銀河ハイウェイの発見者

銀河ハイウェイの発見者

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俺の仕事は、星図絵師(スター・カーター)だ。最新式の空間折り畳み航法――通称オリガミ・ドライブを搭載した小型探査船「シルフ号」を駆り、誰も足を踏み入れたことのない宇宙(そら)に航路を描く。孤独だが、悪くない稼業だった。相棒のAI「ノア」がいれば、退屈することもなかった。

「カイト、前方宙域に奇妙な重力干渉を検知。既知の天体現象とはパターンが一致しません」

ノアの冷静な合成音声が、静寂なコクピットに響く。モニターには、赤く点滅する警告サインが映し出されていた。ペルセウス腕の果て、人類の星図ではまだ真っ白な領域だ。

「デブリか? それとも未発見のブラックホールか?」
「どちらの可能性も低い。干渉源は……極めて規則的です。まるで人工物のような」
「人工物だと?」

俺は操縦桿を握り直し、シルフ号をゆっくりと前進させた。ガスの雲を抜けた瞬間、息を呑んだ。
目の前に、信じられない光景が広がっていた。

蒼白く輝く若い恒星を、巨大な「環」が取り囲んでいたのだ。
それは惑星のリングのような自然物ではない。滑らかな黒曜石のような表面を持つ、完璧な円形の建造物。直径は数億キロはあろうか。表面には、まるで電子回路のような幾何学模様が、淡い光を放ちながら明滅している。

「ノア……これ、なんだよ」
「……解析不能。素材は銀河標準データベースに存在しない超高密度合金。エネルギー反応から推定される建造年代は、最低でも三百万年以上前です」

三百万年。人類がまだ二足歩行を始めたばかりの頃だ。俺たちは、ついに見つけてしまったのだ。人類以外の知的生命体が遺した、正真正銘のオーパーツを。

「銀河連合に報告すれば、一生遊んで暮らせる富と名声が手に入るぞ、カイト」
「冗談だろ、ノア。こんなお宝を目の前にして、役人に渡してたまるか。もう少し調べる」

俺はシルフ号をリングに慎重に接近させた。そのあまりの巨大さに、自分の船がちっぽけな塵芥のように感じられる。表面の幾何学模様をスキャンしていると、ノアが声を上げた。

「カイト、拡大図を見てください。この模様、何かに似ていると思いませんか?」

モニターに映し出された模様は、無数の光点が線で結ばれた複雑なネットワークだった。俺は、毎日見ているそれに、すぐにピンときた。
「……星図だ。これ、銀河の星図じゃないか?」
「正解です。しかも、我々が今いるこの星系が、全体の中心に描かれています」

まるで、ここが「現在地」だと示しているようだ。興奮で心臓が早鐘を打つ。さらに調査を進めると、リングの一部に巨大な窪みが見つかった。ドッキングポートだろうか。その中心には、星図の模様を立体的に再現したような、不思議なコンソールが鎮座していた。

「おいおい、まるで『ここを押してください』って言ってるみたいじゃないか」
「危険です。どんなトラップが作動するか分かりません」
ノアの警告はもっともだった。だが、目の前の謎は、俺の中の冒険家の魂を燃え上がらせていた。

俺はある仮説を立てた。このリングが銀河の星図なら、このコンソールは行き先を指定するナビゲーションシステムなのではないか? そして、この窪みは……。
「ノア、シルフ号の船体認証コードを、光通信でコンソールに送信してくれ」
「何を考えているのですか? 我々の船のコードは、この星系における我々の『座標』そのものです。それを入力するなんて……」
「いいからやれ! 俺の勘が、そうしろって言ってるんだ」

数秒の沈黙の後、ノアは「……了解。自己責任でお願いしますよ」と呆れたように呟き、コードを送信した。

その瞬間だった。

コンソールが眩い光を放ち、足元の巨大なリング全体が共鳴するように振動を始めた。表面の幾何学模様が、滝のように流れ始める。そして、リングの内側の空間が、まるで水面のように揺らぎ、ぐにゃりと歪んだ。

目の前に、巨大なトンネルが出現した。
トンネルの壁は、何百万もの星々が砕けて万華鏡になったかのように、七色の光を放ちながら渦を巻いている。その奥は、銀河の遥か彼方へと続いているように見えた。

「これは……ワームホール? いや、違う……空間そのものを繋ぎ合わせている……」ノアの声が、驚愕に震えていた。「カイト、これは……銀河系全体を結ぶ、超巨大な交通網です。オリガミ・ドライブなど、赤子の玩具に等しい超技術だ」

銀河ハイウェイ。
俺の頭に、その言葉が浮かんだ。これを作った古代人は、銀河を庭のように駆け巡っていたに違いない。そして、彼らはいなくなった今も、このハイウェイだけが、発見者を待っていたのだ。

「報告すれば、あなたは歴史の教科書に載る英雄です。ですが、このゲートに飛び込むことは、自殺行為に等しい」

ノアの言葉は、もう俺の耳には届かなかった。目の前には、誰も見たことのない道が無限に広がっている。富も名声もいらない。俺が欲しいのは、この道の先にある景色だけだ。

俺はニヤリと笑い、操縦桿を固く握りしめた。

「ノア、一番景色のいい席を用意してくれ。銀河ハイウェイを、一番乗りでドライブと行こうぜ」

警告も制止も振り切り、俺はシルフ号のエンジンを全開にした。小さな探査船は、光の奔流へと吸い込まれていく。
視界が、未知の色彩と星々の輝きで満たされた。俺たちの本当の冒険が、今、始まった。

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