第一章: 終わりの始まり
錆びたトタン屋根を叩く、無慈悲な雨音。首にかけた古い有線ヘッドホンから漏れ出すのは、砂嵐のようなカセットテープのノイズ。
潮風に煽られ、頬を打つ無造作な黒髪。
鳴海朔は、奥底に鈍い熱を秘めた三白眼で、夕立に煙る無人駅のホームを睨みつけている。
着崩した夏服の襟元から立ち昇る、じわりと滲む汗と雨に濡れた鉄の錆びた匂い(嗅覚)。
[A:鳴海 朔:冷静]「……うるさいな、ノイズが酷くて聞こえないよ」[/A]
誰にともなく吐き捨て、録音機の停止ボタンを指で弾く。
ふと、[FadeIn]空の群青がひび割れるような錯覚[/FadeIn]に襲われた。
雲の裂け目から、夕立に乗って静かに降り注ぐ『金色の星の砂』。
海面に落ちたそれは、シュワリと音を立てて溶け、波を黄金色に染め上げていく。
圧倒的に美しい、世界のバグ。
その光の粒を、素手で掻き集める影。
風にふわりと舞い上がる、透き通るような色素の薄い銀髪。
大きめのカーディガンを羽織ったセーラー服の少女。
彼女が顔を上げると、ビー玉のように澄んだ群青色の瞳が朔を捉える。
無意識に上下に動く、朔の喉仏。
星をすくう彼女の両手は、背景の錆びたベンチが透けて見えるほどに透明だった。
[A:星野 奏:喜び]「あ、見つかっちゃったね」[/A]
[Sensual]
鼓膜を撫でる、ふわりとした声。焦点の合わない瞳で微笑みながら、彼女は近づいてくる。
朔の腕に触れる、ひんやりとした冷気。
透明になりかけた細い指が、無防備にも朔の制服の袖を掴み取る。
脈打つ血管の温もりを探るかのように、その指先がゆっくりと朔の肌を滑っていく。
[/Sensual]
[A:星野 奏:照れ]「星を拾わないと、この町は空に落ちてしまうの」[/A]
悪戯っぽく笑う唇の端が、かすかに震えている。
息を呑む朔。
彼女の奥底に空いた底なしの空虚が、朔の肺からごっそりと酸素を奪い去る。
痛烈なまでの引力が、ふたりの時間を強制的に交差させる。
第二章: ラムネと失われる体温
夜の廃線跡。枕木の下から、また一つ拾い上げる金色の粒。
[A:星野 奏:喜び]「朔、こっちにもあったよ」[/A]
銀髪を揺らし、奏が空のラムネ瓶に星の砂を落とす。
夜闇に響く、チリンという涼やかな音。
朔は無言のまま、自分も拾った星を彼女の瓶へと流し込む。
夜空を見上げながら、朔は別の瓶のビー玉を親指で押し込んだ。
口内に広がるのは、人工的な甘さと炭酸の刺すような痛み(味覚)。
[A:鳴海 朔:冷静]「お前、ずっとそれやってるのか。馬鹿みたいだろ」[/A]
[A:星野 奏:愛情]「昨日の私がいなくなっても、今日の私が笑うから大丈夫だよ」[/A]
瓶を両手で包み込み、柔らかく微笑む奏。
だが、朔の眉間が一瞬だけ鋭く跳ねた。
[Think]昨日の私がいなくなっても?[/Think]
ポケットに手をつっこみ、舌打ちを噛み殺す朔。
[A:鳴海 朔:驚き]「昨日、お前が言ってたあの話……」[/A]
[A:星野 奏:冷静]「ん? なあに?」[/A]
首を傾げる彼女の群青の瞳には、一切の翳りなどない。
昨日、二人で海辺を歩きながら笑い合った記憶。
朔が冗談を言い、彼女がむせたあの些細な時間。
彼女の頭の中から、その丸ごとがごっそりと欠落している。
星を拾うたび、薄れていく彼女の存在そのもの。
[Sensual]
朔は思わず、瓶を持つ奏の手首を強く握りしめる。
[A:星野 奏:驚き]「……朔?」[/A]
ガラスのように脆い手首。脈の鼓動すら、ひどく遠い。
朔の指先から伝わる熱だけが、彼女をこの世界に繋ぎ止めるアンカーであるかのようだった。
[/Sensual]
