元・四天王、ハローワークへ行く

元・四天王、ハローワークへ行く

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公共職業安定所、通称ハローワーク。その待合室の硬いパイプ椅子に、場違いなほど威厳のある男が座っていた。ゲオルギウス・フォン・ヘルシャフト。かつて魔王軍を支えた四天王が一人、「煉獄のゲオルギウス」その人である。

勇者に魔王が倒されて早一年。魔力の大半を失い、ただの「体格がやたらいいおじさん」と化した彼は、日々の糧を得るため、人生初の就職活動に挑んでいた。慣れないスーツは、鍛え上げられた大胸筋のせいで悲鳴を上げている。

「次の方、一番窓口へどうぞー」

気の抜けた声に呼ばれ、ゲオルギウスは立ち上がった。その一挙手一投足に、かつて敵軍を震え上がらせた覇気が滲む。窓口に座っていた新米職員、田中は、その尋常ならざる圧に軽く引きつった。

「本日はどのようなご用件で…」
「うむ。職を探しに来た」

ゲオルギウスがドサリと置いた履歴書を見て、田中は眼鏡をかけ直した。そして、固まった。

【職歴】
・魔王軍四天王(在籍期間:150年)
【業務内容】
・大陸南半球の統治および侵略計画の立案・実行
・勇者迎撃部隊『煉獄騎士団』の指揮
・魔獣(ドラゴン、ケルベロス等)の育成・管理
【保有資格】
・古代魔法詠唱技能検定 特級
・呪いの調合師免許 第一種
・玉座での威圧的な座り方検定 師範代

田中はゴクリと喉を鳴らした。「あ、あの…こちらの『玉座での…』というのは…?」
「ふん、ただ座ればよいというものではない。背もたれとの角度、肘掛けに置く腕の力加減、そして何より、民草に絶望を与える視線。全てが計算され尽くした芸術なのだ」
「は、はぁ…」

自己PR欄には、血文字のような禍々しいフォントでこう書かれていた。
『我が忠誠心は鋼の如し。一度仕えると決めた主君のためならば、この身が煉獄の業火に焼かれようとも、一片の悔いも残さぬ覚悟にございます』

「重い…! PRが重すぎる…!」田中は心の中で絶叫した。
「田中殿、どうした。顔色が悪いぞ」
「いえ、なんでも! と、とりあえず適性診断をしてみましょう!」

田中は必死に笑顔を取り繕い、タブレットを差し出した。
「では質問です。チームで協力して作業するのは得意ですか?」
「無論だ。我が『煉獄騎士団』は一糸乱れぬ連携で幾多の勇者パーティを屠ってきた。特に『絶望のフォーメーション』は我ながら見事な出来栄えでな」
「(屠る…)なるほど…。では、ストレス解消法は?」
「かつては近隣の村を一つ、更地にすることだったが…」
「(今は!? 今はどうしてるんですか!?)」
「…近所の野良猫の腹を撫でることだ」
「ギャップ!」

意外な一面に少し和んだ田中は、気を取り直して求人情報を検索する。
「えーっと、ゲオルギウスさんの経歴ですと…警備員などいかがでしょう。体力も要求されますし」
「警備か。悪くない。して、不審者の扱いは?」
「捕らえて警察に引き渡します」
「尋問は許されぬのか? 真実を吐かせる秘薬の使用は?」
「許可されません!」

「では…ペットショップの店員というのは? 猫がお好きとのことですし」
ゲオルギウスの目が、カッと輝いた。
「魔獣育成の経験が活かせよう! 例えば、子犬には生後三ヶ月で『服従の呪印』を刻み、反抗期には『恐怖の眼光』で躾けるのが効率的だ。餌もただ与えるのではなく、狩りの疑似体験をさせることで野生の本能を…」
「ストーップ! 普通のペットショップです!」

万策尽きたか、と田中が天を仰いだその時、一枚の求人票が目に飛び込んできた。

【急募!遊園地『ドリームランド』悪役ショーキャスト】
・ヒーローにやられる怪人役です!
・子供たちの声援がやりがいです!
・アドリブで派手に吹っ飛べる方、大歓迎!

これだ! 田中は閃いた。
「ゲオルギウスさん! 民衆に絶望を与え、英雄に打ち倒される…。そんなお仕事に興味はありませんか?」
「な、なんだと…?」
ゲオルギウスは求人票を食い入るように見つめた。
「民を恐怖のどん底に突き落とし…やがて現れる光の戦士に敗北する…。そ、それは…まさしく、かつての我が役割そのものではないか!」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

一ヶ月後。
遊園地『ドリームランド』の野外ステージは、子供たちの歓声に包まれていた。
「ぐわーっはっは! この遊園地は我が『暗黒皇帝デス・ゲオルグ』様が支配した! 泣け! 叫べ! そして絶望するがいい!」
漆黒のマントを翻し、高笑いする悪役。その迫真の演技に、泣き出す子供までいる。
「そこまでだ、デス・ゲオルグ!」
ステージの袖から、金ピカのヒーロー『ドリームマン』が登場する。
「出たなドリームマン! 今日こそ貴様を地獄の業火に叩き込んでくれるわ!」

その光景を、客席の後ろで田中が家族と一緒に見守っていた。
ショーのクライマックス。デス・ゲオルグはドリームマンの必殺キックを受け、驚くほど綺麗な回転をしながらステージの端まで吹っ飛んでいく。
「おのれドリームマーン! だが、覚えておれ! 我は何度でも蘇るぞぉぉぉ!」
断末魔の叫びと共に倒れる悪役に、子供たちから惜しみない拍手と「ばいばーい!」の声が送られた。

倒れたまま、満足げな表情で親指をグッと立てるデス・ゲオルグ。
それを見た田中は、ポップコーンを頬張りながら、そっと呟いた。
「天職ですね、ゲオルギウスさん」

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