第一章 偽りの初夜と銀の檻
重厚な樫の扉が、軋みひとつ立てずに閉ざされた。
天蓋付きの豪奢なベッド。シルクのシーツ。
部屋を埋め尽くす薔薇の香りでさえ、私の震えを止めることはできない。
リリア・クロフォード。
それが私の名だ。
だが、今夜、この部屋で待つべき女主人は私ではない。
私の美しき異母姉、ロザリアであるはずだった。
「……遅いな」
低い、地を這うような声。
心臓が早鐘を打つ。
振り返ると、そこには「氷の公爵」と恐れられる男、クラウス・フォン・ベルンシュタインが立っていた。
月光を吸い込んだような銀髪。
獲物を射抜くアイスブルーの瞳。
彼が纏う軍服のボタンを、一つ、また一つと外していく音が、処刑のカウントダウンのように響く。
「準備はできているか、花嫁」
私は声を出すこともできず、ただ身を縮こまらせた。
(バレたら殺される……いや、家ごと取り潰しだわ)
父と義母に泣きつかれ、無理やり押し込められたこの身代わり婚。
震える膝をドレスの中に隠し、私は床に平伏した。
「も、申し訳ございません……っ! 私は……私はロザリア姉様では……」
「顔を上げろ」
命令は絶対だ。
恐る恐る視線を上げると、彼はすでに目の前にいた。
革手袋を外し、その大きな掌が私の頬を包み込む。
冷たいと思っていたその手は、驚くほど熱を帯びていた。
「……っ」
親指が、私の唇をなぞる。
ざらりとした指の感触に、背筋が粟立つ。
「知っている」
「え……?」
「お前がロザリアではないことなど、最初から知っていると言ったんだ。リリア」
予想外の言葉に、思考が停止する。
彼は私の腰を引き寄せ、逃げ場を奪うようにベッドへ押し倒した。
覆いかぶさる屈強な体躯。
逃げようともがくが、鋼のような腕に閉じ込められ、身動きが取れない。
「な、なぜ……?」
「なぜ、だと?」
クラウスの瞳が妖しく細められる。
彼は私の首筋に顔を埋め、深く、長く息を吸い込んだ。
「ああ……やはり、この香りだ」
「ひっ……!」
耳元に吹きかけられる熱い吐息。
全身の力が抜け、ぐらりと視界が揺れる。
「俺が欲しかったのは、派手なだけの姉ではない。その身に『銀の魔力』を秘めた、虐げられた妹の方だ」
彼の唇が、私の耳朶を甘噛みする。
電流が走ったような衝撃に、私は短く悲鳴を上げた。
「身代わりなどという茶番を演じさせたのは、お前を正当に奪うためだ。リリア、今夜からお前は俺のものだ。髪の先から足の指まで、すべてな」
第二章 剥がされる理性
「いや……っ、だめ、です……!」
抵抗の言葉とは裏腹に、私の身体は熱を帯び始めていた。
クラウスの手が、純白のドレスの上を這う。
コルセットの紐が、彼の手によって容赦なく解かれていく。
「何を拒む? お前の身体も、それを望んでいるように見えるが」
「ち、ちがい……ます……」
「嘘をつくな」
バリッ、と鈍い音がして、ドレスが肩から滑り落ちる。
夜気に晒された肌が粟立つが、すぐに彼の手のひらがその冷たさを塗り替えていく。
「あ……っ!」
執拗な愛撫。
敏感な脇腹をくすぐるように、這うように指が動く。
今まで誰にも触れられたことのない秘められた場所を、彼はまるで地図を確かめるように丹念に蹂躙していく。
「美しい……。月光に透けるような白磁の肌だ」
彼は感嘆の声を漏らしながら、私の鎖骨に熱い口づけを落とした。
ちゅ、という水音が静寂な寝室に響く。
その淫靡な音に、羞恥心で顔が沸騰しそうだ。
「公爵、さま……これ以上は……」
「クラウスと呼べ。……命令だ」
拒絶を許さない強い視線。
しかし、その奥にはドロリとした暗い情欲が渦巻いている。
彼の大きな手が、薄いシュミーズ越しに私の胸の膨らみを捉えた。
「ぁッ……!」
優しく、それでいて逃さないように。
指先が頂点を掠めるたび、脳髄が痺れるような甘い感覚が突き抜ける。
「いい声だ。もっと聞かせてくれ」
彼は楽しげに囁き、さらに指に力を込める。
抗えない。
長年、実家で「無価値」と罵られ、感情を殺して生きてきた。
けれど今、この男の手によって、私の奥底に眠っていた「女」が引きずり出されていく。
「お願い……許して……」
