星屑の配達人

星屑の配達人

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僕の仕事は、夜の街で忘れられた夢のかけら――『星屑』を拾い集めることだ。

人々が効率と現実だけを追い求めるようになったこの街では、夜空はネオンの洪水に溶け、本物の星を見ることは叶わない。そしていつしか、人々は空を見上げることさえ忘れてしまった。夢は非効率なガラクタとして、日々の生活の片隅に打ち捨てられる。僕はそんな、持ち主を失って微かな光を放つ星屑を回収し、それを必要とする誰かにそっと届ける『星屑の配達人』だった。

ある晩、僕はひときわ強く、そして切ない光を放つ星屑を見つけた。発生源は、巨大な総合病院の裏庭。そこに、一人の少年がいた。年の頃は十歳くらいだろうか。彼は固く拳を握りしめ、まばゆい光を放つ病棟の一室を、じっと見上げていた。

「配達人さんだろう?」

僕が近づくと、少年は振り向いて言った。彼の名はカイト。あの病室には、生まれつき身体の弱い妹のユナがいるのだという。

「妹に、本物の星空を見せてあげたいんだ。どんなおもちゃよりも、どんなお菓子よりも、ユナは星が見たいって言うんだ。お願いだ、配達人さん。ユナに、星空を届けてくれないか?」

少年の瞳は、僕が今まで拾ってきたどの星屑よりも真剣な光を宿していた。しかし、僕の仕事はあくまで忘れられた夢を『配達』すること。ゼロから夢を『創造』することは、許されていない。

「無理だ、坊や。僕にそんな奇跡は起こせない」

冷たく言い放ち、その場を立ち去ろうとした僕の背中に、カイトの声が突き刺さる。
「諦めない! ユナとの約束なんだ!」

その言葉が、僕の心の奥底で眠っていた古い傷に触れた。僕自身も、かつて叶えたい大きな夢があり、そしてそれを諦めた過去があった。少年の姿に、あの頃の自分が重なって見えた。

気づけば僕は、カイトと共に、無謀な計画に乗り出していた。
「星空がないなら、作ればいい」
僕のその一言に、カイトの顔がぱっと輝いた。

計画は壮大だった。街中に眠る、忘れられた小さな光をすべて集める。古い街灯の灯、ショーウィンドウの片隅で埃をかぶった電飾、子供が落としたガラスのビー玉、捨てられた万華鏡のかけら。僕らは二人で、来る日も来る日も街を駆けずり回り、夢の残骸を集めた。カイトの純粋な思いは、彼の友人たちにも伝わり、協力の輪は少しずつ広がっていった。

そして、決行の夜。ユナの病状が少しだけ落ち着いている、新月の晩だった。
僕らは、街を一望できる丘の上にいた。眼下には、眠らない都市の光の海が広がっている。カイトが固唾を飲んで僕を見つめる。僕は頷き、手元の端末のエンターキーを押した。

次の瞬間、世界から音が消えた。
いや、光が消えたのだ。

僕らが仕掛けたウイルスが都市の管理システムを掌握し、街中のネオン、街灯、ビル群の明かり、そのすべてを一斉にシャットダウンさせた。数秒間、世界は完全な闇と静寂に包まれた。街の人々が何事かと空を見上げた、まさにその時だ。

「いけっ!」

僕の合図で、カイトと仲間たちが、集めた光のかけらを括りつけた無数の小型ドローンを、一斉に夜空へ放った。

闇色のキャンバスに、光の点が一つ、また一つと灯っていく。それは、本物の星には遠く及ばない、不揃いで、どこかぎこちない光の集まりだった。しかし、一つ一つの光には、カイトの妹を思う心や、子供たちの純粋な願いが込められている。忘れられた夢たちが、もう一度だけ輝こうと懸命に瞬いている。

やがて無数の光は、天の川のような壮大な帯となり、闇の空を横切った。
それは、誰が見ても紛れもない、満天の星空だった。

病院の窓辺で、ベッドに腰掛けたユナが、その光景に息をのんでいるのが小さく見えた。隣でカイトが、涙でぐしゃぐしゃの顔で、必死に妹に何かを語りかけている。

街のあちこちから、歓声ともため息ともつかない声が上がった。人々は皆、足を止め、まるで初めて見る奇跡のように、僕らが作った偽物の星空に見入っていた。誰もが、心のどこかにしまい込んでいた、温かい何かを思い出しているようだった。

わずか五分間の奇跡。やがて星々は静かに消え、街は再び元のまばゆい光を取り戻した。僕らは、管理システムの追跡を振り切って、闇へと紛れた。

数日後、僕の古いアパートの郵便受けに、一枚の封筒が届いていた。カイトからだった。中には、クレヨンで描かれた満天の星空の絵と、一枚のメモが入っていた。

『配達人さんへ。最高のプレゼントをありがとう。ユナは毎日、この絵を見て笑っています。僕の新しい夢ができました。いつか、僕が作ったロケットで、ユナと本物の星を見に行くことです』

僕はその絵を、壁に飾った。そして、窓の外に広がる、相変わらず明るい夜空を見上げた。

星の見えないこの街にも、まだこんなにも温かい夢が眠っている。僕はコートを羽織り、ドアを開けた。さあ、今夜はどんな星屑に出会えるだろうか。僕の足取りは、いつになく軽かった。

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