半径5メートルのアフロ革命

半径5メートルのアフロ革命

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「だから君はダメなんだ、田中君!」

月曜の朝。僕、田中誠(32歳、独身、営業部平社員)の鼓膜に、山田部長の粘着質な声がねっとりと絡みつく。原因は報告書の誤字一つ。彼の説教はいつも、本題から逸れて人格攻撃に発展するフルコースだ。

(あー、もう、いっそ部長の頭、爆発しないかな……)

ストレスが頂点に達したその瞬間、僕の脳天にピキーン!と雷が落ちたような衝撃が走った。目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

山田部長の頭が、見事なアフロヘアーになっている。

それも、ただのアフロではない。丹念に手入れされた、完璧な球体。まるで黒いマリモが頭に乗っているかのようだ。僕は目をゴシゴシこする。だが、アフロは消えない。部長は僕の呆然とした顔を見て、さらにヒートアップしているが、自分の頭上の変化には全く気づいていない。周りの同僚たちも、見て見ぬフリをしているのか、平然と仕事をしている。

「聞いてるのか、田中君!」

「は、はい!聞いております!」

あまりの衝撃に、僕の意識がフッと途切れる。すると、部長のアフロはフシュゥ…と音を立てるように消え、いつもの薄くなった髪型に戻っていた。幻覚?

その日の帰り道、僕は半信半疑で能力を試してみることにした。公園のベンチに座り、目の前のハトに意識を集中する。

(爆発……いや、アフロになれ!)

ボンッ!

次の瞬間、クルックーと鳴いていたハトの頭に、ちんまりとした可愛いアフロが乗っかった。ハトは首をかしげている。僕は慌てて能力を解いた。今度は、街路樹。ボンッ! 葉っぱが巨大な緑のアフロに。ゴミ箱。ボンッ! 無機質な鉄の塊が、ファンキーなオブジェに。

どうやら本物らしい。半径5メートル以内にある物体を、僕の意のままに『完璧なアフロヘアー』に変える能力。

……何なんだ、この役立たずな能力は!

翌日、僕の会社人生を賭けた大一番がやってきた。業界のドン、鬼瓦ホールディングスの鬼瓦社長へのプレゼンだ。この契約が取れなければ、うちの部は大赤字。僕のクビも危うい。

会議室は、凍てつくような緊張感に包まれていた。仁王像のような顔をした鬼瓦社長が、僕の資料を値踏みするように見ている。

プレゼンは、最悪の滑り出しだった。緊張で声は裏返り、用意したジョークはダダ滑り。鬼瓦社長の眉間のシワが、どんどん深くなっていく。

「……君、我々を舐めているのかね?」

地響きのような声が響く。終わりだ。僕のサラリーマン人生は、ここで終わるんだ。クビになったらどうしよう。家賃は払えるか。実家の母さんは何て言うだろう。走馬灯のように、ネガティブな未来が駆け巡る。

もう、どうにでもなれ。

僕はヤケクソだった。残された最後の力を振り絞り、心の中で叫んだ。

(全員、アフロになっちまえぇぇぇぇ!!!)

ボンッ! ボンッ! ボンボンボンッ!

静寂を破り、軽快な破裂音が会議室に響き渡った。

まず、目の前の鬼瓦社長の頭が、威厳に満ちた巨大なシルバーアフロに。隣に座るコワモテの役員たちは、それぞれ黒や茶色の大小様々なアフロ。僕の上司の山田部長は、昨日と同じ見事なマリモアフロ。

それだけではなかった。高級そうなマホガニーのテーブルが、温かみのある木目調のアフロに。壁にかかったプロジェクターも、天井の照明も、鬼瓦社長が持っていた万年筆さえも、ありとあらゆるものが完璧なアフロと化していた。

そこは、アフロによる、アフロのための、アフロの空間だった。

役員たちも、山田部長も、何が起きたのか分からず固まっている。僕は死を覚悟した。

沈黙を破ったのは、鬼瓦社長だった。彼はゆっくりと立ち上がり、近くの窓ガラスに映る自分のシルバーアフロをまじまじと見つめた。そして、肩をプルプルと震わせ始めた。

次の瞬間。

「ブッハッハッハッハ! こりゃ傑作だ!」

腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。

「君!面白いじゃないか!最高だ!こんなに腹の底から笑ったのは何年ぶりか!」

社長は涙を流しながら僕の肩をバンバン叩いた。

「気に入った!君のその斬新な発想、素晴らしい!この契約、前向きに検討しよう!いや、今ここで決めようじゃないか!」

こうして、僕のしょーもない能力は、会社を救い、僕のクビを繋ぎとめた。

以来、僕は社内で「アフロの田中」として一目置かれる存在になった。満員電車でイライラした時は、こっそり乗客全員の頭上(もちろん直接ではなく、あくまでカバンや吊り革を)をアフロ化させ、一人でクスクス笑っている。

退屈だった僕の日常は、半径5メートルだけ、最高にファンキーで面白いものになったのだ。

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