僕は頭をフル回転させたが、どうしても最後の一手が解けなかった。

その時、カイの叫び声が聞こえた。「リク!ヒントだ!獣の動き、一定の法則がある!まるで、お前が解いてるパズルの模様みたいだ!」

カイの言葉に、僕はハッとした。パズルの模様を、獣の動きのパターンに当てはめてみる。そうだ、このパズルは一人で解くものじゃない。あちらの試練と連動しているんだ!

「カイ!その獣、追い払うんじゃない!動きを誘導して、僕が言う通りに石板を踏ませてくれ!」
「なんだって!?わかった、やってみる!」

僕はパズルの解法を叫び、カイは命がけで獣を誘導する。彼の勇気が、僕の知恵を助け、僕の知恵が、彼の勇気を導く。まさに一心同体。

ついに獣が最後の石板を踏むと、僕の目の前のパズルが光を放ち、『知恵の鍵』が現れた。同時に、カイの目の前では獣が消え、吊り橋が頑丈な石橋に変わり、『勇気の鍵』が手に入った。

ボロボロになったカイと合流し、僕らは互いの鍵を掲げて笑い合った。

二つの鍵を手に、僕らは神殿の最奥、『天空の心臓』へとたどり着いた。中央の台座に二つの鍵を差し込むと、巨大な浮遊石が脈動を始め、島全体が温かい光に包まれた。危機は去ったのだ。

名残惜しい気持ちを胸に、僕らは光の階段を下りて、風切りの崖へと戻った。振り返ると、階段は消え、空にはいつも通りの月が浮かんでいるだけだった。まるで、すべてが夢だったかのように。

しかし、僕らの手の中には、証拠が残っていた。神殿を出る時、足元に転がっていた小さな光る石だ。カイと僕、一つずつ。

「なあリク。また行けるかな」
「さあね。でも、いつでも行けるさ。僕たちが一緒なら」

僕はそう言って笑った。カイもつられて笑う。
机の上の本も、屋根裏の羅針盤も、僕らにとっては冒険への扉だ。でも、最高の友達が隣にいれば、退屈な日常だって、いつだってワクワクする冒険に変わる。僕らのポケットで微かに光る石が、そのことを教えてくれているようだった。

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