失われていく体温。
彼女の指先の透明度が昨日よりも増していることに気づき、朔の背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走る。
第三章: 銃口と崩壊する予定調和
[Impact]ガチャン。[/Impact]
夜の教室に響き渡る、乾いた金属音。
朔の額に、冷え切った銃口が押し当てられている。
きっちりと整えられた茶髪。鋭く冷酷な琥珀色の瞳。
アイロンのかかった制服を隙なく着こなす灰原蓮が、黒い革手袋越しの指をトリガーにかけている。
[A:灰原 蓮:怒り]「運命に抗うな。それは傲慢という名の罪だ」[/A]
[A:鳴海 朔:怒り]「……銃を退けろ、蓮。冗談だろ」[/A]
朔の低い声に、蓮の唇の端が引きつる。
[A:灰原 蓮:絶望]「町に降る星は、人々が忘れ去った『痛みを伴う記憶の結晶』だ。そして星野奏は、町が重力を失い崩壊するのを防ぐための、ただの『器』にすぎない」[/A]
朔の鼓膜を容赦なく殴りつける、蓮の言葉。
星を回収する代償。それは彼女自身の記憶と、存在そのものの消失。
[A:灰原 蓮:興奮]「彼女が全てを忘れ、完全に消滅すれば、町は救われる! 彼女の運命に介入すれば、町もろともお前も消えるんだぞ!」[/A]
[A:鳴海 朔:絶望]「だからって……あいつを犠牲にするのかよ!」[/A]
教室の窓ガラスを震わせる、朔の怒号。
かすかに揺さぶられる蓮の琥珀色の瞳。強烈な嫉妬と、断ち切れない友情の残滓。
しかし、蓮は革手袋の拳を震わせながら、さらに強く銃口を朔の額に押し込む。
[A:灰原 蓮:狂気]「お前は昔からそうだ、朔! 誰も救えないくせに、手を伸ばすな!」[/A]
[Tremble]トリガーを引き絞る蓮の指。[/Tremble]
頬を伝い落ちる、冷たい汗。
理不尽なシステムか、たった一人の少女の命か。
窓の外では、夜空に向かって海の水柱が逆流を始めている。
音を立てて崩れ去る、世界の限界。
第四章: 忘却の果て、君のいない世界
[Blur]ぐにゃりと歪む視界。[/Blur]
廃線の終点。重力が狂い始めた空間で、奏の身体はすでに肩のあたりまで完全に透けきっている。
ふわりと舞う銀髪の隙間から、直接透けて見える夜空の星々。
[A:鳴海 朔:絶望]「奏……もうやめろ。星を拾うな!」[/A]
朔の悲鳴のような懇願。
だが、振り返った彼女の群青色の瞳に広がるのは、決定的な空虚。
眉を寄せ、困惑するように首を傾げる。
[A:星野 奏:悲しみ]「ごめんなさい……あなたは、誰?」[/A]
[Impact]心臓を素手で握り潰されたかのような激痛。[/Impact]
膝から力が抜け、錆びたレールの上に崩れ落ちる朔。
喉の奥で詰まった嗚咽が、声にならずに漏れ出す。
忘れたくない。忘れられたくない。
[A:鳴海 朔:狂気]「俺だ、朔だ! 昨日もここで、一緒にラムネを……ッ!」[/A]
[A:星野 奏:愛情]「泣かないで、優しい人。私が消えれば、みんな助かるから」[/A]
[Sensual]
無意識の使命感。自己価値の決定的な欠如。
彼女は微笑みながら、完全に透明になろうとしている。
朔は這いつくばり、透けゆく彼女の足首にすがりつく。
掴んだはずの指先を、実体のない冷気がすり抜けていく。
感触がない。温もりがない。
[/Sensual]
[A:鳴海 朔:絶望]「ふざけんな! お前がいない世界なんて、いらないんだよ!」[/A]
震える指で、自らの頭に手を伸ばす朔。自身の『最も大切な幼少期の記憶』を自傷的に抉り出し、星に変えて彼女の欠落に叩き込もうとする。
