第一章: 視聴者0人の遺言
岩肌から滲み出る粘液。鼻をつくのは、腐った肉の臭気。
迷宮深層、地下七十四階層。光すら届かぬ奈落の底で、雨宮レンは壁に背を預けていた。繰り返される荒い呼吸。
手入れのされていないボサボサの黒髪が、脂汗で額に張り付く。伸びすぎた前髪の隙間から覗くのは、光を失った泥のような瞳と、濃いクマが刻まれた眼窩だ。薄汚れた灰色の作業用つなぎは裂け、纏った継ぎ接ぎだらけの安物のタクティカルベストからは、カビと鉄錆の混じった匂い。首にかけた古びた高性能集音マイクだけが、この暗闇の中で異質な輝きを放つ唯一の救いだった。
[A:雨宮レン:絶望]「……はは、やっぱり圏外じゃないんだな、ここは」[/A]
震える指先。ひび割れたスマートフォンの画面をタップする。配信アプリの起動音が、静寂に冷たく響いた。
タイトル:『遺書』。
視聴者数:0人。
[A:雨宮レン:冷静]「配信開始。視聴者数、ゼロ人。……母さん、ごめん。俺、これから死ぬみたいだ」[/A]
喉の奥が乾き、引きつる。乾いた唇を舐め、カメラのレンズを見つめるレン。そこには、誰にも見られることのない自分の死に顔が映るはずだった。
[Shout]グォオオオオオオオオッ!![/Shout]
鼓膜を叩く遠吠え。重低音が腹の底に響き、内臓を揺さぶる。
通路の奥から揺れながら近づく、複数の赤い光点。深層の捕食者、《ブラッド・ハウンド》。鋼鉄の鱗を持ち、獲物を生きたまま咀嚼する悪夢の具現。
[A:雨宮レン:恐怖]「カイト……なんで、俺を……」[/A]
パーティリーダーだった男。その嘲笑うような白い歯が脳裏をよぎる。『お前みたいなゴミ、囮くらいにはなるだろ?』。その言葉と共に突き飛ばされ、防壁魔法(シールド)の外へと弾き出された瞬間の寒気。未だに背筋を這い回る戦慄。
[Think]怖い。痛いのは嫌だ。誰か、誰か助けてくれ……[/Think]
膝を抱え、身体を小さくする。死への秒読み。心拍数が警告音のように耳元で鳴り響く。
ふと、スマートフォンの画面越しに、何かが動いた気がした。
肉眼では闇しか見えない。だが、カメラのナイトビジョンを通した画面の中だけに、淡い燐光を放つ人影。
透き通るような銀髪が、重力に逆らうようにふわりと揺れている。時代がかった白い聖職者のローブ。その裾は泥と血を模したような黒い染みで汚れていた。
[A:エリス:悲しみ]「……泣かないで」[/A]
鈴を転がしたような、しかしどこかノイズ混じりの声。集音マイクを通してレンのイヤホンに届く。
息を呑み、画面を凝視するレン。アメジスト色の瞳をした少女が、画面の中から彼を覗き込んでいた。
[A:雨宮レン:驚き]「幽、霊……?」[/A]
[A:エリス:恐怖]「来ます! 右、三十度。壁の亀裂を狙って!」[/A]
少女が白く透き通った指先で、虚空を指し示した。
思考よりも早く、生存本能が身体を突き動かす。腰のポーチから引き抜いたのは、先ほど拾ったばかりの『ひしゃげた鉄パイプ』――かつて誰かが使っていた槍の成れの果て。
[Shout]ガァアアッ![/Shout]
闇を切り裂き、ブラッド・ハウンドが飛びかかる。鼻を突く腐臭と鉄錆の臭い。
[A:エリス:興奮]「今です!」[/A]
無我夢中での刺突。少女が指さした一点、硬い鱗の隙間にある、わずかな古傷へ向かって。
グシャリ、と湿った音が響く。
[System]《弱点特効》発動。対象の急所を破壊しました。[/System]
目の前で崩れ落ち、痙攣する巨体。
肩で息をしながら、呆然と自分の手を見つめる。Sランクモンスターを、ただのゴミ拾いが、一撃で?
