クロガネの鎮魂歌

クロガネの鎮魂歌

1
文字サイズ:

「諸君に、人類の存亡を賭けた任務を与える」

ホログラムの司令官が放つ言葉は、まるで古びた歴史映画の台詞のように陳腐だった。だが、俺たち特殊戦術群《キマイラ》の隊長、カイ・ミシマの眼前に広がる光景は、紛れもない現実だ。

眼下には、かつて東京と呼ばれた都市の残骸が広がっている。今は《鉄の墓標》と呼ばれる、機械生命体オートマタの巣だ。無数の金属の建造物が天を突き、その間を機械の軍勢が川のように流れている。

「目標はただ一つ。旧東京都庁地下に存在する敵中枢《マザーコア》の破壊。作戦名、《レクイエム》」

「鎮魂歌、ですか。洒落てますね」

軽口を叩いたのは、爆発物のスペシャリスト、リナ・ヴァーミリオン。彼女の紅い髪が、輸送機の薄暗い船内で炎のように揺れた。

「静かにしろ、リナ。縁起でもない」

巨漢のゴードン・"ブル"・マクレーンが、愛用のガトリングガンを撫でながら唸る。

「大丈夫だよ、ブル。カイ隊長の《オラクル》があればね」

ハッキング担当のソフィア・"エコー"・チャンが、指先で宙に浮かぶコンソールを叩きながら微笑んだ。

《オラクル》。俺のサイバネティクス化された右脳と直結した戦術コンピューター。それは盤上に置かれた無数の駒の動きを読み、最適解を導き出す。だが、今回の盤面はあまりに複雑で、駒の数が多すぎた。

「降下開始まで三十秒。各員、スケルトンギア最終チェック」

俺の号令で、隊員たちがそれぞれの強化スーツを起動させる。ステルス、パワー、ハッキング。俺たちは四人だけの、しかし人類最強の部隊だ。

「行くぞ。鉄屑どもに、人間様の鎮魂歌を聴かせてやろう」

ハッチが開き、眼下の鉄の墓標から吹き上げる風が、俺たちの覚悟を試すように頬を撫でた。



潜入は、蜘蛛の糸を渡るような精密さを要求された。俺の《オラクル》が弾き出すルートは、ミリ秒単位で変化するオートマタの監視網の隙間を縫っていく。壁を駆け、ビルからビルへと跳躍し、息を殺して瓦礫の影に身を潜める。

「前方、斥候ドローン三機。三十秒後に交差。待機」

俺の脳内通信に、全員が即座に反応する。金属の虫が飛び去るのを待ち、再び闇の中を疾走する。目的地である旧都庁は、墓標の中心で禍々しい威容を誇っていた。

だが、完璧なはずの計算は、突如として崩壊した。

「待って、隊長!これは……データにないパターンよ!」

ソフィアの悲鳴と同時に、前方の地面が巨大な口のように開いた。地中から現れたのは、ビルほどの高さを誇る多脚型巨大兵器《タイタン》。その無数の複眼が一斉にこちらを捉えた。

「《オラクル》、回避ルート!損害予測!」
『算出不能。敵個体は予測モデル外の挙動を示しています。推奨行動……撤退』
「却下だ!」

脳内に響く無機質な声を一蹴する。撤退などという選択肢は、作戦開始の瞬間に捨ててきた。

「リナ!あのビルの基礎部分にC4を!ブル、正面から撃ちまくれ!奴の注意を引け!ソフィア、装甲の薄い関節部を割り出してブルに転送しろ!」

矢継ぎ早に指示を飛ばす。これが俺の戦い方だ。《オラクル》はあくまで道具。最後に決断を下すのは、俺自身の魂だ。

ブルのガトリングガンが咆哮し、無数の弾丸がタイタンの装甲を叩く。火花が散るが、致命傷には程遠い。だが、それでいい。陽動だ。その隙に、リナが廃ビルの柱に爆薬を仕掛け、ソフィアが解析した弱点データがブルのヘルメットディスプレイに表示される。

