転職先は伝説の勇者パーティーでした

転職先は伝説の勇者パーティーでした

1
文字サイズ:

「どんな困難なクエスト(案件)も、我々と共にコンプリート(達成)しよう!」

ウェブサイトに踊る胡散臭いキャッチコピーに、俺、田中誠(35歳)は眉をひそめた。しかし、背に腹は代えられない。藁にもすがる思いで、転職エージェント『アルテマ・キャリア』の面接にやってきたのだ。

通された面接室の光景に、俺は自分の目を疑った。

部屋の中央には、やけに豪華な円卓。そして、そこに座る四人の面接官たちは……明らかにコスプレだった。金の装飾が施された白銀の鎧を着たイケメン、先端に巨大な水晶玉がついた杖を持つ知的美女、巨大な斧を背負った筋骨隆々の巨漢、そして清純そうなローブをまとった癒し系の女性。

(コンセプト系のベンチャーか……。帰りたい)

俺が席に着くと、鎧のイケメンが威厳たっぷりに口火を切った。
「よく来たな、若者よ。私がここの代表、勇者レオンだ」
「は、はあ。田中です」
「早速だが、君の『必殺技』を教えてもらおうか」
「ひっさつわざ」

いきなりクライマックスみたいな質問が来た。もうダメだこの会社。だが、ここで帰るわけにもいかない。俺は必死に頭を回転させ、サラリーマンとしての己の武器をひねり出した。
「……はい。ExcelのピボットテーブルとVLOOKUP関数を組み合わせた、『超高速データ集計』です」
「ほう!『超高速データ集計』!なかなか良い響きではないか!」
勇者レオンが満足げに頷く。マジか。

続いて、杖の美女がクールな視線を向けてくる。
「では次に、あなたのMP(メンタルポイント)について。ポーション(有給休暇)の補給なしで、どの程度の期間、高難易度のダンジョン(プロジェクト)を攻略可能ですか?」
「(ポーションて…)前職では、3ヶ月間ほぼ休みなしでデスマーチを乗り切った経験が……」
「素晴らしい。自己回復(セルフケア)能力が高いのですね」
いや、ただの社畜根性だ。

「ガッハッハ!」今度は斧の巨漢が豪快に笑った。「おいアンタ、酒は飲めるクチか?凶悪なドラゴン(クレーマー)を前にしてビビったりしねえだろうな?」
「お酒は人並みには。理不尽な要求をされるお客様にも、粘り強く交渉する胆力はございます」
「気に入った!」

何だこの面接。手応えがあるのかないのか全く分からない。
最後に、ローブの女性が穏やかに微笑みながら尋ねた。
「あなたは、仲間が傷ついている時、どのような言葉をかけますか?」
「そうですね…『お疲れ様です。これ、栄養ドリンクですけど、よかったらどうぞ』とか……」
「まあ!『癒やしの言葉(お疲れ様です)』と『回復薬(栄養ドリンク)』の同時詠唱!素晴らしいヒーラーの素質ですわ!」

もうツッコむ気力も残っていない。

そして、最終質問。勇者レオンが、それまでのふざけた雰囲気とは打って変わって、真剣な眼差しで俺を射抜いた。
「田中君。我々のパーティー……いや、チームに加わるとして、君は『魔王』にどう立ち向かう?」

魔王。その言葉に、俺の脳裏に前職の記憶が蘇った。予算ゼロ、人員不足、無茶な納期、そして全てを丸投げしてくるパワハラ上司。あれはまさしく魔王だった。

俺は、吹っ切れた。
「まず、徹底的な情報収集を行います。魔王(上司)の弱点、つまり趣味や嗜好、キーマンとの関係性を探ります。次に、城の内部、つまり他部署に『根回し』という魔法をかけ、外堀を埋めます。直接攻撃はしません。じわじわと味方を増やし、魔王が気づいた時には完全に孤立している状況を作り出すのです。そして最後は、完璧な報告書とプレゼン資料という名の『聖剣』で、逃げ場のない一撃を……!」

熱弁を終えた俺を、沈黙が包んだ。
やっちまった。完全に引かれてる。

すると、勇者レオンが円卓をバンッと叩いて立ち上がった。
「素晴らしいッ!」
え?
「我々にはなかった視点だ!物理攻撃や魔法だけが戦いではないのだな!」
「彼の『根回し』という魔法…ぜひ習得したいものですわ」
「その『プレゼン資料』ってのはどんな切れ味なんだ!?」

面接官たちは、キラキラした目で俺を見ていた。

こうして俺は、なぜか『アルテマ・キャリア』に即日採用された。
配属先は、「新規事業開発部(魔王討伐課)」。
初仕事として渡されたのは、最新のノートパソコンと、経費で落ちる『聖剣エクスカリバー(と金文字で書かれた高級ボールペン)』だった。

「最初のターゲットは、隣国の大企業『帝国グラキエス』だ!彼らの市場を奪うためのダンジョン(新規プロジェクト)を攻略するぞ!」

勇者社長の号令が響く。
どうやら俺の本当の冒険は、これから始まるらしい。……明日、労基署の場所を調べておこう。

TOPへ戻る