「許す? 何をだ? 気持ちよくなっていることをか?」
彼の唇が、胸元へと降りていく。
布越しに与えられる熱い刺激に、私はシーツをきつく握りしめた。
「もう、理性など捨てろ。俺の前では、ただの雌になればいい」
第三章 蜜月の深淵
衣服はすでに床に散乱していた。
生まれたままの姿を晒し、私はクラウスの腕の中で喘いでいた。
「あぁ……っ、熱い、です……クラウス、さま……!」
「そうだ、もっと呼べ。俺の名を刻み込め」
彼の逞しい身体が、私の繊細な肢体を割り入る。
直接的な結合よりもさらに濃密な、肌と肌の擦れ合い。
彼の硬質な筋肉と、私の柔らかな肉が密着し、溶け合うような錯覚に陥る。
「リリア、お前のその魔力が……俺を狂わせる」
私の持つ『銀の魔力』は、他者の興奮や殺気を鎮める力があると言われていた。
だが、彼に対しては逆効果なのかもしれない。
鎮めるどころか、彼の本能に火を点け、獣のような獰猛さを呼び覚ましている。
「んっ、ぁあ……っ!」
彼の指が、蜜に濡れた秘所を割り開く。
準備などとうに完了していた。
溢れ出る愛液が、彼の指を絡め取る。
「こんなに濡らして……。口では嫌がっても、ここは正直だな」
「そんな……こと、言わないで……っ」
羞恥で涙が滲む。
けれど、その涙さえも彼は舌で拭い去り、甘美な毒のように味わった。
「受け入れろ。俺のすべてを」
彼が体重をかけ、ゆっくりと、しかし確実に私の最奥を目指して侵略を開始する。
「~~っ!!」
異物が満ちていく感覚。
身体が裂けるような衝撃と同時に、それを上回る圧倒的な充足感が押し寄せる。
苦しいほどに満たされる。
私の存在のすべてが、彼によって塗り潰されていく。
「きついな……。だが、極上だ」
彼は私の腰を掴み、自身の欲望を深々と埋め込んだ。
二つの魂が混ざり合う瞬間。
視界が真っ白に弾け、私は自分が誰なのかさえ分からなくなった。
ただ、波のように押し寄せる快楽の奔流に、木の葉のように翻弄されるだけ。
「あ、あっ、あぁぁッ……!」
部屋中に響く、自分でも信じられないような艶めかしい声。
クラウスはそれを聞き届けると、堰を切ったように激しく動き始めた。
何度も、何度も。
深い場所を打ち据えられるたびに、私の理性の欠片が飛び散る。
「愛している、リリア。お前は俺だけのものだ」
耳元で囁かれる独占欲の塊。
それは呪いの言葉のようで、けれど今の私には、どんな甘い言葉よりも心地よく響いた。
第四章 檻の中の幸福
激しい嵐が過ぎ去った後。
朝の光が、乱れたシーツと私たちの肌を照らし出していた。
全身が気だるく、指一本動かすのも億劫だ。
けれど、腰に回されたクラウスの腕は、眠っている間も決して緩むことはなかった。
「……目が覚めたか」
微睡みの中で彼が問う。
その声は昨夜の獣のような響きではなく、どこか満足げで、甘い。
「……はい」
「身体は痛むか?」
「少し……」
彼は愛おしそうに私の髪を梳き、額にキスを落とした。
「すまなかったな。加減するつもりだったが、お前が魅力的すぎるのが悪い」
悪びれもせず言う彼に、私は呆れるよりも先に胸が高鳴ってしまった。
「リリア」
彼は真剣な眼差しで私を見つめた。
「実家の借金はすべて俺が肩代わりした。お前の両親には、十分な手切れ金を渡してある」
「え……?」
「つまり、お前にはもう帰る場所はないということだ。この屋敷が、この腕の中だけが、お前の生きる世界だ」
それは、あまりにも残酷な宣告。
けれど、実家で虐げられ、誰にも必要とされてこなかった私にとって、それは「永遠の居場所」を与えられたことと同義だった。
「逃げたいか?」
試すような問いかけ。
私は首を横に振った。
「……いいえ。あなたが望んでくださるなら、私は……」
私の言葉を遮るように、彼は再び深く唇を重ねた。
逃げられない檻。
けれど、ここは世界で一番暖かく、甘い檻。
「いい子だ。たっぷり可愛がってやるから、覚悟しておけ」
彼の瞳が再び熱を帯びる。
今度は朝の光の中で、私はまた彼に溶かされていく。
冷徹公爵の腕の中、身代わり花嫁は、抗えない悦楽の虜となって堕ちていった。
(了)