悠久のゆりかご、刹那の箱庭

悠久のゆりかご、刹那の箱庭

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第一章 瞬きと石ころ

「ねえ、エルフってさ、昼寝するだけで季節が変わるって本当?」

少年の声は、割れたガラスみたいに甲高くて、耳障りだった。

私は膝の上の本から目を離さず、あくびを噛み殺す。

「エルフじゃないわ。ハイ・エンシェント。それに、季節が変わるんじゃなくて、君たちが勝手に老いていくだけよ」

「ふうん。じゃあさ、俺が大人になるまで待っててよ」

顔を上げると、泥だらけの頬をした少年――レオが、にひひと笑っていた。

手に持っているのは、歪な形の石ころ。

いや、よく見ると歯車だ。錆びついた鉄屑を磨いたものらしい。

「これをどうするの?」

「時計を作るんだ。絶対に壊れない、永遠に動く時計」

「永遠なんてないわ。この星だって、いつか冷えて固まる」

「あるよ。俺が作るから」

レオは自信満々に鼻を鳴らす。

彼の瞳の中には、私の知らない種類の炎が燃えていた。

それは、たった数十年しか生きられない種族特有の、焦燥と希望が混ざり合った色。

「期待しないで待ってるわ」

「おう! 約束な!」

レオは走り去った。

その背中が、陽炎のように揺れる。

私は少しだけ瞼が重くなるのを感じた。

ここのところ、大気の成分が変わったせいか、眠気が強い。

「少しだけ……」

木陰に背中を預け、目を閉じる。

人間の時間で言えば、ほんの数時間。カップラーメンが出来上がるのを待つような感覚。

私の意識は、蜂蜜のような微睡みの底へと沈んでいった。

第二章 錆びた英雄

目を開けると、空の色が変わっていた。

鮮やかな青だった空は、少しだけ紫がかり、灰色の雲が低く垂れ込めている。

「……あら?」

背中を預けていた木がない。

いや、あるにはあるが、枯れて石のように化石化している。

周囲を見渡す。

レオが走り去ったあの獣道は、今はアスファルトで舗装され、空を突き刺すような鋼鉄の塔が林立していた。

蒸気の音がする。シュー、ガシャン。シュー、ガシャン。

「おい、あそこで誰か寝てるぞ!」

「伝説の『眠り姫』だ! 本当にいたんだ!」

騒がしい声と共に、警備兵のような男たちが集まってくる。

彼らの服は洗練された化学繊維で、手には雷を放ちそうな杖――あるいは銃――を持っていた。

「……うるさいわね。今、何時?」

私が身を起こすと、群衆がざわめき、道が開いた。

その奥から、車椅子に乗った一人の老婆が進み出てくる。

顔立ちは知らない。けれど、その瞳の奥にある炎の色だけは、見覚えがあった。

「お待ちしておりました、始祖様」

老婆は震える声で言った。

「始祖?」

「レオナルド様の遺言です。『あいつが起きたら、これを渡せ』と」

老婆が差し出したのは、手のひらサイズの箱だった。

古びているが、手入れが行き届いている。

「レオナルド……レオ?」

「私の曽祖父にあたります。彼は生涯をかけて、この都市の基礎設計を完成させました。あなたに見せるために」

曽祖父。

あの泥だらけの少年が?