だが、想いは無情にもすれ違う。
[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン。[/Pulse]
咆哮を上げる大地。
町全体が、ついに重力を失い、ごう音と共に空への浮上を始めた。
足場が崩れ、絶望的なまでに引き裂かれていく朔と奏の距離。
第五章: カセットテープに録音された夜明け
[Flash]反転する重力。[/Flash]
海が裂け、アスファルトが砕け散り、巨大な建造物が空に向かって真っ逆さまに『落ちて』いく。
圧倒的な滅びの映像美。月明かりに照らされた瓦礫の雨の中で、朔は宙を舞いながら彼女の姿を探す。
完全な透明体となり、光の球になりかけている奏。その内側には、彼女が抱え込んだ無数の星――人々の痛みを伴う記憶が、限界を超えて渦巻いている。
[Shout]奏ぇぇぇぇぇッ!!![/Shout]
空中で身体を捻り、首にかけていた古いカセットプレイヤーを握りしめる朔。
トラウマに縛られ、自分の殻に引きこもるために聴いていた環境音のテープ。
そのイヤホンジャックを引き抜き、スピーカーを最大音量で世界へと向ける。
[A:鳴海 朔:興奮]「吐き出せ、奏! お前が背負う必要なんてねぇんだよ!!」[/A]
親指から血が滲むほど強く、再生ボタンを押し込む。
[Glitch]ザザ……ピーーーーーッ! ガガガガガ!![/Glitch]
スピーカーから爆音で放たれる、ノイズと環境音。
それは波の音、風の音、そして昨日、奏と一緒に笑い合った他愛のない足音の録音。
音の振動が、奏を包む光の殻に亀裂を走らせる。
[Magic]《記憶の解放》[/Magic]
限界まで圧縮されていた『人々の記憶の星』が、音波と共鳴して一斉に弾け飛ぶ。
[Flash]真っ白な光の奔流に呑み込まれる世界。[/Flash]
[A:星野 奏:驚き]「あ……ぁ……」[/A]
空へ落ちていく町の残骸が、光に触れた端からさらさらと星の砂に変わっていく。
涙腺を破壊するような、優しく温かい光の雨。
人々の痛みが空に溶け、浄化されていく。
無重力の中で手を伸ばし、光の中心にいる少女の腕を、今度こそ強く引き寄せる朔。
[Sensual]
激しい光の中。
朔の腕の中に戻ってくる、確かな重さと温もり。
銀髪から香る、かすかな潮風の匂。
透明だった肌が血色を取り戻し、柔らかい肉体が朔の胸に力強く押し付けられる。
奏の瞳から溢れ出す、大粒の涙。
[/Sensual]
[A:星野 奏:悲しみ]「朔……私、思い、出した……っ!」[/A]
[A:鳴海 朔:愛情]「……あぁ、もう絶対、忘れさせない」[/A]
◇◇◇
凪ぐ風。
町は完全に崩壊し、全てが星の砂と化して消え去った。
失われた世界。破壊された予定調和。
だが。
[FadeIn]鼓膜を揺らす、静かな波の音。[/FadeIn]
見知らぬ夜明けの美しい浜辺。
オレンジ色に染まる水平線を前に、砂浜に座り込んでいる二人。
朔の手の中には、砂まみれになったカセットプレイヤー。
隣には、一人の生身の人間として、大地をしっかりと踏みしめる奏がいる。
[A:星野 奏:照れ]「ねえ、朔」[/A]
[A:鳴海 朔:冷静]「なんだよ」[/A]
ふわりと微笑み、朔の肩に頭をこつんと乗せる奏。
[A:星野 奏:愛情]「明日の私の声も、録音してね」[/A]
少しだけ目を伏せ、カセットプレイヤーの録音ボタンを静かに押し込む朔。
新しい世界に刻まれていく、波の音と二人の呼吸だけ。
ノイズの奥底で寄り添う、たしかな体温。
胸を焦がすような清冽な余韻を残し、新しい朝が始まる。
立ち昇る朝日に、銀色の髪がどこまでも美しく輝いていた。