夏休みの退屈は、まるで底なし沼のようだった。埃っぽい屋根裏で、僕は亡くなった祖父の遺品整理を手伝っていた。古い本、ガラクタ同然の置物、そしてカビ臭い服の山。そんなものに埋もれて、僕の心もどんよりと曇っていた。
その時だ。山の奥から、ずっしりと重い木箱が顔を出した。鍵はかかっておらず、軋む蓋を開けると、中にはビロードの布に包まれた奇妙なコンパスが一つだけ鎮座していた。真鍮製のそれは、月明かりを吸い込んだように鈍く輝き、針の代わりに小さな星の飾りがついていた。
「なんだ、これ…」
箱の底には、もう一つ。丸められた羊皮紙だ。広げてみても、古びたシミが広がっているだけで、地図はおろか、文字一つ見当たらない。がっかりして羊皮紙を放り出そうとした瞬間、持っていたコンパスが手から滑り落ち、偶然にも羊皮紙の上に転がった。
信じられないことが起きた。
コンパスの星が眩い光を放ち始めたのだ。まるで自らの意思を持ったかのように、星は高速で回転し、その光の軌跡が羊皮紙の上を走る。するとどうだろう。今までただのシミにしか見えなかった場所に、インクではありえない、まるで星屑を溶かしたような青白い線が、すぅっと浮かび上がってきたのだ。
息を呑む僕の目の前で、それは一枚の壮大な地図へと姿を変えていった。描かれているのは、見たこともない星座、知らない海、そして渦巻く銀河。それは宇宙の地図のようでもあり、神話の世界のようでもあった。
僕は恐る恐る、その光る地図に指を伸ばした。指先が触れた瞬間、僕の全身を、今まで聴いたこともない音楽が駆け抜けた。
それは、ピアノでもバイオリンでもない。風の囁きと、星の瞬きと、打ち寄せる波の音を束ねて、一本の旋律にしたような、透き通った音色だった。悲しいのに温かく、懐かしいのに新しい。魂が、その根っこから震えるような感覚。僕の頬を、いつの間にか一筋の涙が伝っていた。
これが、感動か。
世界はこんなにも美しい音で満ちていたのか。退屈な日常も、埃っぽい屋根裏も、すべてがこの瞬間のためにあったのだと思えた。地図には、震えるような光の文字でこう記されていた。『始まりの音が眠る場所へ』
祖父はただの物静かな老人ではなかった。きっと、この音を追い求める冒険家だったんだ。そして今、このコンパスと地図を僕に託してくれた。
心臓が、破裂しそうなほど高鳴る。ワクワクするって、こういうことか。
僕は地図とコンパスをしっかりと胸に抱き、屋根裏部屋の小さな窓を開けた。眼下に広がるいつもの街が、まるでこれから始まる大冒険の舞台のようにキラキラと輝いて見えた。
「じいちゃん、僕、行ってくるよ」
まだ誰も聴いたことのない、あの音を探しに。僕だけの宝探しの旅が、今、始まる。夜空には、僕を導くように、満点の星が瞬いていた。
星降る夜のコンパス
文字サイズ: