偽りの告白者たち

偽りの告白者たち

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重苦しい雨雲が空を覆い尽くし、外界から切り離された洋館「霧雨邸」は、まるで巨大な石の棺のようだった。私、橘朔太郎は、この館の主である美術収集家、霧雨健吾に招待された客の一人として、降りしきる雨音を聞いていた。元刑事の血が騒ぐのか、この閉鎖された空間には、初めから不吉な香りが満ちているように感じられた。

その予感は、最悪の形で現実のものとなる。
ディナーの後、霧雨氏が書斎から出てこないのを不審に思った秘書の遠藤聡氏が、皆を呼び集めた。鍵は内側からかかり、呼びかけに応答はない。やむなくドアを破壊して踏み込むと、そこには、胸に銀色のペーパーナイフを突き立てられ、巨大なマホガニーの机に突っ伏して絶命している霧雨氏の姿があった。

完璧な密室殺人。窓は全て内側から閂がかかり、唯一の出入り口であるドアも施錠されていた。嵐のせいで電話線は切れ、我々は完全に孤立していた。
館に残されたのは、私を含めて五人。
新進気鋭の画家、篠崎麗奈。霧雨氏に才能を妬まれ、不当な扱いを受けていたという。
古美術商の伊集院司。霧雨氏の強引な商売によって、何度も苦汁を飲まされてきた。
長年、彼の横暴に耐えてきた秘書の遠藤聡。
そして、莫大な遺産の相続人となる、若く美しい妻、霧雨結衣。
誰もが、霧雨氏を殺す動機を持っていた。

私が現場を検分し、皆に事情を聞こうとした、その時だった。
「わたくしですわ」
凛とした声でそう言ったのは、画家の篠崎麗奈だった。彼女は青白い顔で、しかし真っ直ぐな瞳で続けた。
「わたくしが、あの男を殺しました」
だが、彼女の告白はすぐに矛盾に突き当たった。犯行推定時刻、彼女は私や他の招待客と共にラウンジで談笑していたのだ。完璧なアリバイがある。

すると今度は、伊集院司が重々しく口を開いた。
「いや、違う。犯人は私だ。篠崎さんは私を庇っている」
しかし、彼もまた篠崎さんと同様に、ラウンジにいたことが確認されている。馬鹿げた芝居だった。二人が示し合わせたように嘘をついているとしか思えない。

混乱が広がる中、秘書の遠藤までもがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……私がやりました。長年の恨みを、晴らしたんです」
言うまでもなく、彼にも鉄壁のアリバイがあった。

三者三様のアリバイ付きの自白。彼らは一体、何を企んでいる? 私の頭脳は、かつてないほど奇妙な謎に直面していた。彼らは互いを庇っているのか? だとすれば、真犯人はこの三人の中にいる誰かなのか? あるいは、三人とは別の──。
そこで、私は気づいた。一人だけ、沈黙を守っている人物がいることに。
霧雨結衣。彼女はただ静かに、まるで演劇を鑑賞するかのように、この奇妙な告白合戦を眺めている。

私は全員を暖炉の前に集め、静かに語り始めた。
「皆さんの茶番は、もう終わりです。犯人が誰か、分かりましたから」
皆の視線が私に突き刺さる。
「犯人は、ここにいる皆さん……全員です」
一瞬の静寂の後、伊集院氏が「馬鹿なことを」と吐き捨てた。
「いいえ、馬鹿なことではありません。これは殺人事件に見せかけた、壮大な共同作業だ。違いますか?」

私は続けた。
「霧雨氏は、末期の病に侵されていた。どうせ死ぬなら、自分を憎んでいる人間に、最後の贈り物をしてやろうと考えた。彼が持ちかけたのは、恐ろしいゲームでした。『私を殺してくれ。ただし、完全犯罪を成立させること。成功した暁には、私の全財産を皆で山分けにする』と」

彼らは全員で霧雨氏の自殺を幇助したのだ。誰か一人が実行犯となれば、それは単なる殺人になってしまう。だから彼らは、誰が手を下したか特定できない方法を考え出した。おそらくはタイマーか何かを利用した装置で。そして、万が一誰かが疑われた時のために、撹乱作戦を用意した。それが、このアリバイ付きの連続自白。誰か一人に容疑がかかれば、他の全員が自白して捜査を煙に巻く。まさに、共犯者たちのための協奏曲(カノン)だ。

私の推理を聞き終えても、彼らの表情は変わらなかった。ただ、結衣夫人だけが、ふわりと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「素晴らしい推理ですわ、橘探偵。まるで小説のようですこと。……でも、残念。あなたの推理を裏付ける証拠は、どこにも存在しないのではなくて?」

その通りだった。証拠は何一つない。彼らの結束は固く、誰も真実を語ることはないだろう。

私は肩をすくめ、窓の外に目をやった。いつの間にか、あれほど激しかった雨が上がっている。雲の切れ間から、柔らかな月光が差し込み始めていた。
「ええ、証拠などありませんよ。ただの、ミステリー好きの戯言です」
私はそう言って、静かに微笑み返した。この館の謎は、永遠に霧雨の夜に閉ざされるのだ。彼らが手にした巨万の富と、罪の意識と共に。

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