神々の生徒会選挙

神々の生徒会選挙

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退屈だった。高槻蓮(たかつきれん)の高校生活は、その一言に尽きた。窓の外では桜が惰性で舞い、教室内では教師の単調な声が眠気を誘う。ここ、翠明館学園は県内屈指の名門校だが、蓮にとっては灰色の日々を閉じ込める、ただの大きな箱でしかなかった。

その灰色の日常に、僅かな亀裂が入ったのは、全校集会での生徒会長選挙の告示だった。翠明館の生徒会選挙は、学園最大のイベントとして異様な熱気を帯びる。歴代会長は卒業後、政財界や学術分野で若くして頂点に立つというジンクスがあり、立候補者は毎年、神にでも愛されたかのような完璧超人ばかりだった。

「なあ蓮。今年の選挙、ヤバいことになるぜ」

隣の席の相田航(あいだわたる)が、タブレットをタップしながら囁いた。彼は自称「学園インテリジェンス部」の唯一の部員で、その情報収集能力は教師陣すら凌ぐと噂されている。

「どうせまた、カリスマと天才の殴り合いだろ」

蓮が気のない返事をすると、相田はニヤリと笑った。

「今年の立候補者は二人。現生徒会副会長にして学園の女王、橘莉央(たちばなりお)。そして、彗星の如く現れた謎の転校生、黒瀬圭(くろせけい)。光と影、まさに頂上決戦だ」

最初の事件は、橘莉央の立候補演説で起きた。

「私が目指すのは、全ての生徒が輝ける、調和の取れた翠明館です!」

体育館に響き渡る、鈴を転がすような、しかし不思議な説得力を持つ声。聴衆の誰もが彼女の言葉に引き込まれ、恍惚とした表情を浮かべていた。蓮ですら、その声には抗いがたい何かを感じていた。

その時だった。突如、体育館の窓が開き、強風が吹き荒れた。演説台の巨大な校旗が煽られ、莉央めがけて倒れかかる。

悲鳴が上がる中、誰もが動けなかった。その瞬間、影が動いた。

壇上の隅に立っていた、もう一人の立候補者、黒瀬圭だ。漆黒の髪をなびかせた彼は、常人には不可能な速度で莉央の前に回り込むと、倒れてくる巨大な旗竿を、いとも容易く片手で受け止めたのだ。

シン、と静まり返る体育館。蓮は見た。黒瀬が莉央を一瞥した瞬間、その瞳が怜悧な青い光を放ったのを。それは、決して人間の持つ光ではなかった。

「おかしいと思わないか? 橘先輩の演説には人を惹きつける異常な力がある。黒瀬の身体能力は人間じゃない。あれはもはや『異能』だ」

放課後の空き教室で、相田が興奮気味に語る。彼のハッキングで得たというデータによれば、翠明館の歴代生徒会長は、在学中に必ず何らかの「奇跡」を起こしていた。

「この学園、そして生徒会選挙には、何か裏がある。俺たちの知らない、とんでもない秘密が」

蓮と相田は、禁断の領域に足を踏み入れた。夜の学園に忍び込み、理事長室の古文書を盗み見たのだ。そこに記されていたのは、およそ信じがたい事実だった。

翠明館学園は、世界の均衡を保つための「調停者」を育成する機関。学園の地下深くには、古より存在する超知性体『叡智の源泉』が眠っている。生徒会長に選ばれた者は、その『源泉』にアクセスし、未来の出来事すら予見する力を得るという。

そして、生徒会選挙とは、その資格を持つ者を選ぶための神聖な儀式。立候補者は、異能を受け継ぐ一族の代表であり、選挙戦は彼らの能力をぶつけ合う「代理戦争」なのだ。

橘莉央は、言葉で事象を操る『言霊』の一族。黒瀬圭は、身体能力を極限まで高める『強化』の一族の末裔。

「……なんてこった」

蓮は眩暈を覚えた。退屈だったはずの世界が、足元から反転していく。

選挙戦は激化した。莉央が演説をすれば、生徒たちは熱狂的な支持者と化す。黒瀬が運動部を訪れれば、部員たちは彼の神業のような動きに心酔する。それはもはや、選挙ではなく超常現象の応酬だった。

そして、最終演説会の日。学園は第三の勢力に襲われた。『叡智の源泉』を独占し、世界を混沌に陥れようとする、異能テロリスト集団だ。黒尽くめの男たちが学園を占拠し、生徒たちを人質に取る。

「『源泉』への道を開けろ。さもなくば、この学園は火の海となる」

リーダー格の男の言葉に、誰もが絶望した。

その時、二つの影が動いた。莉央と黒瀬だ。

「私の学園を好きにはさせない!」

「……邪魔だ」

二人は互いを睨みつけながらも、共闘を開始した。莉央の『言霊』がテロリストの連携を乱し、黒瀬の『強化』された肉体が彼らを打ち倒していく。

だが、敵の数が多い。じりじりと追い詰められていく二人。

蓮は、物陰からその光景を呆然と見ていた。何もできない自分が歯がゆい。退屈を望んでいたはずなのに、今は無力な自分が猛烈に嫌だった。

その時、蓮の頭脳が猛烈な速度で回転を始めた。莉央の能力の有効範囲、黒瀬の移動速度、テロリストの配置、建物の構造、利用可能な設備……無数の情報が脳内で繋がり、一つの最適解を弾き出す。

「これだ……!」

蓮は物陰から飛び出した。

「橘先輩! 黒瀬!」

驚く二人に、蓮は矢継ぎ早に叫ぶ。

「橘先輩、あなたの声は放送設備を通せば学園中に響く! 全校生徒に『三階の音楽室に集まれ』とだけ伝えて! テロリストは人質の多そうな場所に集まるはずだ!」

「黒瀬! 敵が三階に集まった瞬間、お前は手薄になった一階のリーダーを叩け! 最短ルートは西階段、二階の渡り廊下を通って一分だ!」

それは、何の異能も持たない、ただの高校生による「指示」だった。

だが、莉央と黒瀬は、その言葉に宿る異様なまでの確信と論理性に、一瞬で従うことを決意した。

莉央の声が校内に響き渡り、テロリストたちが陽動に引っかかる。その隙に、黒瀬が黒い疾風となってリーダーを急襲した。作戦は完璧に成功し、リーダーを失った集団は瞬く間に無力化された。

数日後、生徒会選挙の投票結果が発表された。当選したのは、橘莉央。しかし彼女は、壇上で意外なことを口にした。

「私はここに、新たな役職の設置を宣言します。生徒会長特別顧問。その任には、高槻蓮君を任命します」

どよめく体育館。莉央はマイクを通して、蓮にだけ聞こえるように囁いた。

「この世界を導くのに必要なのは、神の力だけじゃない。それを正しく使うための、人間の知恵よ」

隣に立つ黒瀬も、小さく頷いた。

蓮は、大きくため息をついた。灰色の日常は、もうどこにもない。目の前には、世界の運命を左右する、とてつもなく面倒で、そして最高にワクワクする舞台が広がっていた。

「……やってやろうじゃないか」

彼の呟きは、誰にも聞こえない、新たな世界の始まりの合図だった。

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