第一章: 美しき冒涜
地下室の空気は、甘ったるいホルマリンと鉄錆の匂いで淀んでいる。
天井から垂れ下がる裸電球。チリチリと、頼りない羽音が鼓膜を撫でた。
銀の糸が、真珠色の皮膚を貫く。
微かな抵抗。濡れた布を裂くような、湿った音。
[A:レン:愛情]「……いい子だ。やっと、左手が揃ったね」[/A]
レンは囁き、動かない指先に唇を寄せる。
涙はない。口元に張り付いているのは、恍惚とした笑み。
乱れた銀髪の隙間から覗く双眸は、光の届かない深海のように暗く、静寂を湛えている。
薬品の染みが地図のように広がった白衣。その手にはラテックスの手袋が、第二の皮膚として密着していた。
[A:レン:狂気]「腐敗は許さない。君は永遠に美しくあるべきだ」[/A]
手術台に横たわるのは、かつて「エリナ」と呼ばれた有機物の塊。
彼女の左腕。昨日までは、赤の他人のパーツだったもの。
サイズ、肌のキメ、血管の走行。すべてが計算通り。
ピンセットで皮膚の端を摘み上げ、芸術的な手つきで縫合を続けるレン。
生と死の境界線を、銀色の刺繍で縫い留める作業。
[Think]完璧だ。この質感、弾力。結晶化する前の、最も瑞々しい人間の形。[/Think]
彼にとって、愛とは「保存」と同義。
変化し、老い、朽ちていく運命への反逆。
ホルマリンの海に沈んだ彼女だけが、決して裏切らない。
[A:レン:冷静]「次は眼球だ。……少し濁ってきたからね」[/A]
愛おしげに、エリナの瞼をメスでこじ開ける。
そこに映る虚無。だがレンには、至上の宝石に見えているのだろう。
その異常な献身に、地下室の闇さえも息を潜めた。
◇◇◇
第二章: 結晶化する世界
世界は、美しい病に蝕まれている。
「結晶病」。
末端から皮膚が硬化し、内臓が透き通るような鉱石へと変質して死に至る奇病。
人々はそれを「天使の呪い」と呼び、遺族は宝石となった死者を高値で売り払うのが常だった。
[A:レン:怒り]「醜悪だ……。人間が石ころに変わるなんて」[/A]
窓の外、広がる灰色の雨。
雨粒が窓ガラスを叩き、彼の整った顔立ちを歪に映し出す。
彼が憎むのは死そのものではない。エリナという傑作が、硬く冷たい無機物に侵食されること。
だから彼は削り取る。結晶化した美しい患部を、泥臭い生身の肉で埋めるために。
[A:レン:冷静]「適合率、78%。……これじゃダメだ。色が合わない」[/A]
机の上に散乱するポラロイド写真。
写されているのは、街を行き交う少女たちの「パーツ」。
綺麗な鎖骨、濡れたような瞳、白磁のような太腿。
闇医者としてスラムの患者を診ながら、その裏で「素材」を品定めする日々。
これは医学ではない。狂気のパッチワーク。
[Impact]だが、彼は正気だ。誰よりも論理的に、狂っている。[/Impact]
[A:レン:狂気]「エリナ、待っていてくれ。君を蝕む宝石なんて、僕が全部切り捨ててあげる」[/A]
背後で、培養槽のポンプが心音のように規則正しく鳴り響く。
彼自身はまだ気づいていない。
己の執着こそが、最も治療困難な病巣であることに。
◇◇◇
第三章: 屠殺対象の少女
ドアベルが鳴った。場違いに軽やかな音。
雨に濡れた仔犬のような少女が、診療所の入り口に佇んでいる。
ミア。孤児院から逃げ出してきたという彼女は、驚くほど「あの頃」のエリナに似ていた。
透き通るような白い肌、色素の薄い髪。
唯一の相違点。それは腕に刻まれた無数の自傷痕と、薄汚れたワンピース。
[A:ミア:照れ]「あ、あの……先生。コーヒー、淹れました」[/A]
差し出されたマグカップ。湯気の向こうで、指先が小刻みに震えている。
彼女はレンに拾われ、助手としてこの場所に居場所を見つけた。
冷徹な外科医が見せる、死体への優しい眼差し。
それを自分への愛だと勘違いしたとしても、誰が彼女を責められようか。
[A:レン:冷静]「ありがとう、ミア。……君は本当に、よく気がつくね」[/A]
聖人のように優しく、そして氷のように冷たい微笑み。
レンはマグカップを受け取ると同時に、ミアの手首を掴んだ。
親指が脈を測り、人差し指が皮膚の弾力を確かめる。
[Tremble]ドクン、ドクン。[/Tremble]
温かい。早まる鼓動。
ミアの頬が朱に染まる。期待してしまう。
孤独な自分を、この人が愛してくれるのではないかと。
しかし、レンの脳内で弾け飛んだのは、愛の言葉ではなかった。
[Think]皮膚組織の適合率、99.8%。角膜の曲率、完全一致。血液型、RhマイナスA。[/Think]
[A:レン:喜び]「素晴らしいよ、ミア。君は……本当に最高の素材だ」[/A]
