僕、蒼井翔太が所属する「歴史研究部」は、その高尚な名前とは裏腹に、歴史的な活動を一切しない。埃っぽい旧校舎の片隅、備品倉庫と見紛う部室でやっていることと言えば、ガラクタ同然の旧式機械を分解したり、組み立てたりするだけ。今日も、部長のハル姉がどこからか拾ってきた年代物の短波ラジオを前に、僕らはうんうん唸っていた。
「ダメだ、こりゃ。ノイズしか拾わない」
工具を放り投げた僕の耳に、そのノイズが奇妙なリズムを刻んでいるのが聞こえた。
「……待って。これ、ただのノイズじゃないかも」
PCが得意なリナがヘッドフォンをかけ、眉をひそめる。彼女がキーボードを叩くと、モニターにノイズの波形が映し出された。それは不規則なようでいて、明らかに人工的なパターンを描いていた。
数時間後、僕らは解読されたメッセージを前に絶句した。
『警告。文化祭ヲ中止セヨ。アレハ災厄ノ引鉄トナル』
翌日、僕らのクラスに、時が止まったかのような美しさを持つ転校生が現れた。「時任レイ」と名乗った彼女は、長い黒髪を揺らし、まっすぐに僕の席までやってきた。
「蒼井翔太君ね。話がある」
放課後、屋上に呼び出された僕は、彼女から衝撃的な事実を告げられた。
「私は未来から来た。あなたたちが受け取ったメッセージは、私が送ったものよ」
レイは淡々と語る。今週末に迫った文化祭の目玉企画、全校生徒で作る巨大な「からくり時計」。その起動が微小な時空の亀裂を生み、連鎖的に未来を崩壊させるのだという。
「信じられるわけないだろ、そんなSFみたいな話」
「信じるしかない。あなたたちの部室にある機材だけが、この時代で唯一、私のメッセージを受信できた。あなたたちだけが頼りなの」
彼女の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
僕と歴史研究部の仲間――ハル姉、リナ、力持ちのゴリ――は、レイに協力することを決めた。とはいえ、文化祭の中止は不可能に近い。学園中が一年で最も盛り上がるイベントだ。特に、生徒会長の白鳥院カレンは、完璧な文化祭の実現に命を懸けている。
「からくり時計の設計図、手に入れられないかな」
リナの提案で、僕らは生徒会室への潜入を試みた。ゴリが陽動し、僕とリナが忍び込む。しかし、鉄壁の守りを誇る生徒会長に見つかり、あっけなく追い出された。
「不純な動機で文化祭を汚すなど、万死に値するわ!」
白鳥院会長の怒声が廊下に響いた。
万策尽きたかと思われたとき、レイが古い学園史の記録を見つけてきた。からくり時計を設計したのは、この学園の創立者、霧島博士。彼は孤高の天才物理学者だったという。
「博士は、ただの時計なんて作るはずがない。何か意図があるはずだ」
僕らは部室にこもり、少ない手がかりから博士の研究を再検証した。そして、一つの仮説にたどり着く。博士は、時空災害を引き起こすためではなく、未来をより良い方向へ導くための「航路図」として、時計を作ったのではないか? 破滅の未来は、数ある可能性の一つに過ぎないのだ。
「問題は、どうやって針路を『希望』に向けるかだ」
リナが設計図の断片と博士の論文を照らし合わせ、ついに制御シーケンスに隠された特殊なコードを発見した。
文化祭当日。中庭に設置された巨大なからくり時計が、荘厳な姿を現した。カウントダウンが始まり、生徒たちの熱狂が最高潮に達する。その中央で、白鳥院会長が起動スイッチに手をかけた。
「やめろ!」
僕らの声は、歓声にかき消される。レイが制御盤を破壊しようと走り出す。
「待ってくれ、レイ! 破壊しちゃダメなんだ!」
僕はレイを制し、マイクを奪って叫んだ。
「会長! そのまま起動したら、大変なことになる! 僕を信じて! この時計には、未来を選ぶ力があるんだ!」
一瞬、時が止まる。会場中の視線が僕に突き刺さる。白鳥院会長は、驚きと怒りの入り混じった顔で僕を見ていたが、やがて何かを決心したように頷いた。
「……3分だけあげるわ。それで未来が救えるのなら」
僕は制御盤に飛びつき、リナが叫ぶコードを打ち込んでいく。残り10秒。9、8……。指がもつれる。焦るな、僕らの未来がかかってるんだ!
最後のキーを叩き込んだ瞬間、カウントがゼロになった。
地響きとともに、からくり時計が動き出す。だが、それは破滅の兆候ではなかった。時計の文字盤が開き、中から溢れ出した無数の光の粒子が、夜空に美しいオーロラを描き出した。やがて光は集まり、一つのホログラムを映し出す。
『感謝スル。君タチノ選択ガ、新タナ希望ヲ生ンダ』
未来からの、温かいメッセージだった。
歓声が爆発する。白鳥院会長は呆然と空を見上げ、やがて僕に向かって小さく微笑んだ。
騒ぎの中、レイが僕の隣に立った。
「……やったのね。私たちの未来を、ありがとう」
「君こそ。きっかけをくれてありがとう」
彼女は満足そうに頷くと、人混みの中に消えていった。まるで最初から存在しなかったかのように。
僕らの歴史研究部の活動日誌に、新たな1ページが刻まれた。それは、僕らが初めて、本当に「歴史」を作った日の記録だ。そして僕らのワクワクするような日常は、まだ始まったばかりなのだ。
クロノス・レポート
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