[A:エリス:冷静]「まだです。あと三体……私が見えますか? 私の声が、届きますか?」[/A]
画面の中の少女は、祈るように手を組んでいた。その瞳に滲むのは、かつて救えなかった誰かへの贖罪のような色。
震えを噛み殺し、マイクを握りしめる。
[A:雨宮レン:興奮]「ああ……聞こえる。アンタの言う通りにする。俺は、まだ死にたくない」[/A]
視聴者数は、依然として0人のまま。だが、レンにとっての「世界」であるその小さな画面の中には、今、唯一の希望が映っていた。
◇◇◇
第二章: 死者との共鳴
肺を凍らせるような、ダンジョンの冷気。
レンは踊るように動いていた。いや、それは舞踏と呼ぶにはあまりに泥臭く、しかし計算され尽くした「作業」。
[A:エリス:冷静]「次は左! 落ちている『錆びたバックラー』を拾って、四十五度の角度で構えてください!」[/A]
[A:雨宮レン:興奮]「わかった!」[/A]
泥濘へのスライディング。半ば土に埋もれていた小さな盾を拾い上げ、その勢いのまま身体を捻り、襲いかかる鋭利な爪を受け流す。
キィンッ!
鳴り響く甲高い金属音、散る火花。衝撃が骨に響くが、盾の角度が絶妙だったおかげで腕は砕けていない。
[A:エリス:興奮]「その盾には《衝撃反射》のエンチャントが残っています! そのまま押し返して!」[/A]
[A:雨宮レン:興奮]「うおおおおッ!」[/A]
全身のバネを使い、盾を叩きつける。目に見えない衝撃波が怪物を弾き飛ばし、壁に激突させた。
すぐさま腰から『刃こぼれしたナイフ』を抜き放ち、よろめく怪物の喉元へ走るレン。その動きに迷いはない。それは長年、迷宮のゴミを拾い、解体し続けてきた清掃人(スカベンジャー)としての手際。
ザシュッ。
正確無比な解体技術。怪物は断末魔を上げる暇もなく、黒い霧となって霧散した。
[A:雨宮レン:冷静]「はぁ……はぁ……、片付いた……か?」[/A]
その場に膝をつく。汗が滝のように流れ、視界が滲む。
画面の中のエリスが、ふわりとレンの隣に降り立った(実際にはカメラの画角内に移動しただけだが)。慈愛に満ちた瞳で見つめ、透ける手で彼の頬に触れようとする彼女。
[A:エリス:愛情]「見事です、レン。あなたは、とても器用なのですね」[/A]
指先はレンの頬をすり抜け、何の感触も残さない。だが、確かに感じた冷気。
[A:雨宮レン:照れ]「……仕事柄な。死体を解体するのは得意なんだ。生きた奴を解体したのは初めてだけど」[/A]
ふと、スマートフォンの画面端に表示された数字が目に入った。
視聴者数:5人。
流れ始めるコメント。
『え、これマジ? CG?』
『動きガチじゃね? てか装備ボロすぎw』
『後ろの背景、七十四階層の《嘆きの壁》に似てないか?』
『いやいや、ソロであんな所行けるわけないだろ』
『でも今のカウンター、神業だったぞ』
[A:雨宮レン:驚き]「人が……見てる……?」[/A]
早鐘を打つ心臓。今まで誰からも無視され、背景の一部として扱われてきた自分が、認識されている。
[A:エリス:喜び]「ふふ、彼らにもあなたの輝きが届き始めたようですね。でも、油断は禁物です。ここは深層。死者の怨嗟が渦巻く場所ですから」[/A]
エリスの声は穏やかだが、その視線は通路の暗闇に向けられていた。
コメント欄に反応する余裕もなく、再び立ち上がる。
足元には、先ほど戦いで砕けた『錆びたバックラー』の残骸。
[A:雨宮レン:冷静]「……ご苦労さん。いい仕事だったよ」[/A]
壊れた盾に一瞬だけ手を合わせ、すぐに前を向く。