箱を開ける。

中に入っていたのは、あの時の歯車だった。

ただし、今は複雑な機構の一部として組み込まれ、微かな音を立てて回転している。

チク、タク、チク、タク。

「彼は……」

「九十二歳で亡くなりました。最後の日まで、あなたの目覚めを待って、この広場のベンチに座っていましたよ」

胸の奥が、チクリと痛む。

私にとっては「うたた寝」。

彼にとっては「生涯」。

その残酷なまでの速度差に、めまいがした。

「そう。……早かったのね」

「ええ。人間の一生は、あなた様の瞬きほどですから」

老婆は寂しげに笑った。

その笑顔の皺の一つ一つに、私が寝ている間に過ぎ去った歴史が刻まれている。

私は歯車の箱を握りしめた。

まだ、レオの体温が残っているような気がした。

第三章 静寂の海

次に目が覚めたとき、音という音が消えていた。

空はどす黒い赤色に染まっている。

太陽が膨張し、地平線の半分を覆い尽くしていた。

「……暑い」

肌を焼くような熱気。

立ち上がると、パラパラと何かが崩れ落ちた。

私が着ていた服だ。風化して、塵になってしまった。

私は全裸のまま、赤茶けた大地に立つ。

ビルも、道路も、蒸気機関も、何もない。

ただ、赤砂の砂漠が広がっているだけ。

「誰も、いないの?」

声を出しても、返事はない。

風の音さえしない。

文明は終わったのだ。

あの騒がしくて、愛おしい、短命な生き物たちは、もういない。

「結局、永遠なんて作れなかったじゃない」

私は独りごちる。

手の中には、あの箱だけが残っていた。

奇妙なことに、この箱だけは錆び一つなく、新品のように輝いている。

チク、タク、チク、タク。

音だけが、この死んだ世界で響いている。

その時、箱がカチリと鳴り、ホログラムが展開された。

『よお、寝坊助』

空中に浮かび上がったのは、あの日のレオだった。

泥だらけの顔。にひひという笑い顔。

『これが再生されてるってことは、人類はもう滅んでるか、星を脱出した後だな』

「……レオ?」

『お前さ、自分が何者か、知ってるか?』

映像の中のレオが、真剣な眼差しになる。

『お前は、エルフでも魔法使いでもねえ。お前は、俺たち人類が作った、最初で最後の【恒星間移民船】の生体中枢(バイオ・コア)だ』

思考が停止する。

私が、船?

『俺たちの文明は、お前を作るためだけに発展したんだ。お前の肉体を維持し、脳を育て、この星が死ぬときに旅立たせるために』

映像が切り替わる。

かつての都市の設計図。

それは都市ではない。巨大なエンジンの回路図だった。

私が眠っていたあの場所は、コックピット。

『俺が作りたかった時計は、お前の心臓だ。……俺たちは死ぬけど、お前の中に、俺たちの歴史、芸術、歌、くだらない喧嘩の記録……全部詰め込んだ』

レオが、照れくさそうに鼻をこする。

『俺の人生は、お前にとっての一瞬かもしれない。でも、その一瞬が集まって、お前という永遠を作ったんだ』

地響きがする。

赤い大地が割れ、地下から巨大な金属の船体が露わになる。

その輝きは、かつてレオが磨いていた歯車と同じ色をしていた。

『行ってくれ。次の星へ。そして、誰かに伝えてくれ。「昔、馬鹿な人間たちがいて、必死に生きていた」ってな』

ホログラムが消える。

私の目から、液体が溢れ出した。

涙。

生体部品としての機能ではない。

これは、彼らが私に与えた、最後の「機能」。

「……馬鹿ね」

私は箱を胸に抱き、操縦席へと座る。

「永遠なんて、一人じゃつまらないじゃない」

エンジンが咆哮を上げる。

彼らが何千年もかけて積み上げたエネルギーが、私を押し上げる。

重力が消失する。

赤く膨れ上がった太陽が、遠ざかっていく。

私は一人ではない。

私の血液の中に、細胞の一つ一つに、彼らの生きた証が刻まれている。

「行きましょう、レオ」

私は星の海へと舵を切る。

長く、終わりのない旅の始まり。

それは、私の主観時間で言えば、ほんの少しの散歩に過ぎないのだから。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 見た目は10代の少女だが、数万年を生きる「ハイ・エンシェント」。極度の時間感覚のズレ(タキサイキア現象の極致)を持ち、数百年を数時間の感覚で過ごす。常に気怠げだが、それは周囲の変化が早すぎて脳の処理をセーブしているため。
  • レオ: 冒頭に登場する人間の少年。エララに恋をし、彼女のために「永遠の時計」を作ると約束する。実は優秀な技術者であり、彼の血族(および人類全体)が、世代を超えてエララのメンテナンスと「完成」を担うことになる。

【考察】

  • 主観時間の相対性: 本作の核となるテーマ。エララにとっての「微睡み」が、人類にとっての「歴史」となる対比構造。読者はエララの視点を通すことで、文明の興亡をあたかも早回しのビデオのように体験する。
  • 「時計」のメタファー: レオが渡した歯車は、単なる機械部品ではなく、エララ(宇宙船)の起動キーであり、彼女に「心(人間性)」を与えるためのラストピースであった。
  • 神と信者、あるいは母と子: 人類はエララを「神」として崇めたが、実際には彼女こそが人類(親)によって生み出された「子供」であったという逆転構造が、ラストの感動を呼ぶ仕掛けとなっている。
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