カラーレス・ラブ

カラーレス・ラブ

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私、水野咲には秘密がある。人の恋愛感情が、オーラのような「色」として見えるのだ。

キャンパスを歩けば、そこはケバケバしい色の洪水。後輩を狙う先輩からは下心丸出しの濁った紫、付き合いたてのカップルからは目に痛いほどのショッキングピンク。キラキラした運命の金色なんて、少女漫画の中にしか存在しない。おかげで私の恋愛観はすっかりドライ。だって、告白の言葉の裏に浮かぶ色が、打算の灰色だったりするのを何度も見てきたのだから。

そんな私の世界に、その日、バグが起きた。

講義室のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできた転入生。黒髪がサラリと揺れ、色素の薄い瞳がどこか遠くを見ている。誰もが振り返るような綺麗な顔立ち。彼の周りには、当然のように女子学生たちの好奇心に満ちた淡いピンク色が舞っていた。けれど、肝心の彼自身は?

……何もない。

まるで彼という存在だけが切り抜かれたように、色が、ない。無色透明。そんなこと、あり得る?

彼の名は黒瀬湊。私の退屈な日常に投じられた、初めての疑問符だった。

運命のいたずらか、彼が私と同じ写真サークルに入部してきたことで、私たちは話す機会を得た。
「水野さんは、何を撮るのが好きなんだ?」
ファインダーを覗く彼の真剣な横顔から、私は必死に色を探す。でも、やっぱり何も見えない。
「……人の、一瞬の表情、とか」
「へえ。面白そうだな」
彼はふわりと笑った。その笑顔に、私の胸の奥がキュンと鳴る。まずい。自分から、桜色のオーラが立ち上り始めているのが見える。

彼を知ろうとすればするほど、私は自分のオーラがピンクから赤へと濃度を増していくのを感じた。それなのに、彼の心は依然としてモノクロームの世界。焦りと期待が入り混じる。もしかして、彼は私のことなんて、これっぽっちも意識していない? それとも、この能力でも見えない、全く新しい感情があるっていうの?

転機は、海辺での撮影会で訪れた。湊くんが被写体に選んだのは、古びた白い灯台だった。彼はじっとそれを見つめている。その時だった。彼の周りに、一瞬だけ、深い、深いブルーのオーラが揺らめいた。それは悲しみの色。恋愛の色じゃない。

「あの灯台に、何かあるの?」
私はたまらず尋ねた。彼は少し驚いたように私を見ると、寂しそうに目を伏せた。
「……昔、好きな人がいたんだ。ここで、僕のせいで彼女の心を壊してしまった」

その夜、私は決心して湊くんを呼び出した。震える声で、自分の能力について全てを打ち明けた。
「私には、人の恋する気持ちが色で見えるの。でも、湊くんだけは、何も見えない。……あの灯台で、悲しい青色が見えるまでは」

彼は驚かなかった。ただ、静かに頷いた。
「やっぱり、そうか。君は、見える人だったんだな」
そして、彼は自分の秘密を語り始めた。彼にもまた、特殊な能力があるのだと。
「僕は、他人の強い感情を吸収して、無にしてしまう。あの日、事故に遭いそうになった彼女を守ろうと強く願った瞬間、能力が暴走した。彼女は無事だったけど……彼女の中から、僕への愛情が、綺麗さっぱり消えてしまったんだ。それ以来、僕は誰とも深く関わるのが怖くなった」

だから、色が見えなかったんだ。私のピンクや赤のオーラも、彼に会うたびに吸い取られて、消えてしまっていたなんて。

「じゃあ、私のこの気持ちも、いつか……」
「うん。僕のそばにいれば、君の気持ちもいずれ消える。だから、離れた方がいい」
彼の言葉は、優しくて、残酷だった。でも、私はもう決めていた。

「嫌だ」

私は彼の胸に飛び込んだ。
「色がなくなってもいい。湊くんが私の気持ちを忘れさせても、私がまた、何度でも好きになるから。だから、そばにいさせて」

強く彼を抱きしめる。私から放たれる情熱の赤いオーラが、渦を巻いて彼に吸い込まれていくのが見えた。ああ、これで私の恋も終わるんだ。

そう思った、次の瞬間。

奇跡が起きた。

私の赤を吸い尽くしたはずの湊くんの体から、ふわりと、柔らかな光が溢れ出したのだ。それは単色じゃない。赤、青、黄色、緑……いくつもの色が優しく混じり合った、美しい虹色のオーラだった。

「……あったかい」
湊くんが、驚いたように呟く。彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「君の気持ちが、僕の中で消えない。混ざり合って、新しい色になった……」

私の能力は「見る」だけ。彼の能力は「消す」だけ。でも、二つが出会った時、それは「分かち合い、新しいものを生み出す」力に変わったのだ。

私たちは、どちらからともなく顔を寄せ、そっと唇を重ねた。もう、色なんて見えなくたっていい。だって、彼の温もりが、鼓動が、世界で一番確かな答えを教えてくれていたから。

私のモノクロームだった世界に、彼という名の虹が架かった瞬間だった。

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