この遺品たちもまた、かつてここで夢破れた探索者たちの墓標。エリスの声に従い、彼らの遺志を継いで戦う。その行為そのものが、奇妙なほどレンの胸に熱いものを灯していた。
[Think]俺は一人じゃない。この迷宮に眠る全員が、俺の武器だ。[/Think]
だが、レンはまだ知らない。
この小さな配信の波紋が、地上でどれほど大きな嵐を呼び起こし始めているかを。
◇◇◇
第三章: 英雄の虚構と略奪
地上に戻ったレンを待っていたのは、安堵ではなかった。
ギルドの無料Wi-Fiに接続した瞬間、爆発するように鳴り響く通知音。
[System]新着メッセージ:999+件[/System]
[System]SNSメンション:爆発的増加[/System]
[A:雨宮レン:驚き]「な、なんだこれ……バグか?」[/A]
震える手でSNSを開く。トレンドのトップには『#神宮寺カイト_奇跡の生還』、そしてその下には『#恩知らずのレン』という不穏なハッシュタグ。
血の気が引くのを感じながら、カイトのチャンネルを開く。
そこには、煌びやかな白銀のパワーアーマーを纏い、涙ながらに語るカイトの姿。
『……本当に辛い決断でした。荷物持ちのレン君が、勝手に暴走して……僕らの静止も聞かずにモンスターの群れを引き寄せてしまったんです』
画面の中で嘘泣きをし、目元を拭う英雄。
『僕は彼を助けようとしました! でも、彼はパニックになって、僕を突き飛ばして逃げた……! 結果、僕たちは全滅の危機に瀕し、彼を見失ってしまった。僕の不徳の致すところです……!』
コメント欄を埋め尽くすのは、カイトへの同情と、レンへの憎悪。
『カイト様かわいそう……』
『レンって奴、最低だな』
『死んで詫びろ』
『ゴミが調子乗るな』
[A:雨宮レン:絶望]「ちがう……俺は、囮にされたんだ。突き飛ばしたのは、あいつらだろ……!」[/A]
漏れる掠れた声。弁解しようと指を動かすが、圧倒的な数の暴力の前に、彼の言葉など塵芥のように吹き飛ぶだろう。
その時、画面の隅に映っていたエリスの姿が、ノイズのように激しく明滅した。
[A:エリス:悲しみ]「う、あ……レン、私……」[/A]
[A:雨宮レン:恐怖]「エリス!? どうしたんだ、その身体!」[/A]
崩れかける輪郭。霧のように薄くなっていく半透明の身体。
[A:エリス:悲しみ]「迷宮の外では……私の存在を保つ力が……それに、あなたに向けられる悪意が、私の霊基を……蝕んで……」[/A]
エリスは「聖女」だ。人々の祈りや感謝を糧とする存在。世界中から浴びせられる呪詛のような罵倒は、彼女にとって猛毒に等しい。
[A:雨宮レン:恐怖]「待ってくれ! 消えないでくれ! 俺のせいで……俺がもっと上手くやっていれば……!」[/A]
スマートフォンを抱きしめるようにして蹲る。周囲の視線が痛い。誰もが彼を「裏切り者」として見ているような錯覚。
社会的な死。そして、唯一の理解者であるエリスの消滅。
世界は、どこまでも残酷にレンを追い詰める。
[A:神宮寺カイト:興奮]『みんな、聞いてくれ! 弔い合戦だ! 明日、僕たちは再びあの深層へ挑む! 悲劇を終わらせるために!』[/A]
配信の中、高らかに宣言するカイト。
レンが命がけで掃除し、安全になったはずのあの場所へ。彼らは「英雄」として凱旋するつもりなのだ。
[A:雨宮レン:怒り]「……ふざけるな」[/A]
レンの瞳から、光が消えた。代わりに宿ったのは、昏く冷たい、底なしの虚無。
◇◇◇
第四章: 深淵からの呼び声
『さあ、ここが地獄の入り口だ! 僕についてこい!』
カイトの大規模配信が始まった。同接数は五十万人を超えている。
意気揚々と第七十四階層へ踏み込む彼ら。最新鋭の装備、手厚いバフ魔法、そして慢心。