[A:ミア:喜び]「え……?」[/A]
[A:レン:冷静]「ずっと探していたんだ。エリナの欠損を埋める、最後のピースを」[/A]
愛撫するように、喉元を這い上がるレンの手。
そこにあるのは情欲ではない。解剖学的な興味だけ。
ミアの瞳から光が消え、理解が追いつかないまま、世界が凍りついた。
◇◇◇
第四章: 同意ある殺害
[Sensual]
逃げる時間はあったはずだ。
だが、ミアは手術台の上に座り、裸の背中をレンに晒している。
[A:ミア:悲しみ]「私で……エリナさんが完成するんですか?」[/A]
[A:レン:興奮]「ああ、そうだ。君は彼女の一部になって、永遠に僕のそばに居られる。素晴らしいことだろう?」[/A]
レンの声は、熱に浮かされていた。
震える手で麻酔薬のアンプルを割り、シリンジに吸い上げる。
カチリ。金属音が静寂を裂いた。
[A:ミア:絶望]「……はい。私がゴミじゃないって、先生が証明してくれるなら」[/A]
ミアは笑った。泣き顔よりも遥かに痛々しい、壊れた人形のような微笑み。
自己無価値感という名の病魔が、彼女に「死による救済」を選ばせたのか。
誰かの役に立って死ぬことだけが、彼女に残された唯一の幸福論。
[A:レン:愛情]「愛しているよ、ミア。君のその、曇りのない眼球を」[/A]
[Impact]ブスリ。[/Impact]
首筋に針が沈む。
薬液が血管を焼き、意識が泥のように濁っていく。
レンは躊躇わない。ミアを抱きしめるようにして、その柔らかな腹部に冷たいメスを当てた。
赤いラインが走り、鮮血がシーツに花を咲かせる。
[A:ミア:狂気]「あ……せん、せい……痛い、け、ど……うれ、しい……」[/A]
[A:レン:喜び]「静かに。筋肉が緊張すると、切断面が乱れる」[/A]
それは結婚式だった。
賛美歌の代わりにモニターのアラームが鳴り響き、指輪の代わりに臓器が交換される。
レンは恍惚の表情で、生きたままの少女を解体していく。
剥ぎ取られた皮膚は温かく、まだ脈打っていた。
ミアの視界が暗転する直前、彼女が見たのは、自分の一部を愛おしそうに頬ずりするレンの姿。
[Think]ああ、私はやっと、愛されたんだ。[/Think]
彼女の心臓が停止した瞬間、その身体はただの「材料」へと成り下がった。
[/Sensual]
◇◇◇
第五章: 三位一体の怪物
手術は成功した。
エリナの姿は完璧そのもの。
透き通るような白い肌、濁りのない瞳。腐敗の兆候など微塵もない。
かつてないほどの美しさを湛え、彼女は棺の中に横たわっていた。
だが、動かない。
当然だ。死んでいるのだから。
[A:レン:絶望]「……なぜだ? なぜ、笑いかけてくれない?」[/A]
血に塗れた手で頭を抱えるレン。
完璧な肉体。最高の素材。全てを捧げたのに、そこに「エリナ」はいない。
ただの美しい肉人形。
沈黙が、彼の鼓膜を劈いた。
[Shout]足りない!![/Shout]
叫び、そして唐突に理解する。
[Flash]魂だ。動かす意志だ。[/Flash]
エリナの器に、ミアの肉体。
そこに欠けているのは、それを統べる「僕自身」の命。
[A:レン:狂気]「そうか……最初から、こうすればよかったんだ」[/A]
喉が裂けるほどの哄笑。
レンは自ら設計した自動手術機械(オート・サージャン)のコンソールを操作する。
ターゲットは、自分自身の脳髄と心臓。
移植先は、エリナとミアが融合したあの肉体。
[System]緊急術式起動。対象:術者本人。脳移植シークエンスを開始します。[/System]
唸りを上げる機械のアーム。頭蓋を固定される感触。
ドリルが回転し、骨を削る音が地下室に響き渡る。
恐怖はない。あるのは、究極の愛への到達感だけ。
[A:レン:愛情]「これで、僕たちは一つになれる。永遠に」[/A]
視界が赤く染まり、やがて暗黒に飲まれた。
…………。
……。
数時間後、あるいは数日後。
廃墟と化した診療所の地下で、「それ」は目覚めた。
銀色の髪、オッドアイの瞳。
女性の曲線美を持ちながら、その眼差しには男の狂気が宿っている。
レンであり、エリナであり、ミアであるもの。
三つの魂が溶け合い、誰でもなくなってしまった「美しい怪物」。
「あぁ……なんて静かな世界」
怪物は、自身の身体を抱きしめた。
そこにはもう、孤独も、死への恐怖も、失う悲しみもない。
ただ、歪な自己愛だけが満ちている。
窓の外では雨が上がり、陽の光が差し込んでいる。
怪物は誰もいない世界に向けて、艶やかに、そして虚ろに微笑んだ。
[FadeIn]愛は、成就したのだ。[/FadeIn]