「その剣には触れるな、教授! それは聖遺物ではない、ただの鉄屑だ」
土埃の舞う発掘現場で、私の警告は蒸気重機の駆動音にかき消された。
人間という種族は、どうしてこうも『英雄』という偶像に飢えているのだろう。
目の前で若き考古学者が恭しく持ち上げているその赤茶けた棒切れは、かつて勇者レオが『背中が痒い』と言って泥をこそぎ落とすのに使っていた、ただのサブウェポンだ。
私の名はエレノア。
五百年前に世界を救ったとされる『勇者パーティ』の生き残り。
そして、ただ一人の荷物持ち(ポーター)だったエルフだ。
第一章 捏造された栄光
王都の歴史博物館に飾られた肖像画の前で、私はまたしても吐き気を催していた。
ガラスケースの向こう、美化されすぎた油彩画の中では、金髪碧眼の勇者が神々しい光を背負って魔王の心臓を貫いている。
「嘘つき」
小さく呟く。
私の記憶にあるレオは、三度の飯より酒と賭け事を愛し、剣の手入れよりも自分の前髪のセットに時間をかける男だった。
「おや、エレノア名誉館長。また昔の仲間との対話ですか?」
声をかけてきたのは、ひげを蓄えた人間の副館長だ。彼は私のことを『生ける伝説』として崇めているが、私が語る真実(リアル)には耳を貸さない。
「副館長。この解説文は間違っているわ。『魔王城での血塗られた三日三晩の激闘』? あれはただのポーカー大会よ」
「ははは、また館長の悪いご冗談を。神話には解釈が必要ですから」
彼は薄ら笑いを浮かべて去っていく。
この時代、歴史とは事実の積み重ねではない。
今の政権が民衆を統治するために都合よく編集された、プロパガンダの台本なのだ。
私は杖を握りしめる。
長命種(エルフ)としての五百年は、私に忘却という慈悲を与えてくれなかった。
勇者の剣の重さも、魔王城の湿った空気の匂いも、昨日のことのように鮮明だ。
だからこそ、許せない。
かつての仲間たちが、体制維持のための『装置』として利用されていることが。
第二章 禁じられた書簡
その夜、私は博物館の地下倉庫に潜り込んだ。
蒸気機関の排熱ダクトが唸りを上げ、オイルとカビの混じった不快な臭いが鼻をつく。
探していたのは、先日発掘された『未分類遺物コンテナ』だ。
公式記録から抹消される前に、回収しなければならないものがあった。
「あった……」
朽ちかけた革袋。
中に入っていたのは、羊皮紙の束だ。
勇者レオが死ぬ間際に書き残した、走り書きの手記。
震える指でページをめくる。
そこには、英雄譚など一つも記されていない。
借金の言い訳、聖女との痴話喧嘩、そして『魔王との密約』についての愚痴。
『……魔王との交渉は成立した。奴は人間界の干渉に飽きていたし、俺たちも戦うのが面倒だった。平和条約という名の不可侵協定。だが、王家はそれでは納得しないだろう。だから俺たちは、大芝居を打つことにした』
インクの染みが、涙の跡のように滲んでいる。
『エレノア、すまない。お前には重い荷物ばかり背負わせてきたが、最後にもう一つ、秘密という一番重い荷物を持たせちまうな』
胸の奥が焼けるように熱くなる。
バカな男。
私はポーターだ。荷物を持つのが仕事だ。
けれど、五百年も一人で背負わせるなんて、あまりにも酷じゃないか。
カツン、と硬質な靴音が響いた。
「やはり、ここに来ましたか」
振り返ると、軍服を着た男たちが銃口を向けていた。
歴史修正局の執行官たちだ。
「その手記は国家反逆罪の証拠物件です、エレノア様。焼却処分が決定しています」
「これが真実でも?」
「民衆が求めているのは真実ではありません。安心できる物語です」
引き金に指がかかる音が、静寂を切り裂く。
魔術を使えないポーターの私に、勝ち目はない。
その時だった。
ドォォォォン!!
地下倉庫の壁が爆ぜ、黒い粉塵が舞い上がった。
第三章 終わらない旅の果て
「ゲホッ、ゲホッ……相変わらず埃っぽいな、人間の建物は!」
粉塵の中から現れたのは、巨大なスパナを担いだドワーフの老人……ではない。
その肌は青白く、額からは二本の角が生えている。
執行官たちが悲鳴を上げる。
「ま、魔族!? 絶滅したはずの!」
「絶滅? 勝手に殺すな。今はしがない蒸気技師だ」
その男は、私の横に並ぶとニヤリと笑った。
その不遜な笑み。
五百年前に、ポーカーでレオから身ぐるみを剥いだ時の顔そのままだ。
「よう、エレノア。迎えに来たぜ。レオの馬鹿が隠した『本物の聖剣』の場所、やっと解析できた」
「……ガリウス? あなた、生きていたの?」
かつての魔王軍参謀、ガリウス。
歴史書では勇者に首をはねられたことになっている男。
「長生きだけが取り柄でな。さあ、行くぞ。あの手記だけじゃ足りない。レオが最後に隠した『証拠』を掘り起こして、このふざけた歴史(フィクション)をひっくり返してやろうぜ」
彼は私の手を引く。
その手は、冷たくて、ゴツゴツしていて、ひどく懐かしかった。
私は手記を懐にしまい、走り出す。
背後で銃声が響くが、ガリウスが展開した障壁に弾かれる。
「まったく、あんたたちってば」
走りながら、私は呆れたように、けれど涙混じりに笑った。
「死んでもなお、私に荷物を持たせる気?」
「ポーター冥利に尽きるだろう?」
夜明け前の王都を、二つの影が駆けていく。
五百年の時を超えて、私たちの『勇者パーティ』は再結成された。
行き先は、歴史の闇の向こう側。
今度こそ、本当の物語を紡ぐために。
「重い荷物は任せなさい。……運び届けてやるわよ、世界の果てまで」