しかし、異変はすぐに起きた。
[A:神宮寺カイト:驚き]「おい、なんだこれ……? 敵がいない? おいスタッフ、どうなってる!」[/A]
通路には、レンが解体した怪物の痕跡すら残っていない。不自然なほどの静寂。
だが、その静けさは、嵐の前の凪でしかなかった。
カイトたちが最深部の広間、「聖女の祈りの場」に足を踏み入れた瞬間、空気が凍りつく。
ズズズ……ゴゴゴゴゴ……。
まるで怒っているかのように、振動し始める迷宮。
[System]警告:階層主(エリアボス)の覚醒反応を検知。[/System]
[System]警告:怨嗟濃度、測定不能。[/System]
[A:神宮寺カイト:恐怖]「な、なんだ!? 話が違うぞ! ここは掃除済みのはずじゃ……!」[/A]
闇の奥から湧き上がる、黒い泥のような瘴気。それは形を成し、巨大な骸骨と腐肉の巨像へと変貌していく。
かつて聖女エリスが封印し、そして命を落とした元凶。《深淵の腐敗者》。
レンが掃除したのは「雑魚」だけだ。主は、侵入者の穢れた魂に反応して目を覚ましたのだ。
[Shout]アアアアアアアアッ!![/Shout]
悲鳴を上げて逃げ惑う取り巻きたち。腰を抜かし、自慢の剣を放り出して無様に這いつくばるカイト。カメラはその醜態を、残酷なほど鮮明に世界中に配信し続けている。
その時。
安宿の薄暗い部屋で、その映像を見ていたレンのスマートフォンに、奇妙な通知が届いた。
差出人は不明。いや、文字化けした文字列は、まるで迷宮そのものが言語化したかのような圧迫感。
『助けて』ではない。
『殺して』でもない。
『――鎮めて』
レンの耳元で、消え入りそうなエリスの声が重なる。
[A:エリス:悲しみ]「……彼らが、眠りを妨げている。私の……悲しみが、暴走してしまう……」[/A]
画面の中のカイトが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んでいる。
『助けてくれぇぇ! 誰か! 金ならやる! なんでもするからぁぁぁ!!』
ゆっくりと立ち上がるレン。
タクティカルベストのベルトを締め直し、愛用の集音マイクを首にかける。
カイトを助ける義理など、これっぽっちもない。あんな男、怪物に喰われてしまえばいい。
[A:雨宮レン:冷静]「……汚れているな。片付けないと」[/A]
部屋の隅に置いてあった、巨大なケースを開く。中には、彼が修理し、改造し続けてきた『遺品』たちが眠っていた。
これは清掃の時間だ。
迷宮を冒涜し、エリスを苦しめる全ての汚れを、この手で拭い去るために。
[A:雨宮レン:冷静]「行くぞ、エリス。最後の仕事だ」[/A]
[Sensual]
レンは画面の中のエリスの姿を指でなぞる。冷たいガラスの感触の向こうに、確かな魂の熱を感じながら。二人の視線が交錯し、言葉以上の意志が通い合う。それは契約であり、口づけよりも深い魂の接触だった。
[/Sensual]
レンは夜の街へと飛び出した。目的地は、地獄の最深部。
◇◇◇
第五章: 葬送
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したカイトの配信。
視聴者数は三百万人に達しているが、その大半は「英雄の死」という残酷なショーを見に来た野次馬たちだ。
腐敗者の巨大な腕が振り下ろされ、カイトの目の前で地面が粉砕される。
[A:神宮寺カイト:恐怖]「ひぃぃぃっ! 嫌だ、死にたくねぇぇぇ!! ママぁぁぁ!!」[/A]
煌びやかな鎧は汚泥に塗れ、もはや見る影もない。
その絶望の淵に、一つの影が落ちた。
ドォォン!!
