映画のエンドロールを眺めているような毎日だった。監督・高槻陸、主演・高槻陸。代わり映えのしないキャストと風景が、ただ静かに流れていくだけの退屈な青春映画。そんなふうに、俺は自分の高校二年生の夏を定義していた。
その日も、俺は時間を潰すために図書室の片隅にいた。埃っぽい書架の奥で見つけた、やけに装丁の古い博物誌。ページをめくると、一枚のザラついた紙片がはらりと落ちた。羊皮紙を模したようなその紙には、万年筆で書かれたらしい奇妙な図形と、一行の文章が記されていた。
『北極星が天頂に輝くとき、影は道を示す』
「なんだこれ、誰かのイタズラか?」
思わず声に出すと、隣で分厚い郷土史を読んでいた男、長谷川隼人が眼鏡の奥の目をキラリと光らせた。
「高槻、それ、見せろ!」
隼人は紙片をひったくるように手に取ると、食い入るように見つめた。彼は学年で五指に入る秀才だが、その知識のほとんどは、誰も興味を持たない郷土の歴史や伝説に注がれている変わり者だ。
「この紋様……間違いない。我が校の創設者、風祭先生の残した『天象儀の欠片』への地図だ!」
「てんしょうぎ?」
「未来を映し出すと言われる伝説のオーパーツさ! 創設者はとんでもない冒険家で、晩年、自らが世界中から集めた奇妙なコレクションを校内のどこかに隠したという伝説があるんだ!」
隼人の興奮とは裏腹に、俺の心は冷めていた。どうせ子供じみた宝探しごっこだ。
「何それ、面白そうじゃん!」
背後から聞こえた声に、心臓が跳ねた。振り返ると、ポニーテールを揺らしながら相沢美咲が立っていた。クラス中の視線を集める、太陽みたいな女子だ。住む世界が違うと思っていた彼女が、俺たちの会話に目を輝かせていた。
「私も混ぜてよ、その宝探し!」
こうして、退屈な日常を望む俺と、非日常に焦がれる隼人、そして面白ければ何でもいい美咲という、奇妙な冒険チームが結成された。
最初の暗号は「北極星」。隼人の知識が早速役に立った。
「旧校舎の屋上に、今は使われていない天体望遠鏡がある。その名も『ポラリス』……つまり、北極星だ!」
「じゃあ、『天頂に輝くとき』って?」と美咲が尋ねる。
「それはきっと、一年で最も北極星が高く見える日……つまり、創立記念日の夜だ!」
創立記念日は、三日後だった。計画は単純明快。その夜、学校に忍び込み、屋上から「道」を見つけ出す。ただそれだけのはずだった。
創立記念日の夜。生ぬるい風が吹く中、俺たちは用務員室の窓をすり抜け、闇に沈む校舎へと侵入した。しんと静まり返った廊下は、昼間とは全く違う表情を見せている。自分たちの足音と呼吸だけがやけに大きく響き、スリルが肌をピリピリと刺した。退屈だった日常が、ひび割れていく音がした。
軋む階段を上り、旧校舎の屋上へ続く扉を開ける。そこには、隼人の言った通り、月光を浴びて鈍く光る巨大な天体望遠鏡「ポラリス」が鎮座していた。
「よし、覗いてみるぞ」
隼人がレンズに目を当て、微調整を繰り返す。
「ダメだ、星が滲んでよく見えない……」
「貸してみて」
美咲が代わるが、結果は同じだった。最後に俺が恐る恐るレンズを覗き込む。確かに星は見えない。だが、レンズについた放射状の古い傷が、月光に照らされて、まるで一つの影のように見えた。その影が指し示しているのは……校庭に立つ、創設者の銅像だった。
「あれだ!」
俺たちは再び校庭へと駆け下りた。銅像の足元、台座の側面に、地図にあったのと同じ紋様が刻まれている。俺がそれにそっと触れると、ゴゴゴ、と低い音を立てて台座の一部が沈み込み、地下へと続く階段が現れた。
地下室は、書斎のようだった。壁一面の本棚と、中央に置かれた奇妙な機械。宝物はどこにもない。
「行き止まり、か……」
美咲ががっかりしたように呟いた。その時、俺は気づいた。床に敷き詰められたタイルの模様が、あの地図に描かれていた図形と酷似していることに。
「隼人、地図の図形、あれは模様じゃない。順番だ!」
俺の言葉に、隼人がハッとした顔で地図を広げる。図形には、ごく小さな数字が振られていた。
「高槻、お前天才か!?」
俺たちは、隼人が読み上げる順番通りにタイルを踏んでいった。一、五、三、四、二。最後のタイルを美咲が踏み込んだ瞬間、部屋の中央にあった機械が駆動音を立てて開き、中から小さな木箱が現れた。
「やった!」
美咲が歓声をあげ、箱を開ける。しかし、中に入っていたのは金銀財宝の類ではなかった。そこにあったのは、古びた一本の万華鏡と、一通の手紙だけだった。
隼人が手紙を読み上げる。
『ここまで辿り着いた若き冒険家たちへ。残念ながら、未来を映す天象儀などという大層なものは存在しない。しかし、がっかりする前に、その万華鏡を覗いてみてほしい』
俺は美咲から万華鏡を受け取り、そっと覗き込んだ。色とりどりのガラス片が、光を反射して無限の模様を描き出している。それは、決まった未来などではなく、無数の可能性そのもののように見えた。
『本当の宝とは、退屈な日常に疑問を持ち、仲間と手を取り、未知へと踏み出す君たちのその"心"そのものだ。この冒険で君たちが見つけたものこそが、人生で最も価値ある宝物なのだよ』
読み終えた隼人が顔を上げる。美咲が笑っている。俺も、自然と口元が緩んでいるのがわかった。
「なんだか、すごい宝物、見つけちゃったね」
美咲の言葉に、俺と隼人は強く頷いた。
地下室から出ると、東の空が白み始めていた。退屈だった灰色の世界が、朝日を浴びて少しずつ色づいていく。俺の青春映画は、どうやらまだエンドロールじゃなかったらしい。むしろ、最高のオープニングを迎えたところだ。
「さて、次は何を探しに行こうか!」
美咲がいたずらっぽく笑う。その横で、隼人がもう次の伝説を探す算段を始めている。俺は空を見上げ、深く息を吸った。エンドロールのその先に、こんなにもワクワクする世界が待っているなんて、昨日までの俺は知らなかった。僕らの本当の冒険は、まだ始まったばかりだ。
エンドロールのその先に
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