最終面接(物理)

最終面接(物理)

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就職活動の連敗記録を更新し続けていた俺、佐藤健太は、今日、最後の砦ともいえる超優良企業「アニマール・ホールディングス」の最終面接に臨んでいた。ガラス張りの超高層ビル、未来的なエントランス。ここまでは完璧だ。しかし、重厚なマホガニーの扉を開けた瞬間、俺は自分の目を疑った。

面接官の席に座っていたのは、三体の動物だった。

中央には、誂えたかのようにビシッとしたスリーピーススーツを着こなす雄ライオン。その右には、ネクタイを少し緩めたゴリラ。左には、小さな眼鏡をかけたフクロウがちょこんと止まり木に止まっている。

「……えっと、控え室はこちらで合ってますでしょうか?」

俺の震える声に、ライオンの隣に控えていた人間の女性秘書が微笑んだ。
「はい、佐藤様。こちらで間違いございません。中央が代表取締役社長の百獣レオ、右が人事部長の剛力ゴリオ、左が専務の夜見ミミズクでございます」

マジかよ。企業名は伊達じゃなかったのか。あまりの衝撃に思考が停止しかけたが、ここで退けば俺の就活は終わる。腹を括るしかなかった。

「し、失礼します!」

俺が席に着くと、百獣社長がおもむろに口を開き、ビル全体を揺るがすかのような咆哮を放った。
「ガオオォォォォッ!!」
「社長より『当社の志望動機を述べよ』とのことです」
秘書さんが冷静に通訳する。なるほど、そういうシステムか。

俺はかつて動物園でアルバニアイトをしていた経験をフル回転させた。ライオンはプライドが高い百獣の王。ならば!
「はい!私が御社を志望いたしましたのは、百獣の王たるレオ社長の圧倒的なカリスマ性に惹かれたからであります!その威風堂々たる鬣(たてがみ)のごときリーダーシップの下、私も会社の一員として咆哮、いえ、貢献したいと強く願っております!」

俺が言い切ると、レオ社長は満足げに「グルル…」と喉を鳴らし、巨大な前足でポンと机を叩いた。どうやら第一関門は突破したらしい。

次に動いたのは、剛力人事部長だった。彼は突然立ち上がると、「ウホッ!ウホホッ!」と両手で力強く胸を叩きながら、俺の方へズンズンと迫ってくる。床が揺れている。
「人事部長より『君のストレス耐性を見せてもらおうか』とのことです」
物理的な圧迫面接ってレベルじゃねえぞ!

しかし、俺は動じなかった。バイト時代、やんちゃなゴリラの気を逸らす方法は嫌というほど学んだ。俺は素早くビジネスバッグから一本のバナナを取り出した。今日の昼飯用だったが、今はそれどころじゃない。
「部長、まずはこれを召し上がって落ち着いてください。話はそれからでも遅くはありません」
俺が恭しく差し出すと、ゴリオ部長はピタリと動きを止め、大きな手でバナナを受け取ると、器用に皮をむいて美味そうに食べ始めた。そして満足げに頷き、席に戻っていった。第二関門、突破。

最後に、それまで沈黙を保っていた夜見専務が、首をぐりんと180度回転させて俺を見た。小さな眼鏡の奥の瞳が、俺の魂の奥底まで見透かしているようだ。
「ホー……」
「専務より『君の弱点は何かね?』とのことです」
これは難しい質問だ。正直に答えるべきか?俺は専務の丸い瞳をじっと見つめ返した。フクロウは夜行性……これだ!

「私の弱点は、夜更かしが苦手なことです。夜に強いフクロウである専務とは正反対かもしれません。しかし、その分、朝には誰よりも強く、万全のコンディションで業務を開始できると自負しております!」

俺の回答に、夜見専務は「ホー、ホー…」と二度鳴き、満足そうに目を細めた。やった。完璧な回答だったに違いない。

面接が終わり、別室で待っていると、先ほどの秘書さんがやってきた。
「佐藤様、おめでとうございます。内定です。社長が大変お気に召したご様子で、『あいつは俺の右腕にする!』と申しておりました」

天にも昇る気持ちだった。ついに、俺にも春が来たのだ。

そして初出社の日。俺はピカピカの革靴で社長室の扉をノックした。
「入れ」という低い声(たぶんレオ社長のグルル…という鳴き声)を聞き、意気揚々と中に入る。
「社長、新入社員の佐藤です!本日より、社長の右腕として粉骨砕身働きます!」
すると、レオ社長は巨大なデスクから立ち上がり、俺の目の前にゴロンと寝転がった。そして、腹を天に向けて見せる。
「……社長?」

困惑する俺に、秘書さんが巨大な金属製のブラシを手渡しながら、にっこりと微笑んだ。
「佐藤さん、配属先は『社長室付お世話係』です。社長の右腕としての最初の仕事は、社長のブラッシングですよ。さあ、存分に腕を振るってください」

俺の輝かしいキャリアプランが音を立てて崩れていく。しかし、目の前で気持ちよさそうに喉を鳴らす巨大な猫科動物を前に、俺は覚悟を決めた。

「承知いたしましたッ!」

俺は動物園バイトで鍛え上げた超絶技巧のブラシさばきで、日本一の猛獣、いや、社長を満足させるべく、ブラシを握りしめた。俺の社会人生活は、始まったばかりだ。

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