天井の換気ダクトが爆ぜ、一人の男が舞い降りる。薄汚れたつなぎ、ボサボサの黒髪。
雨宮レンだ。
[A:雨宮レン:冷静]「……うるさい。静かにできないのか」[/A]
構えるのは、『削岩用パイルバンカー(改造)』。かつて鉱夫が使い潰した廃品だが、レンの手によって凶悪な兵器へと生まれ変わっていた。
[A:神宮寺カイト:驚き]「レ、レン……? お前、なんで……!?」[/A]
レンはカイトを一瞥もしない。視線は、暴れ狂う腐敗者の胸部――そこに埋め込まれた、白く輝く「核」だけに注がれていた。
耳元のイヤホンから、エリスの声が響く。
[A:エリス:興奮]「レン、あそこです。あの悲しみの塊を……貫いて!」[/A]
[A:雨宮レン:興奮]「了解ッ!」[/A]
走り出すレン。その動きは、先日の配信で見せたそれよりも遥かに速く、鋭い。
腐敗者の触手が襲いかかるが、最小限の動きで回避する。まるで未来が見えているかのように。
いや、見えているのだ。カメラ越しの聖女の瞳が、全ての攻撃予測線を彼に伝えている。
『え、誰だあれ!?』
『あのつなぎ……炎上してたレンか!?』
『動きが全然違うぞ!』
『カイトより百倍強くね?』
加速するコメント欄の流れ。
瓦礫を足場に跳躍する。空中で身体を捻り、パイルバンカーの杭を核へ向けた。
[Think]これが、俺たちのレクイエムだ。[/Think]
[A:雨宮レン:興奮]「《強制排気・穿孔(フルドライブ・パージ)》ッ!!」[/A]
[Shout]ドガガガガガッ!![/Shout]
爆音と共に射出された杭が、腐敗者の核を正確に粉砕した。
断末魔すら上げられず、光の粒子となって崩壊していく巨体。その光景は、ただの討伐ではなく、美しく厳かな儀式のよう。
静寂が戻った広間に、カイトの震える声だけが響く。
[A:神宮寺カイト:怒り]「な、なんなんだよお前……! ゴミのくせに、僕を差し置いて……!」[/A]
ゆっくりと振り返り、スマートフォンを取り出すレン。そして、カイトに向けたまま配信を切らずに言い放つ。
[A:雨宮レン:冷静]「ゴミはお前だ、カイト。……全部映ってたぞ。お前の嘘も、醜態も」[/A]
顔面蒼白になり、へなへなと座り込むカイト。彼の社会的生命は、この瞬間完全に絶たれた。
彼を無視し、広場の中央、腐敗者が消えたあとに残された「何か」に歩み寄るレン。
それは、古びた、しかし美しい白銀のロザリオだった。エリスの遺品。
[A:エリス:愛情]「……ありがとう、レン。これで、私は逝けます」[/A]
画面の中のエリスが、今までで一番美しい笑顔を見せた。その身体が、淡い光となって空へと昇っていく。
[A:雨宮レン:悲しみ]「エリス……行っちまうのか?」[/A]
[A:エリス:愛情]「お別れです。でも、あなたはもう一人じゃない。……見て」[/A]
エリスが指差した先。レンの視界に、無数の「光」が灯り始めた。
それは霊ではない。遺品に残された、死者たちの記憶。
『ありがとう』『助かった』『娘に会いたかった』
無数の声が、脳内に直接響いてくる。
[System]スキル覚醒:《死者対話(ネクロ・リンケージ)》。[/System]
[System]あなたは「迷宮の声」を聞く資格を得ました。[/System]
エリスの光が完全に消え、レンの頬を一筋の涙が伝う。しかし、その瞳にはもう以前のような泥の色はない。
そこには、確かな意志の光が宿っていた。
カイトたちが捨てていった高価なカメラを拾い上げ、ボソリと呟く。
[A:雨宮レン:冷静]「……さて、片付けの続きだ。まだ、迷宮(ここ)には拾われるのを待ってる声が山ほどある」[/A]
配信終了。
暗転した画面の向こうで、世界中の視聴者が新たな英雄の誕生に熱狂していたが、そんなことは彼には関係ない。
清掃人(スカベンジャー)・雨宮レン。
彼の本当の物語は、ここから始まるのだ。