第一章 「かませ犬」の仕事
「おい、アングルが悪いぞゴミ虫! もっと俺の剣捌きが映えるように撮れって言ってんだろ!」
怒声が鼓膜を打つ。
俺、雨宮蓮司(あまみやれんじ)は、首をすくめながら4K対応のスタビライザー付きカメラを構え直した。
「す、すみませんカイトさん……今、修正します」
レンズの向こうで、金髪の長身男が大剣を振り回している。
S級配信者、カイト。
登録者数三〇〇万人を誇る、現代日本のダンジョン探索におけるトップスターだ。
対する俺は、ただの荷物持ち兼カメラマン。
月給一五万円。保険なし。命の保証なし。
『カイトきゅんかっこいいー!』
『カメラ仕事しろw』
『後ろの陰キャ、ビビりすぎだろ草』
ARグラスの端に流れるコメント欄は、今日もカイトへの称賛と、俺への罵倒で埋め尽くされている。
場所は新宿ダンジョン、地下十五階層。
湿った苔の匂いと、焦げた肉の臭いが充満する迷宮だ。
「オラァッ!」
カイトがオークの首を刎ねる。
鮮血が舞う。
俺は反射的にズームインする。
血飛沫がレンズフィルターにかからないギリギリの距離。
「ふぅ……。みんな、見たか? これがS級の力だ」
カイトがカメラに向かってウインクする。
『きゃああああ!』
『スパチャどーん!』
『¥10,000』
『¥50,000』
投げ銭の音が鳴り止まない。
俺の給料の数倍の額が、たった数秒で稼ぎ出される。
「おい蓮司、水」
「は、はい!」
リュックからペットボトルを取り出し、カイトに渡す。
彼は一口飲むと、残りを俺の足元に捨てた。
「ぬるいんだよ。使えねぇな」
「……すみません」
『カイト様、厳しい~w』
『教育的指導だね』
『ゴミはゴミらしく扱わないと』
俺は唇を噛み締めた。
悔しい。
でも、俺には才能がない。
魔力測定値はゼロ。
身体能力は一般人以下。
唯一持っているのは、幼い頃からなぜか「人が死ぬ瞬間」の予兆を感じ取れるという、不吉な勘だけだ。
「よし、今日は特別サービスだ。未踏破エリアの二十階層まで降りるぞ」
カイトの宣言に、コメント欄が爆発的に加速する。
「えっ……カイトさん、二十階層はまだマッピングが終わってないんじゃ……」
「あ? 俺の実力を疑ってんのか?」
「い、いえ! でも、安全マージンを……」
「チッ、うるせぇな。お前は黙って俺の背中を撮ってりゃいいんだよ。それが『引き立て役』の仕事だろ?」
カイトが冷たい目で俺を見下ろす。
逆らえば、ここで解雇だ。
いや、最悪の場合、モンスターの餌にされて「事故」として処理される。
この業界ではよくある話だ。
「……わかりました」
俺は震える手でカメラのグリップを握り直した。
嫌な予感がする。
背筋がゾワゾワする。
死の予兆。
それが、かつてないほど濃く、俺たちの足元に漂っていた。
第二章 深淵からの視線
二十階層の空気は、それまでとは別物だった。
重い。
肺が鉛を吸い込んでいるような圧迫感。
光源はカイトが放つ魔法の光と、俺のカメラに付いたLEDライトのみ。
闇の奥から、何かが這いずる音が聞こえる。
『なんか雰囲気やばくない?』
『画質乱れてね?』
『BGMなくてこの音は怖い』
視聴者数(同接)が五〇万人を超えた。
普段なら喜ぶべき数字だが、俺の胃はキリキリと痛む。
「へっ、ビビってんじゃねーよ視聴者ども! 俺がいれば楽勝だ」
カイトは強がっているが、その剣を持つ手がわずかに汗ばんでいるのを、俺のカメラは見逃さなかった。
その時だ。
ゴォオオオオオオ……
地鳴りと共に、天井が崩落した。
「うわっ!?」
俺は咄嗟に岩陰に飛び込む。
砂煙が晴れると、そこにはカイトと、巨大な影が対峙していた。
体長五メートル。
黒曜石のような鱗。
六つの赤い瞳。
「……アラクネ……ロード……?」
カイトの声が裏返る。
推奨討伐レベルは七〇。
カイトのレベルは五五だ。
勝てる相手じゃない。
『うわああああ! レアボスじゃん!』
『逃げろカイト!』
『いや、これ倒したら伝説だろ!』
無責任なコメントが流れる。
カイトの顔が引きつる。
逃げたい。
彼の背中がそう語っている。
だが、プライドと、数百万人の視線が足を縫い止めている。
「く、来るな! 俺はS級だぞ!」
カイトが大剣を振るう。
だが、アラクネロードの鋭利な脚が、その剣を一撃で弾き飛ばした。
ガキンッ!
鋼鉄の大剣が飴細工のように曲がり、壁に突き刺さる。
「ひっ……!」
カイトが尻餅をつく。
王者の風格は消え失せ、そこには死に怯えるただの男がいた。
『えっ』
『武器壊れた?』
『やばいって』
『放送事故?』
俺は岩陰で息を殺していた。
助けなきゃ。
でも、どうやって?