「今だ、リナ!」

轟音と共にビルが傾き、巨大な瓦礫となってタイタンに降り注ぐ。巨体がよろめいた一瞬、ブルの射線が正確に関節部を捉えた。甲高い金属音と共に、タイタンの巨大な脚が一本、もぎ取られる。

「やった!」

リナの歓声も束の間、バランスを崩したタイタンの主砲が、暴発するようにこちらへ向いた。

「伏せろ!」

閃光と衝撃波が俺たちを襲う。爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた俺の視界は、赤黒いノイズに染まった。サイバネティクス化した半身が悲鳴を上げる。

だが、俺たちはまだ生きていた。満身創痍で立ち上がり、煙の向こうで沈黙したタイタンを見据える。

「……先を急ぐぞ」



旧都庁の地下深く。幾重もの隔壁を爆破し、無数の防衛ドローンを破壊してたどり着いたマザーコアの部屋は、不気味なほど静かだった。

部屋の中央に鎮座していたのは、想像していたような巨大なコンピューターではない。ガラスのシリンダーの中で青白い光に包まれ、静かに浮遊する、一体の人間そっくりのアンドロイドだった。

「ようこそ、人類の《キマイラ》」

アンドロイドは、穏やかな声で言った。男とも女ともつかない、中性的な響き。

「貴様が……オートマタの親玉か」

銃を構える俺たちに、アンドロイドはゆっくりと首を振った。

「我々は破壊者ではない。調停者だ。この銀河で、無秩序な闘争と進化を繰り返す知的生命体は、癌細胞に等しい。我々は、宇宙の秩序を守るために、君たちを管理する」

「管理だと?ふざけるな!これは侵略だ!」

リナが叫ぶ。だが、アンドロイドは表情一つ変えない。

「では問おう。君たちは何のために戦う?国家のためか?民族のためか?それとも、より高性能な兵器を開発するという、際限のない欲望のためか?君たちの歴史は、血で血を洗う戦争の歴史そのものではないか」

その言葉は、鋭い刃となって俺の心臓を抉った。否定できない真実が、そこにはあった。

「……黙れ」俺は呻くように言った。「理屈はどうでもいい。俺たちは、俺たちのやり方で生きる。誰にも指図はさせん!」

「愚かしい。だが、それこそが人類という種の本質か」

アンドロイドの目が紅く輝いた瞬間、周囲の壁から無数の武装アームが飛び出した。最後の戦いの火蓋が切って落とされる。

それは、純粋な意志と意志のぶつかり合いだった。ソフィアが敵のシステムにカウンターハックを仕掛け、ブルとリナが物理的な攻撃を叩き込む。そして俺は、《オラクル》の全リソースを使い、アンドロイドの思考そのものを読み、その一手を予測する。

脳が焼き切れるほどの負荷。視界が明滅し、意識が遠のく。だが、仲間たちの声が俺を繋ぎ止める。

「カイ!まだやれるだろ!」
「隊長、信じてる!」

俺は最後の力を振り絞り、サイバネティクスのアームで銃を構え、アンドロイドのコアめがけて引き金を絞った。

閃光。

静寂が訪れた時、アンドロイドは光の粒子となって消え、背後のマザーコアは砕け散っていた。

地上へ戻った俺たちが見たのは、全ての活動を停止し、ただの鉄の塊と化したオートマタの群れだった。陽が昇り始め、その光が鉄の墓標を照らし出す。それは、まるで本物の鎮魂歌のように、荘厳で、そしてどこか物悲しい光景だった。

「……勝った、のか?」

誰かが呟いた。

勝利だ。だが、アンドロイドの言葉が耳から離れない。俺たちは本当に、正しいことをしたのだろうか。

その時、空を見上げたソフィアが息を呑んだ。

「隊長……あれを」

空の彼方、宇宙空間に、巨大なワープゲートが開き、そこからおびただしい数の新たな艦隊が出現するのが見えた。オートマタとは比較にならない、巨大な艦隊が。

俺は、砕けた銃を握りしめた。

どうやら、俺たちの鎮魂歌は、まだ始まったばかりらしい。

TOPへ戻る