「みんなー!見てるー?魔王軍公式チャンネル、略して『まおチャン』の時間だよ!司会はもちろん、この俺!魔王ベルゼビュート7世だ!イェーイ!」
玉座の間とは思えぬハイテンションな声が、無駄に設置された巨大スピーカーから響き渡る。きらびやかな照明、スモーク、そして玉座の周りを飛び回るドローンカメラ。古めかしい魔王城の威厳は、現代的な配信機材によって見る影もなかった。
「さてさて!今日の企画は、なんと!勇者との最終決戦、まるごと生配信スペシャル!チャンネル登録と高評価、あとスーパーチャットもよろしくな!」
ベルゼビュートはカメラに向かって完璧なキメ顔でウインクした。コメント欄が「魔王様イケメーン!」「勇者フルボッコにして!」といった好意的なメッセージで溢れ、彼の口元は満足げに歪む。すべては計算通り。この歴史的瞬間をバズらせ、伝説のインフルエンサー魔王として名を刻むのだ。
「さあ、勇者よ!この俺の前にひざまずく時が来た!とっとと姿を現すがいい!」
ベルゼビュートが芝居がかった口調で呼びかける。しかし、玉座の間の重厚な扉は固く閉ざされたまま、うんともすんとも言わない。
……シーン。
「……あれ?」
ベルゼビュートは小首を傾げる。側近のインプが慌てて駆け寄ってきた。
「魔王様、報告によりますと、勇者はすでに三十分前に城門を突破し、この玉座の間に到着しているはずですが……」
「はあ?どこにいるんだよ!俺様の最高の見せ場だぞ!遅刻とかマジありえないんだけど!」
コメント欄が「勇者どこ?」「もしかして逃げた?w」とざわつき始める。ベルゼビュートの額に青筋が浮かんだ。彼のフォロワー数が何よりも大事なのだ。
「おい勇者!どこに隠れてる!男なら正々堂々と……」
その時、彼の視界の隅、大量のケーブルや機材の影から、もそりと何かが動いた。
「あ、あの……すみません……」
か細い声と共に現れたのは、どこにでもいそうな、特徴のない黒髪の青年だった。着古したであろう普通の服に、腰に差しているのも「普通の剣」としか形容しようがない。覇気もなければ、オーラもない。そこにいるのに、言われるまで気づかなかった。
「……君、誰?ADさん?」
「いえ、あの、勇者のヤマダです。機材が多くて、どこに立ってればいいのか分からなくて……すみません」
ペコリ、とヤマダは腰を九十度に折った。ベルゼビュートは絶句した。これが、数々の幹部を打ち破ってきた勇者?もっとこう、金色のオーラを放ち、背中から光の翼でも生えているような存在を想像していたのに。
コメント欄は「え、あれが勇者?」「地味すぎん?」「村人Aじゃんw」と大荒れだ。
「……まあ、いい!見た目は関係ない!重要なのは、この俺が、お前を、いかに華麗に倒すかだ!」
ベルゼビュートは無理やりテンションを立て直し、必殺技の詠唱を始めた。
「刮目せよ、人間ども!我が魔力の真髄!喰らえ!ハッシュタグ・インフェルノ・メガ・フレイム!」
ベルゼビュートの手から、CGかと見紛うほどの巨大な火球が放たれた。ドローンカメラが完璧なアングルでその軌道を追う。しかし。
「うわっ、すみません、足元のケーブルに躓いて……」
ヤマダは火球が迫る直前、文字通りケーブルに足を引っかけて転んだ。轟音と共に玉座の後ろの壁に突き刺さる灼熱の炎。ヤマダは「あいたたた……」と頭をさすりながら、無傷で立ち上がった。
「なっ……偶然、だと……?」
ベルゼビュートは動揺を隠せない。
「まだだ!喰らえ!ハッシュタグ・アブソリュート・ゼロ・ブリザード!」
「あ、すみません、ちょっと目眩が……」
ヤマダはふらつき、その場によろけた。彼のいた場所を、絶対零度の吹雪が薙ぎ払う。またしても空振り。
「なぜ当たらん!?」
「いや、あの、人混みが苦手で……カメラとか、すごい数ですし……圧倒されて、あんまり動けなくて……すみません」
ヤマダは人混みを避けるように、無意識に攻撃の密度が薄い場所へと移動していたのだ。彼の特技は「気配を消すこと」と「人混みをスルスル抜けること」。それは、魔王軍との激戦の場においても遺憾なく発揮されていた。
コメント欄はもはや祭り状態だ。「魔王の一人芝居w」「勇者、天然で避けてるだろ」「神回なんだがwww」。
そして、ベルゼビュートにとって最も恐ろしい現象が起きた。リアルタイムのフォロワー数が、見る見るうちに減っていく。
「ふ、ふざけるなあああああ!」
ついに理性のタガが外れたベルゼビュートは、配信のことなど忘れ、ヤマダに向かって猛然と突進した。
「こうなったら、この魔王自らの拳で!」
「わ、わ、すみません、通ります、通ります!」
ヤマダは迫り来る巨体を、満員電車を降りるサラリーマンのように巧みにかわした。勢い余ったベルゼビュートは、自分で設置した巨大スクリーンに頭から激突。
ゴシャアアン!
スクリーンが倒れ、ドミノ倒しのように高価なドローンや照明機材を巻き込み、玉座の間は火花と悲鳴に包まれた。
数分後。静まり返った玉座の間で、ベルゼビュートは瓦礫の山を前に呆然と座り込んでいた。
「俺の……俺の配信機材……六十回ローン組んだのに……」
その肩を、誰かがそっと叩いた。ヤマダだった。彼はポケットから何かを取り出し、ベルゼビュートに差し出した。
「あの……大丈夫ですか?おでこ、擦りむいてますよ。これ、どうぞ」
それは、一枚の絆創膏だった。
あまりの人の良さと、失ったもののあまりの大きさのギャップに、ベルゼビュートの目から涙がこぼれた。戦意は、とっくの昔に消え失せていた。
「……もう、いい。帰ってくれ」
「え?あ、はい。すみません、お邪魔しました」
ヤマダは再び深々と頭を下げ、静かに魔王城を去っていった。
こうして世界は、なんだかよく分からないうちに平和になった。
後日、この最終決戦の一部始終は「【放送事故】魔王、自爆して泣く」というタイトルでネット中に拡散され、ベルゼビュートは別の意味で見事にバズを果たしたという。
最終決戦はバズってから。
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