俺には力がない。
出て行けば、二人まとめて串刺しだ。
その時、視界が歪んだ。
ズキン。
右目に激痛が走る。
いつもの「予兆」じゃない。
もっと鮮明な、映像。
――カイトの首が飛び、鮮血がカメラレンズを赤く染める未来。
――その「赤」が、視聴者の興奮を最高潮に達させる未来。
――その「画」を撮っている俺が、莫大な富と名声を得る未来。
(……あぁ、そうか)
唐突に、理解した。
俺の才能は「危険察知」なんて生温かいものじゃなかった。
俺は、「死を演出する」才能を持っていたんだ。
恐怖が消えた。
代わりに、冷徹なプロフェッショナルな思考が脳を支配する。
「……ライティング、不足」
俺は岩陰から出た。
第三章 ディレクターズ・カット
「れ、蓮司!? おい、助けろ! 囮になれ!」
カイトが俺に気づき、見苦しく叫ぶ。
アラクネロードの六つの目が、俺とカイトを交互に見る。
俺は無言でカメラの設定をいじる。
ISO感度を上げる。
シャッタースピードを調整。
フレームレートを一二〇fpsに。
スローモーションで、その瞬間を捉えるために。
「何やってんだ! 早く来いよゴミ虫!」
カイトが俺の足に縋り付こうとする。
俺は、それを軽くステップで豨わした。
「カイトさん」
俺の声は、驚くほど落ち着いていた。
「そこ、影になります。もう少し右へ」
「は……?」
カイトが呆気にとられた顔をする。
その隙を見逃すほど、怪物は優しくない。
シュッ!
アラクネロードの前脚が、風を切り裂く音。
「あ」
カイトの右腕が、宙を舞った。
「ぎゃああああああああああ!」
『うわああああああ!』
『グロ注意!』
『腕が! 腕が!』
『BANされるぞこれ!』
コメント欄が赤く染まる。
同接数が一気に跳ね上がる。
八〇万人。
九〇万人。
「いい悲鳴だ……」
俺はカメラを構え、被写体を追う。
震えはない。
完璧なパンニング。
飛び散る血の軌跡さえも、芸術的な放物線として画面に収める。
「蓮司ぃいい! お前、何見てんだ! ポーション! ポーション出せ!」
転げ回るカイト。
俺はゆっくりと彼に近づく。
助けるためじゃない。
ローアングルから、絶望に歪む表情を撮るために。
「カイトさん、視聴者が求めているのは『勝利』だけじゃないんです」
俺はファインダー越しに呟く。
「『英雄の転落』……これ以上のエンタメはないでしょう?」
「き、貴様……!」
アラクネロードが口を開く。
粘液が滴り落ちる。
次の攻撃が来る。
死の線が見える。
3秒後。心臓への突き。
「視聴者の皆さん」
俺はマイクに向かって、静かに語りかけた。
実況者のトーンで。
「S級配信者カイト、最後の瞬間です。瞬き禁止ですよ」
ドスッ!
鋭利な爪が、カイトの胸を貫いた。
「が、はッ……」
カイトの瞳から光が消えていく。
その最期の視線は、俺のカメラレンズを捉えていた。
俺を睨んでいるんじゃない。
自分がどう映っているか、気にしているかのように。
『うわああああああああ』
『死んだ……マジで死んだ』
『え、これリアル?』
『カメラワーク神すぎんだろ……』
『映画かよ』
同接、一二〇万人突破。
怪物が、今度は俺の方を向いた。
血濡れの爪を引き抜き、俺に狙いを定める。
普通なら、腰を抜かして死ぬ場面だ。
だが、俺には「見えて」いた。
この怪物は、動かないものを襲わない。
そして、カメラのフラッシュを嫌う。
「カット」
俺はカメラのストロボを最大光量で発光させた。
カッ!!
暗闇に閃光が走る。
アラクネロードが悲鳴を上げ、後退る。
その隙に、俺はカイトの死体から「アイテムボックス」だけを抜き取り、冷静に撤退を開始した。
カメラは回したままで。
「……以上、現場から雨宮がお送りしました。チャンネル登録、高評価、お願いしますね」
俺は血に濡れたレンズを指で拭い、ニヤリと笑った。
その笑顔がモニターに大写しになり、コメント欄が『悪魔』という文字で埋め尽くされた。
第四章 覚醒する「演出家」
地上に戻った頃には、俺は時の人になっていた。
S級配信者の死亡事故。
そして、その一部始終を冷徹に撮影し続け、生還した無名のポーター。
ネットニュースのトップは俺の顔写真だった。
『サイコパス撮影者』
『見殺しにした悪魔』
『いや、あの状況じゃあれが最善だった』
『映像美がヤバい』
賛否両論。
炎上。
だが、俺の懐にはカイトのアカウントから自動送金された、とてつもない額の広告収入が入っていた。
俺はボロアパートの一室で、自分の撮った映像を見返していた。
美しい。
カイトの絶望顔も、アラクネロードの圧倒的な暴力も。
全てが、俺の掌の上で踊っているようだ。
「……次は、誰を撮ろうか」
俺は新しいカメラをネットで注文した。
もっと高画質で。
もっと鮮明に。
死を記録するために。
手元のスマホが震える。
大手クランからの勧誘か、メディアからの取材依頼か。
あるいは、警察か。
どれでもいい。
俺はもう、ただの荷物持ちじゃない。
世界という巨大なダンジョンで、死という最高のスペクタクルを切り取る「演出家(ディレクター)」だ。
俺はスマホをタップし、次回の配信枠を予約した。
タイトルは――
『【生存率0%】調子に乗ってる新人ルーキーたちを、深層へご招待してみた』
画面の向こうで、数百万の「共犯者」たちが、次の生贄を待っている。
(終わり)